告白
カイが掲げたレリーフを見たホルツレイン国境警備部隊の全員が敬礼をする。それは無論、ホルツレインの聖印である。国務に携わる者でそれを知らない者など居ない。
「あなたがここの指揮官ですか?」
「はっ! 自分が北街道関の指揮官を勤めさせていただいているスダルガウ百人隊長であります!」
進み出てきた男の胸には確かに百人隊長章が付いている。
「彼らは戦時難民として僕が保護した人々です。僕からの要請です。部隊の一部を分けて、彼らをホルムトまで護送をしてください」
「了解です。我らは分隊を編成してこちらの方々をホルムトまで保護移送致します事を承りました!」
律義に復唱してくる隊長に好感が持てる。
「宜しくお願いします。彼らの食料に関しては街道筋での調達で構いません。対価はこちらで」
かなり大きめの皮袋には
「身体の弱っている方も多いので無理の無い行程でお願いします。病気の方には薬を。出来るだけきちんとした寝床も用意してあげてください」
「は、間違いなく」
スダルガウはもう一度敬礼をすると分隊の編成に部隊へ戻っていく。カイは彼に何か報いてやらねばと名前を覚える。
避難民達に、ここからは先は警備隊の人達に護送してもらってホルムトへ向かってもらう旨を告げる。この先は彼らもトレバからの追手を心配する必要が無いので、一様に笑顔である。
「ベイスン、君にこれを預けておくよ」
彼にホルツレインの聖印を渡す。
「ホルムトに着いたら城門に行って、これを見せて説明して案内して貰うんだ。君とエランカさん達はアセットゴーン侯爵様に保護を求める様に。僕からも話は通しておくから」
「解りました。本当にありがとうございました。こんなに良くしていただいたのに今は言葉でしかお返しできません。どうか機会をください。僕はあなたの為に働きたいと思っています」
「そうだね。でも今は自分と大切な人達の事を優先してね。余裕が出来たら頼りにしようかな?」
「はい、必ず」
悪戯っぽい笑顔を返してくる青年に報いたいと思う。本当に頼られる大人になる為に努力は忘れないようにしようとベイスンは決意する。
「カイさんはどうなされるのですか?」
おそらく彼は戦いに赴くのだろう。彼の無事を祈るなど自分にはおこがましい事なのかもしれないが、なぜか確かめたいとベイスンは思ってしまう。
「やらなきゃいけない事が出来たからね。行ってくるよ」
「!」
背中を向けてパープルに肉を分けてあげているカイの背中が、ほんの一瞬だけゾクリとするような雰囲気を纏う。
彼はずっとこんな道を歩んできたのだろうと本能的に解った様な気がした。どこまでも優しく、どこまでも強く、どこまでも厳しいこの人はどこへ向かっていくのか知りたい。自分は近くに在れるほどの人間にならなければいけない。大変な道かもしれないが、あの苦しみの中から救い出してくれた人の為なら何でも出来る。それが自分の戦いだと心に刻む。
「じゃあ、ホルムトでね」
「元気にしてるのよ、メイベルも」
「はい、待ってますから。御武運を」
駆けていく背中にずっと手を振りながらこの出会いに感謝しているベイスンだった。
◇ ◇ ◇
国境沿いに南下するカイ達。急ぐのに越した事は無いのだが、夜通し駆けねばならないような状況でもない。体力を温存しつつロアジン手前でホルツレイン軍との合流を目指すぐらいで十分だろうと考えて、暗くなる前には夜営を張る。
そんな中、焚き火を囲みながらトゥリオがおもむろに切り出す。
「やっぱりトレバを本当に滅ぼす気か?」
「うん、やるよ」
ここに至るまでも議論はしてきた。まず、カイはトゥリオとフィノに参加の意思を問い掛けてきた。
「僕は戦争をやる気だけど、君達はどうする?」
「離脱しても良いってのか?」
「パーティー解散って訳じゃないよ。トゥリオはフリギア戦線に向かっても良いし、そうじゃなくても参戦の意思が無ければ避難民達と一緒にホルムトに行ってても良いし。そこで合流ってのはどう?」
トゥリオはその言葉に逡巡しているようだった。
「…チャムさんはどうするんですか?」
「私は彼のやる事を見届けるって約束してるから戦うわよ」
「フィノも…」
彼女は迷いを交えながらも続ける。
「フィノもカイさんに着いていくって決めました。だからカイさんが戦争に行くなら一緒に行きます」
「間違いなく人死には出るけど大丈夫?」
「フィノも冒険者です。人を殺めたことも有ります。確かにこれまでの相手は犯罪者でしたけど、躊躇わずに魔法を使う事は出来ます」
「解ったわ。一緒に行きましょ」
「はい」
思いを語る内に迷いは断ち切れたようだ。笑顔さえ在る。
「フィノが行くなら俺も行く。俺はお前の盾だからな」
「ありがとうございます。みんな一緒ですね」
獣人少女の笑顔が皆を和ませて、その議論は決着を迎えていた。それが
「とことんまでやる気だって事だよな」
トゥリオは再確認するように続ける。
「どういう終わらせ方にするかまでは厳密には決められないけど、方法は幾らでも有るね」
「まあ、そうだが…」
カイの言動は本気度を感じさせ難いが、やるやらないをハッキリと言う有言実行型なのは違えようがない。
トゥリオの中では色々と燻っている。ツルミエットで見たものは許せるものではない。ましてや今回の標的は彼の母国である。参戦する理由には事欠かない。
だが、それが歴史ある一国を滅亡に追い込む理由に足るかどうかには自信が無い。この辺りがスタイナー伯爵と違って自分が軍人向きではないと思う所だ。ここで躊躇うようでは戦場で剣を振るうに値しない人間だと言える。
それでもその人間性を基にする悩みを彼は捨てたくないと思う。
「どうしても解らないんです」
フィノが少し迷ってからカイの目を真摯に見つめてくる。
「カイさんはアンバランスなんです。時に差別の対象になる獣人にも分け隔てなく接してくださいますし、特に子供達にはあんなに優しいのに、なぜそんなに厳しい時が有るんですか? フィノもこの暴挙は許せないと思います。でも大勢殺してでもカイさん個人がやり遂げなければならないと決心させるほどの事なのでしょうか?」
「話しておかないといけないだろうね」
彼女はベックルでの顛末も聞いているのだろう。カイの振れ幅の大きさが理解出来なくて、それが引っ掛かっているのだと解る。
「僕は、この世界の人間じゃない」
「何だって!?」
「え? え?」
トゥリオは訝し気な表情が張り付き、フィノはカイとチャムを交互に見ながら、何が何だか解らないふうだ。
「遥か彼方の出身って事じゃないよ。文字通り、ここじゃない世界で僕は生まれ育った」
「チャムさんは知ってたのですか?」
「ええ、聞いてたわ」
落ち着いている彼女を見て、フィノはその秘密に触れていたのだと知った。ゴクリと唾を飲んでカイが話し続けるのを待つ。
「そこはここと違って凄く平和な世界なんだ」
彼は自分の世界の事を語る。
そこは日本と呼ばれる国で、もう七十
それは異世界生まれの二人には画期的な世界だった。どうすればそんなに平和に出来るのか想像も出来ないほどだ。
カイはそこで育ったのだと言う。それならもっと平和的な人間になっていてもおかしくない筈なのに、今の彼はこうなのだ。いったい彼に何が有ったのかが気になり、問い掛けてしまう。
「うん、そんなに平和な世界なのに、そこにさえ理不尽な死が有るんだよ」
そして、彼は静かに語り始めた。
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