魔闘拳士の祝福

 王妃ニケアは鼻を鳴らす。

「このようなものを妾が喜ぶと思っておるのかえ?」

 カイが差し出した青い燐光を放つ燐珠りんじゅのネックレスには興味を示してくれない。

 フィノと同じ一粒もののネックレス。燐珠りんじゅは真珠と連ねるよりは、一粒ものとして下げたほうが映える。


 それはモルセアから買い取った青珠せいじゅの貝殻から作り出したもの。

 彼はガレンシーで再会したモルセアから一組の貝殻と、幾つか試作された加工装飾品を持ち帰っている。そのお土産をここで献上するつもりなのだ。


「酒類と乾物は先にお渡ししたでしょう?」

 各地で仕入れてきた酒精とカンム貝の燻製は、人を介して彼女のもとに届けてある。

「おお、あれは非常に良い酒だったぞ。褒めてつかわすぞえ」

「まったく自分が興味のあるものしか喜ばないんですから」


 声をひそめての会話は会場の者や国王への陳情の列には届いていない。ただ、ニケアが愛しそうにその黒髪を撫でる様だけが人々の目に映っている。

 そして、壇上の照明が少し抑えられ、控えていた王妃付きのメイドがネックレスをニケアの首に回すと、彼女の胸元に青い燐光が灯る。会場からは大きな歓声が上がった。


「ふん、普段は見向きもせん者達が妾に夢中じゃの。たまになら気分の良いものぞ?」

 手の平に乗せて青珠せいじゅを持ち上げると目を細める。

「元々お美しいのですから、そうしていれば映えますよ」

「何を抜かすぞえ? 隣に世界に稀なる宝石を従えておいて」

「まあ、その通りですけども」

 肩を竦めたチャムは、「言うのう」とのたまった王妃と笑い合う。

 剣への思いが通じるもののある二人は気が合うのだろう。


 エレノアの前に行くと今度は指輪を取り出した。

 それにも青く輝く大粒が燦然と輝いている。変形魔法でこっそりサイズ合わせをしながら王太子妃の右手の中指に通すと、彼女は高く掲げてみせる。

「美しいのだけれど、何だか優しい光ね。ありがとう、カイ」

 家族に見せるような暖かい笑みを浮かべるエレノアに、溜息を漏らす貴婦人は多い。彼女が膝にチェインを座らせているのが共感を得る一因でもあろう。

「クライン様みたいに山ほどの贈り物はあげられないけど、たまにはね」

「そんな事はないわ。とても嬉しいのよ」

 輝くような笑顔を見せる母親をチェインは珍しく思って見つめる。右手を抱いたエレノアはまるで少女のようだ。


 わくわくとして瞳を輝かせていたセイナの首に掛けられたのは、欠け盆みかづき型の銀のプレートに貝殻の欠片を散りばめ、同じく銀で目地埋めしたネックレス。大柄な飾りは鮮やかな光を放って、幼さを残しながらも気品を漂わせ始めている少女の美しさを彩る。

