御前座談会(2)
「ホルムトの街はずいぶんと静かになったものですね?」
政治向きの話がひと通り終わり、皆がお茶で口を湿したところで青年は切り出す。
「う…、注意はしたんだぞ、老師には? 君の発明なんだから勝手をするなとは」
「まあ、その辺りの縛りは緩いですからね」
知的財産権に関しては、法整備は進んでいない。したくとも出来ない。
実務的に取り締まる方法がないからである。魔法的にも機構的にも新技術の盗用を見分けようとすれば、相応の知識が必要となる。だが、知識の有る者はひと握りに過ぎないし、彼らは研究に時間を費やし自分の発明に忙しい。
現場の衛士にそれを求めるのは無謀であるし、疑わしい情報を伝えるにもそれほどの通信技術はない。結局のところ、どうしようもないというのが実情である。
自分の権利を守ろうとするなら、反転リングの時のように魔法記述を秘密にして製造出来なくしたり、そもそも素材を秘密にして作れなくする以外に方法がないのである。つまり、製法が単純であればもう半ば諦めるしかないと考えたほうがいい。
例えば、モノリコートなどは製造手法を秘密にする事で現状は権利を守れているが、いずれは類似品が市場に流れるであろうと予想はされている。利益を守りたいのなら、一歩先んじた品質を打ち出し続けるしかない。
「老師が技士ギルドを巻き込んでなぁ…」
どうやら試作品を研究し尽くしたらしい。
魔法士ギルドと技士ギルドがその沽券に賭けて共同開発した製品に、好況に沸くホルムト市民が飛び付いた。
「何せあの性能だ」
最も早くからそれに触れ、ずっと使い続けているからこそクラインは、一番買ってくれている。
「人が乗るには最高の乗り心地を保証してくれる。長時間乗っても身体の負担が小さい。休憩も少なく済むのなら物流は捗る」
指折り、利点を挙げていく。
「積載物への負荷も少ない。傷を付けたり、壊したりしないで済む。それこそガラスや陶器でさえ、今までのように布でくるんだりしなくてもいい」
つらつらと幾らでも出てくる。細かな点まで行き届いているところをみると、元はお付きのメイドのフランの言葉だろうか?
「強いて欠点を言うなら、今のところ荒れ地には弱い点と、少々高価で寿命が短いと言われている点くらいだな。それでも財布に少しでも余裕があれば、是が非でもと望む声がすごかった」
一時は工房も人手も足らなくて大問題になったらしい。それも何とか盛り返して、今は生産工房もかなり増えてきているという。
逆に大量に必要になったのが金属材料である。それで元々鉱山の多かった新領は特需に湧き、多くの鉱夫の懐を潤した。
更に、パッキンを魔獣由来の素材から、シリコンゴムに切り替えると寿命が延びるという研究結果が出て局面は変わる。
「シリコンゴムの需要が跳ね上がった」
当然の帰結である。
「気付いてしまいましたか?」
「老師は新しい物好きだからな」
クラッパス商会に委譲した製法に目を付けられたようだ。
「幾らなんでも搾乳装置にまで興味を示すとは思いませんでしたけど?」
「ああ。『ゴム』という聞き慣れない響きの材料に目を奪われたようだな」
確かにカイはクラッパス商会に搾乳装置の生産販売権の移譲をした。
だが、それは牛乳産業の活性化を目論んだからである。牛や山羊の飼育が盛んな農村部ならともかく、都市部で各家庭に安価に供給されるほどの牛乳生産量は望めない。
都市近郊での大規模牧場の運営は、重労働の割に実入りが少なくて人気がない。ならば少ない人手で大きな利益を生むのなら成り立つ訳である。その為に権利移譲をしただけだ。
これまでのように料理素材としての牛乳やバター素材、チーズ素材としての生産から、飲用牛乳を普及させるのが主目的。子供の栄養状態向上への一手でしかなかった。
