御前座談会(3)

 話が一段落したところで、東方で仕入れてきた古緑茶ラタルをホルツレイン首脳陣に御馳走する。

 深く淹れるとかなり癖が出てしまうが、浅いものなら誰でも風味を楽しめるはずだ。ポットから早めに注いだものを皆に出して、深淹れが好きなカイとフィノはもう少し待ってから注ぐ。

 カイは甘い物を口にしながら、まろやかな渋味のお茶を飲むのが好み。渋みの先にある深い旨味が堪らないと言うが、それは本場の東方人でも意見が分かれるところである。


 香りを楽しむ紅発酵茶タルドー黒発酵茶シュワルバが主に嗜まれる西方ではあまり見られないお茶の飲み方ではあるが、上流層では発酵させない緑茶ピッケを楽しむ風潮も少なくない。

 東方からの輸入技術である緑茶ピッケの製法は広まりはしたものの、古緑茶ラタルには至っていない。冷涼な地で長期保存をした熟成茶である古緑茶ラタルは、湿潤な西方での製造は困難だろう。なので本場でも高級品に分類されるこのお茶を大量に仕入れて帰った彼らだった。


「して、『神ほふる者』というのは何なのだ?」

 ここぞという感じで国王が切り込んでくる。

「ああ、それは気にしなくていいです」

 トゥリオが片手で顔を覆って視線を逸らせた他は、完全に表情を消している。

「無理を言うな。あれをされてはそうもいかんのだ」


 十数前、早朝から城門の門衛に、ルミエール教会の一人の女司祭が泣きながら縋りついてきたという。

 曰く、神から重大な啓示が下ったので、どうにか国王か王家に連なるお方にお目通り願いたいというのだ。現状、どの教会も城門内に置かれていないので、それ以外に手段がなかったらしい。

 困ったのは門衛達である。通してくれと言われてもそうそう簡単に通す訳にはいかない。だとは言え、神の啓示と聞いては撥ね退ける訳にもいかない。残った者が彼女を詰所で宥めつつ、王宮に人を走らせる選択をする。


 順々に報告が上がっていき、七刻半九時近くになってようやく謁見の間の国王アルバートの前に通された。

 女司祭は、なぜいきなり公式な場に通されたのか戸惑いがちだったようだが、神の言葉を伝えた後にその理由を聞かされた。王孫セイナが明瞭とは言えないまでも、同じ啓示を受け取ったというのだ。それが正しかったのか、検証作業も兼ねていたようだ。

 それがほぼ同じ内容だったと確認されたので、彼女は歓待され客間にて休むよう命じられる。その後、神の御言みことの受容者と認定された女司祭にはホルツレインの聖印が授けられ、城門通過許可を与えられた。


「やはり、城門内にも教会の一つくらいは置くべきとの意見が頻出してな」

 このちょっとした騒ぎが政教分離の欠点を露呈する結果になり、議論を余儀なくさせていた。

「そんな事になっていたんですか?」

「うむ。では、具体的にどうするのかとなるとなかなかに纏まらん」


 ゼインがこいねがった事で城門内に留まったアトラシア教会本部だったが、収入源も信徒もほとんどを失い結局撤収を決断している。それなのに、今度はルミエール教会を無償で城門内に置く訳にもいかない。

 しかし、神の近いこの世界で、宗教の完全分離は困難だとの意見には頷かざるを得ない。

 国教とするのでもないのに王国側から打診するのも妙な話で、今は遠回しに意思確認をしている状況だ。将来的には件の女司祭を中心とした認定教会を、格安の地代で置く方向で検討中だとか。


