王妃の熱望

 馬場の隅に陣取り少し待つと、ロッドを取り出した獣人少女が起動音声トリガーアクションを響かせ、一画に数枚の土壁が立ち上がる。カイがスッと指さしただけで、セネル鳥せねるちょう達はカパリとクチバシを開き、紅球が放たれた。

 僅かに放物線を描いた紅球は土壁に着弾して、大きな炸裂音を立てる。それほど分厚いものではなかった土壁は脆くも崩れ落ちている。


「ああ! この子達は属性セネル! 当然魔法も放てるわけね」

 その結果に手を打って喜びながら、アヴィオニスはそう口にした。彼女はもう子供のように新しい玩具を楽しんでいる。

「はい。単なる移動手段に留まらず、いざという時の攻撃手段も持てるのです」

「はぁ、素晴らしいわぁ」

「戦果確認も出来ますよ? もちろん本来の運用法である戦況監視の為の機能ですけど」


 カイは座席前に立ち上がっている防護板の上をなぞる。

 そこには記述刻印が為されていて、王妃の前方には円形に視界が広がった。


「遠見の魔法!」

 視界には標的にした土壁の成れの果てが映っており、それは根元を残して崩れているのが見える。

「整理してあるので、そんなに魔力は必要じゃなくしてありますから」

「大丈夫。普通に魔法具が使えるくらいの魔力は持っているから」


 遠見の魔法刻印は起動線で繋げていない型の記述をしてあるので、起動には全体をなぞる必要がある。それとは別になぞる構造にしたのには理由があった。

 記述の中ほどには、仕組みが組み込まれているのだ。軸に通した六角柱が横に二つ配置されており、一部が切り替え可能な構造になっているのである。


「これが倍率の操作部。こっちは照準角度の操作部です」

 六角柱を指し示しながら青年は説明し、切り替え操作を行って見せた。

「至れり尽くせりじゃないの? あなた、天才?」

「お褒めに与かり光栄です。これを使いこなしてくれるなら本望ですよ」


 回転させるとカチカチと音を立てて切り替わる記述をアヴィオニスがなぞり、魔法を再起動させる。すると、グイと引き寄せるように望遠機能が働き、遠くの物までよく観察出来た。

 照準操作部を切り替えると、遠見の視界の角度をある程度変える事も可能だ。視界が広がる訳ではなく、方向の照準調整が操作出来るのだった。


「これは助かるわ。魔力負担もこんなに抑えられるなら、遠慮なく使えるし」

 彼女は以前、遠見の魔法具の使用を考えた事もあるのだが、あまりに魔力消費が激しくて一度は諦めていたのだった。

「それほど頻度が高いものでも無いから、基本的には魔力の遣り繰りも出来そう。どうしても戦場が大きくなる時は、魔法士を呼び寄せて使うって方法もあるし」

「専用の道具を用意しておくのも考慮してみるといいでしょう」


 記述刻印起動用のロッドの存在を示唆するカイ。

 構造的には魔法士の持つロッドと同じ物だ。ミスリル製の杖の先に魔石を取り付けるだけの形。魔石からの魔力注入をイメージしながら、そのロッドの先で刻印をなぞれば記述は起動する。


「いいじゃない。そうしたら色んな魔法具を積んでおいて使う事だって可能になる」

 王妃の頭の中では様々な運用方法が浮かんでいる。

「積載区画もある程度空けておけば、移動中の仮眠くらいは問題ないと思いますよ?」

「でも、それじゃどこへ走っていくか分からなくない?」

「全く問題にはなりません。彼らは利口ですから」


 ザイードが自分の馬を引き出してきて跨っている。対抗心でも湧いてきたのかもしれない。

「ずいぶんと楽しんでるな?」

「その通り。否定しないわ」

 隣に着けた馬上の勇者王に揶揄される。笑って肩を竦めながら認めるしかない。

「着いて行って」

 走り始めた騎馬に青年がひと言告げるだけでセネル鳥は追尾を始めた。


 ザイードは戦場で扱うように馬を振り回して急加速や急ターンをして見せるが、車両はほとんどの動きに着いて行っている。乗っているアヴィオニスへの負担は大きく長時間は無理かもしれないが、戦闘速度の騎馬隊に追随するのも難しくないだろう。戦闘指揮車の運用の幅の広がりに王妃は心躍らせる。


