ディメンションエコー
その後、世界情勢などの質疑に答えたディムザはアメリーナの部屋から辞去する。
擦れ違う者には笑顔で愛想よく礼を返しながらも、心の中では軽んじていた。
(やはり早めに除かなければ我が帝国は終わるな)
そう考えるのだが、それも魔闘拳士を捕らえるのとそう変わらない難易度だと思える。
長兄や次兄、そして皇帝も
油断なく立ち回って、いずれ帝位を手に入れれば、
(どんな
ディムザは先ほど首座に掛けられた言葉を思い出す。
「手勢が足らぬなら言うがよい。特別に
(彼奴らを最強だとでも思っているのか? いくら
それは
(思い通りに動かず、場を作ってやらねば機能しないでは連れて歩くだけ邪魔だ。こちらの動きが連中に筒抜けになるなら余計にな)
それは面白くない。
あれこれ考えていると、或る言葉が記憶から浮き上がってきた。
『あいつを怒らせるな。もし本気で怒らせたりしたら、その瞬間にお前は終わる』
(難しい注文だ、トゥリオ。俺の周りは愚か者ばかりなんだぜ?)
そんな思いを奇縁の友人に飛ばしながら、
◇ ◇ ◇
(浄化してもすぐに元通りって事は、魔素の黒い粒子は侵入し続けていると思ったほうがいいかな? これは緩んでいるどころか、開いているのかもしれない)
天を見つめながら、カイはそう予想する。
「マルチガントレット」
呟きながら立ち上がると、話し合っていたチャム達が振り向く。
「
呼吸を整えながら
「
刹那、膨大な余剰魔力が周囲に噴出し、黒い粒子も魔素の気配も何もかもが吹き散らされた。
「何だなんだ! 何が出やがった、カイ!」
腰を浮かせて、傍らに置いていた大剣の柄に手を掛けたトゥリオが騒ぎ立てる。
チャムは周囲に目を走らせ、鞘から半分剣身を覗かせていた。フィノもロッドを素早く『倉庫』から展開し、不安げに見つめてくる。
「何でもないよ」
今にも動き出しそうな仲間達を制止する。
「ちょっと
「驚かせんなよ!」
大男は少し気を抜いたようだが、麗人はそれどころではないと気付いたようだ。
「どういうこと? 緩んで綻びが出来ているだけじゃないの?」
魔王発生時に黒い粒子が侵入してきた次元壁の穴は、そこに経路を設けている魔王が滅びれば世界の復元力によって閉じられるのだという予想に達していた。博愛神の前では経路が残っている可能性も指摘したが、話し合うほどに有り得ないという結論に導かれる。
そうでなければ、そこからまたすぐ魔人やその上位種なのであろう魔王が再発生するはず。それが無いという事は、次元壁の修復は行われるが緩みが残り、そこから黒い粒子が少しずつ侵入してくるから魔王がだんだん強化されていっているのだという推論を立てていた。
次元壁そのものは長期に渡って綻びは残るものの、いずれは完全修復されるものだという推理。あとは滲み出してきたような魔素を浄化してしまえば、それが魔王に引き寄せられて利用される事はない筈だと考えていたのだ。
「どうもそれだけとは思えなくなってきたね。さっきチャムが
そう言って青年は肩を竦める。
「…でも、そんな大穴が空いているなら魔王が再生しても変じゃないと思いますぅ」
「私もそう思ったわ」
「だな」
議論が無駄に終わったとは思いたくない。
「僕も同意見だったさ。でも現実に裏切られたんじゃ、試してみるしかないよね?」
「やむを得ないわね。ひと思いにやってちょうだい」
楽しくない結論が出そうで青髪の美貌は顔を顰める。
それもそのはず、魔素である黒い粒子だけでも手に負えないのに、次元壁に穴など空いていようならどう対応して良いのかチャムには分からないのだ。
カイなら何か考えていそうなものだが、何もかも頼りっきりというのは如何にも座りが悪い。
「じゃあ、大きな音として感じる事はない筈だけど、身構えていてくれる?」
そう伝えると、左手を掲げた。
チャムとフィノは何となく耳を押さえて縮こまる。低いのか高いのか良く分からない、虫の羽音が聞こえたような感覚がしてカイの魔力波が放たれた。
「あー…」
「どうだったの?」
呆れともつかない声のあとに絶句した青年にチャムは尋ねる。
「空いてるねえ。結構な大穴」
「はわわぁー…」
犬耳娘を筆頭に、皆が渋い顔をする。
それは、タイクラムの森の魔王が使っていた方法を参考にしていた。
あの魔王は、自己の固有形態形成場情報を変調魔力波として放ち、それが次元壁に反響して返ってくるのを利用し、形態形成場が損壊した時の上書きに利用していたのである。あの時、カイはその変調魔力波をも攪乱して、固有形態形成場の再建を阻んだのだった。
その仕掛けを看破していた青年は今回、魔力波が次元壁で反射する性質を利用して、反響の状況から次元壁の状態を把握しようとしたのだ。
この方法では、変調魔力波に乗せる情報はほとんど意味はない。ただ、振幅だけ大きな魔力波を放っただけである。
魔力感知に長けた者ならまるで音のように感じたかもしれないが、実際に耳には聞こえていないはずだった。
「どうするのよ~。そもそも理屈が合わないじゃないのよ~」
青髪の姫君は眉尻を下げ、口もへの字にして非常に不満な様子を表している。
「どうかご寛恕ください、姫様。僕も想定から外していた事態なんだよ」
「変ですよねぇ~? 確かにあの黒い粒子、魔素は濃いと思いますけど魔王や魔人が発生している風はないですぅ~」
「もう、どっかに行っちまっているのか?」
考えたくない結果を美丈夫が口にする。
「それなら今頃は大騒ぎさ。いくら帝国が敵が多いって言ったって、国内で魔人とかに暴れ回られているのをひた隠しになんか出来ないんじゃないかな?」
「ですよねぇ~」
フィノも可能性を懸命に模索しているのか、相槌もいい加減である。
「これはあれかな? オーバーシュート」
「何それ?」
聞き慣れない単語にチャムは首を傾げる。
「水風船に穴を開けると最初は勢いよく吹き出すけど、すぐに落ち着くでしょ?」
溜まった圧力が一気に放出され、その後には圧力が下がる現象である。
それと同様の事が次元壁でも起こっているのではないかと説明する。最初に大量の魔素がこの世界に入り込んで、魔王まで発生するほどの密度まで高まったが、圧力が下がった後の魔素の流入は穏やかなのではないかという理屈だ。
「ふむふむ、それなら説明がつくわね。それでどうするの?」
顎に手をやって何度も頷いた麗人が先を促す。
「え? それだけだよ? 僕に次元壁を操作する力なんか無いもん」
三人はずっこけた。
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