「ですが、シリコンゴムの生産には変性魔法士が必須の筈なんですけど?」
素材化合割合や製法は渡したが、それを可能にするのは変性魔法だけなのだ。
「掻き集めたんだ。だが、足りなかった」
「それはそうでしょうね。魔法士の中でも希少な特質と聞きましたから」
「ところがそうでもなかった」
対策を任されたクラインは、苦し紛れに大規模な人材発掘を実施したのだそうだ。
すると意外にも、職に足るほどの適性の持ち主が結構発掘されたらしい。どうやら五大属性魔法に関しては発掘と訓練の過程が確立されているが、こと変形変性魔法に関してはあまり熱心には行われていなかったようであるとの結果が出る。
「まあ、属性魔法士ほどは集まらなかったが、数は揃える事は出来たんだ。シリコンゴムの生産場の増設が進んで生産が軌道に乗ったら、技士ギルドから新しい提案があった」
ゴムの緩衝性能に着目した技士ギルドは、車輪にも履かせようと考えたという。
「無理だったでしょう? 柔らか過ぎる」
「ああ、実験結果は失敗と出た。すぐに削れて使い物にならなかったと報告が来た。ところが魔法院も技士ギルドも存外に執念を見せてな」
彼らは更に実験を重ねた。そしてそれは実を結んだのだった。
シリコンゴムに、火打石などに使う黄鉄鉱を削って細かな粉末にしたものを添加して過熱すると、弾性を残したまま硬化させる結果を生み出したのだそうだ。それを帯状にして車輪に巻き付けるように加工するとより消音緩衝効果を発揮し、高性能な馬車を作り出すに至った。
「あの赤茶色は鉄錆の色でしたか」
車輪に巻かれたゴムが酸化鉄の色だとカイは知る。
「何か小難しい報告書が上がってきていたが、とにかくそれで耐用期限は延びて実用可能になったらしいぞ」
「非常に有効な手段だと思いますよ。物流の効率化にも寄与出来るでしょう」
(ゴムタイヤまで作っちゃったのか)
彼は心の中で舌を出す。
ほんのちょっとしたヒントで、馬車に関しては飛躍的な技術革新が起きてしまったようだ。これで乗員への負担も、主な牽引動物である馬への負担も軽減される事だろう。
出回る新型馬車は未だ貫通車軸にすべり軸受という機構を持つもので、さすがに独立懸架とはいかないが金属部品も多用されるようになり耐用
これから大変になるのは技士だろう。新技術に対応出来る人間が重用されるようになり、横並びの技術向上が期待される。伝統技術を受け継ぐよりは、生き残りの為に勉強あるのみという時代が到来しそうだ。
「変形変性魔法士の育成が進んでいるなら円筒ころ軸受けくらいは製品としての生産が出来そうですね? 図面と製造法を文書化してお譲りしましょうか?」
職業訓練所のようなものが出来上がりつつあるのを感じ、その促進の為の布石にと提案してみる。
「勘弁してくれ。魔法士の発掘はなかなかに骨が折れる。報告書の確認決裁だけでも相当時間を取られてしまうんだ」
「ふむ、仕方ありませんな。専門部署を編成しましょう。若手政務官の修行の場に使えそうですからな。殿下は取り纏めを」
「図ってくれるか? 助かる」
クラインは政務卿の助力に甘える。
「部品の生産は普通の技師にも可能です。最終的な組み立てに変形魔法が必須なだけです。工程を組むのは難しくはない筈ですよ?」
「円筒ころ軸受けは馬車だけでなくてぇ、色んな所に使えますぅ。水車なんかの摩擦損失とかも軽減出来て、生産効率化が可能ですよぅ」
新技術の話になるとフィノが食い付いてくる。
「本当か!?」
今や水車の街となりつつあるホルムトにそれは吉報だ。
「よし! 魔法士ギルドにも技士ギルドにも貸しが作れる。頼むぞ?」
「すぐに仕上げますよ」
更なる技術革新の波が王都に押し寄せようとしていた。
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