「かあちゃー!」

 ザイードからトゥリオの肩車に移っているニルベリアが、馬場を駆け回る車両の上のアヴィオニスに手を振っている。

「楽しいわよ、リア! 後であなたも乗せてあげる!」

「その時は本気で駆けさせないでくださいよ?」

(この人に渡すにはちょっと性能が高すぎたかもしれないな?)

 王妃の豪胆さを読み違えたかと冷や汗をかくカイだった。



「それで幾らなの!?」

 降車するなりアヴィオニスはカイに詰め寄り、腕を掴んで揺する。

「この子達込みで幾らなら譲ってくれるの? 奮発するわよ!? 何百? 千? 千フント一千万円くらいは欲しいの? 足らないっていうのなら勉強するから、まずは好きな額を言いなさい!」

「なっ! 馬鹿な事言うんじゃないわよ! ブルーは私の相棒なのよ!? 幾ら積まれたって譲ったりするものですか!」

 ギョッとしたブルー達がじたばたと暴れ始めたがそれはカイが宥めて、チャムもフォローとも喧嘩口上とも言えない台詞を放つ。

「心配しないで。この子達にはあなたより良い暮らしをさせてあげるから。何よりあたしの指示をきちんと聞いて縦横に走ってくれたのよ? この子達はあたしに使われたがっているんじゃないの?」

「そんな訳ないでしょー! あれはカイも乗っていたから言う事聞いていただけなのっ! そうじゃなきゃあんたみたいな高飛車女の言う事なんか聞くものですか!」

「さあ、どうかしら? 君達、あたしのところに来るなら毎美味しいものを準備してあげるし、キラキラの綺麗な装具を作ってあげる」

 彼女はセネル鳥達が勇者王の愛馬の煌びやかな装具に興味津々だったのを目敏く観察していたのだ。

「キュウゥ?」

「約束してあげる」

 悪ノリして首を傾げる彼らに確約を送る王妃。

「ちょ! ブルー! あんた、そんな不義理をするつもりなのね?」

「キュッ! キュルラルリキャルキュルリルー!」

 懸命に言い訳をしながら翼をはためかせようとするが、彼はまだながえに繋がれたままである。

 そっぽを向いてしまったチャムにブルーはがっくりと首を落とした。


「まあ、冗談はさておき」

 半笑いのカイが話を進めようと前に出た。

「彼ら込みという訳には参りませんが、王妃殿下が属性セネルを準備して…」

「すぐに手配なさい! 至急よ! それも出来るだけ良い子を選んでくるのよ!」

 控えていた執事に即座に言い渡す。

「…段取りはしていただけるようなので、その属性セネル達と信頼関係を結び、ちゃんと厚遇すると約束するのなら車体はお譲りします」

「え? 代金は要らないっていうの?」

「ええ、御厄介になっているのでそのお礼です」

「……」

 疑わしそうな半目で黒瞳の青年を見るが、彼は小動こゆるぎもせずに頷いて見せる。

「大丈夫なの、この男は? これにどれだけの価値があると分かって言っているの?」

「こういう人なのよ」

 不安げな王妃にひとつ肩を竦めると、チャムは事も無げに告げる。

「自分の技能に価値があるとは分かっていても、それで蓄財しようなんて考えないんだから。権力者にとってこんなに扱い辛い人はいないでしょうね?」

「…じゃあ、これは有難く譲り受けるわ。何か考えておくから」


 その後はセネル鳥がイエローとブラックに入れ替わり、ニルベリアを抱いたアヴィオニスが座席に着いて王宮の庭の散策を楽しんでいる。

「これは戦闘指揮車とも呼べんな?」

「そうね。指揮戦車と言うほうが正確かもね?」


 そんな会話を交わす勇者王夫妻だった。

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