壮行晩餐会
その夜会は王家が主宰する大規模なものであり、新街道巡察団の壮行会と銘打たれていたが、何らかの発表が行われると目されていたし、城壁内に現れた見慣れぬ貴人の情報を掴んでいる貴族もいた。
ともあれ、主だった貴族は皆が招待されており、それぞれが様々な思惑を持ってその場に臨もうとしている。
そんな中央の人々はさておき、違う意味で正念場となる裏方の者達もいる。最前線にいるのが王宮メイドであった。
栄華を競うように着飾って集まるのが当たり前の中で、極めて稀に仕方なく参加する者が存在するからだ。いつも困らされるのが、名誉騎士カイ・ルドウを中心とした四人である。
魔闘拳士に関しては覚悟の上であり、専用の白銀の鎧が準備されてもいる。そして彼女らを少し驚かせたのは本人に少し風格のようなものが備わり始めてきた部分であった。整えてあげればそれなりに見られるくらいには成長している。それが彼女らを安堵させた。
意外に困るのが他の三人。磨けば光る貴石揃い。彼らを光らせるのが王宮メイドの務めであるが、最も高い地位にある王家の方々や主賓になる異邦の女王より僅かに見劣りする程度に収めなくてはならないのである。少し加減を間違えただけで飛び抜けて輝いてしまう彼らを何とかするのも彼女らの腕の見せ所であった。
そして、それは成功したかに見えた。
彼女らの努力を打ち砕いたのは、目立たないかのように見えた一つの装飾品。明るい衣裳部屋で化粧まで施して送り出された二人の女性は、夜会の広間に入った途端に文字通り輝き始めたのだ。
王家の人々や貴賓の居並ぶ壇上が最も明るく設えられていて、会場のほうは少し照明が抑えられている。そこに燐光が灯った。
そのほのかな燐光は、彼女ら二人の本来の美しさを際立たせるには十分過ぎる切っ掛けだった。
ほうぼうでグラスや皿を取り落とす音が響く。しかし、どれだけ異音が耳に届こうとも、皆が目が離せなくなっていた。
薄緑色のドレスが長い青髪の印象を抑えめにしていたはずが、緑の燐光に惹かれた目は同色のドレスと瞳がまるで誂えたかのように印象を深めていると感じる。薄く照らされる美貌は花開いたように微笑み、老若男女を魅了して止まなかった。
並ぶ獣人少女の胸元にも緑の燐光が浮き上がり、黄色いドレスと可憐な面を照らす。引っ込み思案だった彼女も年を経るごとに自信を深め、誇らしげに胸を張っている。そうしていると、ガレンシーで美丈夫が贈った玩具のようなブレスレットさえ高級品のように感じさせた。
自分の仕事ぶりをそっと窺っていた王宮メイド達は、絶望に暮れて
その後、すぐに王家の入場と相成って、誰もその光の正体を問い質そうとするわけにいかなかったが、中央の紫色の絨毯の上を進む貴人達に向ける目も泳いでいた。機械的に首を垂れ、それに王家の者が手を挙げて応えているが、気もそぞろである。
最後に国王アルバートが姿を現す段になればさすがに多くの者が姿勢を正して礼を取っている。だが、まだ会場内は微妙な空気に包まれていた。
壇上に上がったアルバートが、
「よくぞ集まってくれた、皆の者よ」
定型の口上が続き、多少は落ち着いてきた印象を与える。
「ところで、其の方ら」
国王は自ら煽りに掛かる。
「今一つ身が入らぬようだが、それも分からん事もない。気になって仕方あるまいの?」
お見通しだと言わんばかりの指摘があれば、彼らも改めざるを得ない。
「知っておる者もおるかもしれんが、あれなる品は未だ西方にはもたらされぬ品。東方の孤島に眠る秘宝とまで呼ばれしもの。我が名誉騎士が持ち帰ったものだ」
王笏はチャム達を示している。
「本来は手の届かぬ品であったやもしれぬ。しかし、状況は変わりつつあるのだ」
国王は声を張って、隅々まで行き渡らせようとした。
「産地は
右手が壇の下で控えるグラウドを示し、彼は一礼を返す。
「あれに見えし秘宝『
その言葉に、特に女性からは悲鳴にも似た歓声が上がった。
「いかんせん
一度期待を持たされた者には悲嘆が広がる。
「しかし、今東方への扉は開かれつつある。難事業の結果、新街道が開通と相成ったからだ」
上げて下げてを繰り返される聴衆は固唾を飲んで見守る。
「そして、その新街道の先、栄えある同胞メルクトゥー王国の女王をこの場にお招きした! 丁重にお迎えせよ、皆の者! クエンタ・メルクトル女王陛下、こちらへ!」
大扉が再び開かれると、
「お招きに与かり光栄に存じます、アルバート陛下」
シャリアと礼装鎧を纏った親衛隊士を従えて、静々と進んで壇上の人となったクエンタは、アルバート握手を交わし礼を述べた。
「よくぞ参られた。国王として歓迎の意を伝えよう。どうか我がホルツレインを楽しんでもらいたい」
「はい、ご厚意感謝いたしますわ」
握手の手はそのままに、聴衆を見回したアルバートは声を張る。
「見よ! ここに魔境の壁は失われた! ホルツレインとメルクトゥーに栄光あれ!」
聴衆はグラスを掲げて歓呼した。
◇ ◇ ◇
「陛下は本当に上手だよね」
国王の演説を評してカイは仲間に漏らす。
チャムとフィノの添え物となってしまって誰の注目も浴びなかった彼だが、特に気にした風もなく壇上に注目していたのだ。
アルバートは劇場型の国王だと思う。
普通は臣下がこぞって国王を盛り上げ、人気を高めて求心力を保とうとするものだ。その為に国内外に国王の偉業を喧伝しては支持を集めようと尽力する。そうでもしないとなかなか伝わらない。
ところがアルバートは違う。その弁舌で人を高揚させ、より大きく見せて目を奪う。決して自慢たらたらの弁論を展開する訳ではない。当然のように聴衆の欲求を満たす方向に言論を導き、最終的にその成果は彼が成したものだと思わせてしまう。
もちろん民の事を思っての政策方針に変わりはないが、敬意を集めるに足る王だといつの間にか思わされてしまうところがあった。
なので臣下の者達は国王に思うところがあっても、表立って論争は挑まない。どう足掻こうが聴衆の関心を持っていかれてしまうのだ。そこに反論を差し挟んでも、逆に反感を買ってしまうだけに終わる。弁舌で勝てないでは政治家としては劣っていると言えよう。
王家の力を弱めてより多くの権限を奪い取ろうとするなら、直接対決は避けて策を弄するしかなくなる。牙城を崩そうとすれば、周囲から削るのが常套になる。王家の人々が皆、人気に陰りが見えない今は、どこの馬の骨か分からないのに王近くに在って言いたい放題の黒髪の小僧を標的にする。
だが、それも長続きはしないはず。例の託宣が広まれば、さすがに手出しは控えるようになるだろうと思えた。
「さて、じゃあ少しはお力添えしておきましょうかね?」
青年は立ち上がると、青髪の美貌の手を取り同行を希う。
現状の方針を確たるものにする為の策を講じる為に。
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