「わあ、こんなに輝いて! 素晴らしいものをありがとうございます、カイ兄様」

 感激した様子のセイナに、苦笑いを返すカイ。

「悪いけどこれは現地の職人の手によるものなんだ。作り物とは言え、燐珠りんじゅを渡すのは君には少し早いだろうからね?」

「でも、これだけの品、お高価いものなのでしょう?」

「普通に貴族や豪商なら手が届くくらいだよ」

 西方では見られない装飾品の価値に、王孫少女は首を捻る。

「現状の取引価格で青珠せいじゅなら屋敷が二、三邸は建つわよ。子供には少し似つかわしくはないかもね?」

「そ、そんなに高価な品なのですか!?」

「あらあら」

 母娘はそれぞれに驚嘆を漏らす。

「量産体制は作ってきたから一もすれば燐珠りんじゅもそのネックレスくらいの価格になるよ。それまでは自慢出来るかな?」

「高級な交易品としては手頃な価格に収まってくれそうだな?」

 王太子クラインは難しい顔を少し緩める。

 あまりに高価な交易品に人気が出ると貴族達が蓄財に躍起になり、良からぬ事を考え始めてしまうかもしれないと懸念したのだろう。

「気になさらずとも大丈夫ですよ。あちらでもモノリコートは飛ぶように売れる筈です」

「経済的にも良い関係が作れそうならいい」

 腕組みして頷くクラインの横で、母娘はお互いのお土産を見せ合って華やかな笑顔を見せていた。


「むー!」

 そのまま壇上を去ろうとした黒髪の青年に、不満げな声が掛かる。

「どうなさったのです? 貴女がここにいるのは予想外なので準備などありませんよ?」

「魔闘拳士様は意地悪です!」

「仕方のない人ですねぇ」

 取って返す彼に期待の目を向ける。

「特別ですよ」

「わあ!」

 頭にカチューシャを嵌めてもらい、喜ぶクエンタ。

 王宮メイドから手鏡を受け取ったシャリアが彼女の前に差し出し、映して見せる。

「お綺麗ですよ、陛下」

「ありがとうございます、魔闘拳士様!」

 王太子一家からも賛辞を得て恥じらう様はまるで乙女だ。

「大事にいたしますわ」

「お礼には及びません。その代り、しっかりお仕事をなさってくださいね?」

「そうですよ、陛下。注目をお集めになっていると自覚なさってください」

 女王は窘められて頬を膨らませる。

「二人とも意地悪です!」

 チャムにもくすくすと笑われ、ご機嫌斜めのクエンタだった。


 陳情の列を程よくこなしたところでアルバートは立ち上がり、再び前に出る。

「皆も目にしたろう? 開かれた世界はこのように我々に祝福と恩恵を与えてくれる。ともに繁栄をもたらしてくれる。平和へとつながるこの道は絶やしてはならぬ道なのだ」

 国王は未来を差すかのように天に手を掲げる。

「我らホルツレインの勇はこれを阻もうとする者に決して屈してはならぬ! 平和と繁栄と民の幸福の為にならば、余はいつでも立ち上がろうぞ! 世の志に皆が賛同してくれるであろうと信じている!」

 会場からは「おお!」と力強い声も上がった。


 この演説には、彼の望む平和な世界への思いとともに揶揄も含まれている。

 メルクトゥー女王の存在は一部の者にしか明かされていなかった。それなのにカイの家に滞在時に襲撃が実行されている。情報を知っている宮廷貴族の中、反王家を標榜する一派の中には帝国に与する者がいるという意味になる。

 東方の一部の勢力と友好関係を結ぶ事で平和を目指す方策に水を差そうとするそれらの者への牽制と同時に、その動きに釘を刺すように訴え掛けているのである。なかなかに尻尾を掴ませない連中には地味な攻勢と言えるかもしれないが、努力は続けていなければ希望など抱けない。

 これが国王にとっての戦いなのである。


 後に『魔闘拳士の祝福』と呼ばれる夜会の一幕はこうして閉じたのであった。


   ◇      ◇      ◇


 正規のルートでの打診があったのでは、ルドウ基金代表としては動かざるを得ない。外遊中のメルクトゥー女王が、黒縞牛ストライプカウ牧場の視察を所望しているというのだ。


「特別な事は何もしませんよ」

 子供達や職員に負担を強いたくないが為にひと言で切って落としたカイだが、一応は快諾した。


 街中はホルツレイン騎士団やメルクトゥー親衛隊士の護衛下で粛々と進み、街門外までは厳重な警備が行われていたが、牧場の中は牛を怯えさせないように入口までで遠慮してもらう。そこからはヴィスキーの牽く新型車両に移乗してもらい、数名の護衛だけに止めてもらって乗り入れた。


 当初は作業場の見学だけで終わるつもりであった。

 牧場のほうは遠景を眺めて、搾乳小屋をさらりと流すくらいで十分だろうと考えていたのだ。特にシャリアは、乳製品の生産状況に興味を抱いているのだろうと目星を付けていたから。

 ところが、クエンタは主に牧場が見たいと言い始める。


 その視察がとんでもない騒動に発展するとは誰も思ってはいなかった。

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