御前座談会(1)
城門内に逃げ込んで自宅で旅装を解いて汗を流し、王宮に出向く。
グラウドの情報網に掛かったか、正面扉の立哨衛士にそのまま国王私室へ顔を出すよう伝言があった。
「お呼びでしょうか?」
秘書官に招き入れられると、国王アルバートに王太子クライン、政務卿グラウドとホルツレインの頭脳と主権者が集まっている。
「早かったな。とりあえず座れ。茶でも飲みながら話そう」
「ではそうさせてもらいます」
飲み物が揃ったら人払いする意味の台詞がグラウドから聞かれる。
「何でしたら酒精を頼まれても結構ですよ? 大した話はありません。むしろこっちから聞きたいほどです」
「どの口で言う? ラムレキアから数
「それは少々裏道を使っていますので」
クラインが追及姿勢を取るが、カイは軽く撥ね退ける。頑として口を割らないと感じれば彼も退くだろう。
「まあ、茶飲み話のようなものだ。とりあえず巡察団の
「へえ」
彼が感心したのは内容にではなかった。
手渡されたのが
それは関係者に渡す写しの筈で、元の書類ではない。単なる写しであるなら皮紙が用いられているのが通例だが、カイの手元まで紙の写しが出回ってくるようであるのなら、全員に同様の物が配られていると思って良いだろう。
つまり、それほどに公文書は紙に転換されつつあるという意味。滲みや劣化、虫食いに強い紙が採用されるのはもちろん良い傾向と言えるし、それだけ安価になっていると受け取っていいのだろう。
「皮紙業者には助成を出して植物繊維紙製造器を入れさせている」
彼が
「今は素材には困らんが、植林計画も考えねばなるまい」
「それでも構いませんが、当座は北部密林に頼っても良いと思いますよ? あれだけの再生力があれば、都市部で使う分くらいは余裕で賄えます」
「北か…」
アルバートが渋い顔をする。
「どうかしましたか?」
「いや、物流の肥大化が少しな。北辺爵の権限にも懸念の声が上がっている」
要約すれば、北部獣人領域との取引が増大して、他の貴族がやっかんでいるという事だ。
ナーフスを筆頭に、魔獣燻製肉や魔石と言った産品の需要が国内で高騰し、主な供給元の北域に利益が集中するのが面白くないのだろう。今や小粒の、いわゆる屑魔石さえ属性セネル繁殖の為に需要が高い。
かと言って、人族が北域の領地を欲しても開拓など出来はしない。
そうなればエレイン北辺爵への嫉妬だけが表面化してくる結果になってしまう。
「この上、材木調達まで北域に頼るとなると煩くて敵わんだろうな?」
国王は、
「困ったものです。新たな産業誘致には腰が引ける癖に他が儲けるのは面白くないときている。いっそ、伐採事業として公式に募ってみますかな? 手を挙げる者は出てきましょうぞ?」
「それはいけない、政務卿。順調に進めばいいだろうが、北域で事故でも起ころうものならそれを北辺爵の責任として追及する意見が出てきてもおかしくない」
「ふむ、確かに」
熱弁する王太子をグラウドは窺い見ている。それくらい承知の彼は、後継の成長を量っているのだろう。
「植林事業は予定通り新領で賄う。私相手なら嫉妬の声も上げにくいだろう?」
「では、そのように取り計らいます。技術書は纏めさせますので後に」
「頼む」
その流れを耳にしているカイは、ホルツレインの健全な国家運営に安心した。
「ラムレキアのほうは当分安泰のようだな?」
報告を聞いたアルバートは深く頷く。
グラウドからひと通りの状況は聞いている筈だが、一応は自分なりの疑問を解消しつつの報告に安心感が増すのだろう。
「ジャルファンダルが落ちなかったのは助かる。海軍力となると少々不安が残る。海上保安はメルクトゥーとの交渉を進めなければならん。
ホルツレインは明確に海軍と呼べるものを備えていない。沿海部の領主貴族が都市防衛を目的とした軍船を備えているだけで、直下の海軍は不備である。
陸の孤島化している西方が海上防衛に力を割いていないのは妙な話と思われるかもしれないが、それは中隔地方という野心に乏しい壁を備えていた事に起因している。
海運は危険が大きい。貴重で元手の掛かっている兵力を軍船で運ぶのは最低限に抑えたいのが各国の本心である。
それでも上空気流が穏やかで波の小さい北海洋なら考慮出来るだろう。しかし、西方の北海洋は密林に閉ざされている。港はおろか、着岸可能な地点がないのである。正確に言うと接岸は可能。だが、兵員を下ろしたと同時に強力な魔獣に殲滅されるだけである。
では、南海洋はどうか? 上空気流が強く荒れがちな海は、海路が取れない事はないが損失は計算しなければならない。具体的には、航行距離は極力短くしたい。東方の野心的な国にしても、西方まで海路で足を延ばそうとすれば、それ相応の覚悟が必要になる。
結果、海路を短くしようとして陸路を取れば、中隔地方という壁が出来るわけだ。
以上から海上防衛に大きな必要性が感じられなかった西方の各国家は、まともな海軍を備えている国がなかった。
ところが新街道の開通によって局面は変わる。
西方の窓口メルクトゥー王国とホルツレイン王国が陸路で繋がる。しかもメルクトゥーは西方寄りの政策に舵取りしようとしている。距離というただの壁が、軍事力という要塞に変わろうとしている。これは野心的な東方、つまりはロードナック帝国は、軍事的に大きな転換を余儀なくされるだろう。
陸路による大兵力の移動は困難を極めると思われる。ならばと、逆に損失覚悟でも海路を取る可能性が生まれてきたのだ。
そうなると海上防衛の必要性も生じてくる。対策として大国ホルツレインがメルクトゥーを支援する事で、強力な海上防衛線を敷こうと計画しているのである。
「お聞きの事と思いますが、ラムレキアは帝国西部を懐柔しようとしています」
カイは一応の状況説明をする。
「あれはそんな可愛らしいものではないぞ。王妃殿下は明らかな離間策に出ようとしていらっしゃる」
「まあ、彼女ならそうでしょうね?」
直接の窓口になっているグラウドが補足すると、チャムも賛同の声を上げる。
「これからホルツレインが中隔地方にどんな商路を確保していくかで、海上防衛線など意味を為さなくなる可能性は大きいと思いますよ?」
「需要の高い交易品は、戦略物資以上の効果を発揮するからな。せいぜい後方支援をさせてもらおう」
反転リングにモノリコート、属性セネルなど、供給如何で相手を動かせそうな交易品は多い。国内が割れれば西方に触手など伸ばすゆとりはなくなる。
「どうせフリギアもホルツレインを盾にするつもりだ。ナーフス商人には頑張って素通りしてもらわねばなるまい」
「火の粉が散るのが嫌なら協力してもらわないと。おっと、聞かせてはいけない人もいたな」
わざとらしくクラインは美丈夫を透かし見る。
「心配されなくとも、そういうのはバルトロの得意技なのでよく理解していると思いますよ、殿下」
トゥリオも片眉を上げて肩を竦めて見せる。
理解はしながらも、こういう話には口出しすべきでないと考えている獣人少女は、リドと一緒にお菓子を齧るのに専念している。
そのカリコリという音と、大人の含み笑いが協和音を奏でていた。
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