「なるほど、解りました。強い発言力を認めなければ影響はないんじゃないでしょうか? そのくらいの問題でしょう?」

 さらりとカイは流そうとし、チャムも「そうよね」と同意を示す。

「何を言っている? 本題はこれからだ。さっさと吐け」

「大丈夫。基本的にはこの国に関係ありませんので」

 古緑茶ラタルを啜りながら「ほぅ」と息を一つ。

「関係大ありだ! そなたと我が国を切り離して考えてくれる者などどこにもおらぬわ!」

「では一歩譲ってお尋ねしましょう? そうと聞いてこの国に手出しする者がいると思いますか?」

「人の欲を見くびらぬほうが良いぞ? そうと知っても動く者は動く」

 思い当たる節があるので反論出来ない。


 啓示の有ったの午後、極めて珍しい人物から遠話が入った。その人物とは、サルーム・メテン・フリグネル。フリギア国王その人である。

 内容的にはサルームらしく簡潔明瞭だった。

『貴殿には敵意はない。今後とも友好的な関係を望む』

 それだけだ。

 言わんとするところは分かる。半分、言わされているとも分かる。しかし、身も蓋も無いとはこの事だ。

 あの国の首脳部の大半は、啓示一つにどれだけ震え上がっているのかと思う。だが、チャムに「それは無理はないわ」と言われてとりあえずは納得する事にしたのだった。


「実は慈愛神様が御光臨なされて…」

 溜息を一つ吐いてから切り出したのはチャムだった。

「そのアトル様とこの人がちょっと揉めちゃって…」

「……」

「そ、それで…?」

 三人が三人、えも言われぬ顔をしてしまっている。予想されたとは言え、あまり聞きたくはない内容だったのだろう。

 それでも事実を聞いておかなければ今後の対応にも困るので、恐る恐るといった風情で促してくる。

「こいつが、その気んなりゃあ手前ぇだってぶっ殺せるんだぞって言って…」

 言葉はそこで途切れた。

 彼女の本気の拳がトゥリオの頬に食い込んでいるからだ。

「そうじゃないでしょ?」

 にっこりと微笑みつつ、青髪の美貌のこめかみには青筋が立っている。


 真っ青になったフィノが見守る中、美丈夫の口の端からツーっと血の筋が流れ、チャムの解かれた手はそこに治癒キュアの光述を書き込み、魔力を込めた指を乱暴に押し付けた。

 傷は癒えても痛みの余韻は残る。前屈みになるトゥリオに、泡を食ったフィノが手巾を取り出して顔を拭っていた。


「何だったかしら?」

 迫力のある笑顔に、青褪めた三人は腰を引く。

「た、大した事ではないんだ。ゼインがちょっと相談を受けたらしくてな?」


 テーセラント公爵家のナーツェンが、急に護衛の人数が増えて戸惑っているという。更には、後学の為との理由で御前会議への出席を打診されているらしい。急激な変化に付いていけなくなっていると友人に零したと聞いた。

 彼は、フリギアで魔闘拳士に認められた数少ないうちの一人である。その辺りがかなり斟酌されているようだ。


「詳しい事情を教えてやれれば彼も安心するかと思って聞いてみただけだ」

 腕組みをして鼻息を一つ吐いたチャムは観念したように語り始める。

「別に御神を害した訳ではないの…」

 ぼかすところはぼかして経緯を話す。

「納得してお帰りいただいたわ」

「ふぅむ、カイが迷惑を掛けたようだな?」

「いいえ、この人が悪いなんて思ってないから」

 アトルに悪いとこが有るとも言い難い。

「その後、博愛神が御光臨なされて、一応は和解と言うか歩み寄りをいただいて話は終わっているの」

 難しい話は抜きで、何が問題で誰の意図で黒髪の青年が動いているのかを説明した。


「グラウド様には相談するつもりだったから話すけど」

 そんな前置きの後に、推察されるカイの正体に関しても伝えた。

「大いなる意思か…」

「そ、彼はたぶん力ある意思と呼べるものだと思っているわ」

 笑いながら小動物リドと焼き菓子を分け合っている青年が、異世界の神の意思だと言われても正直困る。

「これをどう伝えろと言うんだ」

「お任せで」


 藪をつついてドラゴンを引っ張り出した三人は頭を悩ませる事になるのだった。

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