特異点
境界の緩みは、当時は分化していなかった高エネルギー情報思念体である基なる神が全力で干渉して、それも偶然の要素が重なって初めて実現した状態だ。
当然といえば当然なのだが、カイ一人にどうこう出来る代物ではない。
ただ、能動的に行動する時は得てしてその先を考慮している青年だからこそ、つい期待してしまったのである。
「あーははは…、そりゃそうよね~。変なこと言ってごめんなさい」
省みて謝るチャムに、彼は首を振って答える。
「何とかしたいのは山々なんだよ。でも、さすがにこればかりは挑戦する気にもなれないや」
「しゃーねえな。こいつにだって出来る事と出来ない事があるってこったな?」
「そ。でも、あんたよりは遥かに少ないかしらね?」
有るだろうと思っていた反論に大男は舌を出す。
「うーん、やっぱり魔王出現点は、この世界に於ける特異点になってしまっているね?」
会話の中で何か気付きがないかと、カイは話を振る。
「ですねぇ。たぶんですけど、あちらの世界とこの世界が重なる場所みたいになっているんだと思いますぅ」
「でも、それが時を経るごとに広が…、なに!?」
チャムが反応したのは地鳴りだ。
それも地震のそれのように遠くから徐々に近付いてくるタイプの響きではない。彼らのいるその場所で地の底から湧き上がるように振動が強まっていく。
いち早く動いていた黒髪の青年は、経験のないその感覚に険しい顔つきで周囲を警戒している。
「…あら? ちょっと待って…、これ?」
「黒い粒子が拡散していきますぅ! 魔素がどんどん弱まって…」
「嫌な感じが消えていくな?」
トゥリオは後を引き継ぐように言葉を重ねる。
(まさか…)
カイは右手の人差し指と中指を立てて上に掲げ、変調魔力波を放った。
(間違いない。穴が塞がっている)
返ってきた反応は、全く欠けの無い反響波だった。
「魔素が晴れていきますぅ」
きょろきょろと見回すフィノは、嬉しそうに手を合わせる。
「何か分からないけど、これは浄化…、いえ修復されたって事よね?」
「塞がったのか?」
自然と視線は青年のほうを向く。
「その通り」
皆が明るい表情に変わっていく中、彼だけはどんどん渋面に変化していっている。
(やられた)
何が起こったのかを考えれば考えるほど、面白くない結論に達してしまう。
(僕は
カイは自分が完全に利用されているのを悟った。
「…これはちょっと腹が立っちゃうねぇ」
チャムはトゥリオと手を打ち合わせ、フィノもリドの手を取って喜び合っていたので、青年が剣呑な雰囲気を漂わせ始めているのに気付くのが遅れた。
「ちょ! 待っ! どうしたのよ!?」
彼の怒気に気付いて慌てたが、理由がさっぱり分からない。周囲は清浄な空気に変わりつつあるのに、カイの周りだけ魔力や闘気が駄々洩れになっている。
「キュリルー!」
「キャルルー!」
危険を察知して逃げ出したパープル達が遠くから声援を送ってきている。
「あんた達ねぇ! 待って落ち着いて力を抜いてお願い」
動揺で言葉が纏まらず、冷や汗が背筋を伝う。
「そ、そうだぜ! よく見ろ。解決したんだぞ?」
「何か気に障るような事があったのですかぁ?」
頬がぴくりと痙攣する。
「うん、大いに不満だね。こんな使い方をされるとはね?」
そのままでは危険なので、チャムが抱き付くように縋って座らせ、
理由を尋ねると、深呼吸を繰り返しながら訥々と説明を始める。
曰く、彼はこの世界の大いなる意思に、目として利用されていたらしい。
その意思には、次元壁の穴は認識出来ないのではないかと言う。それでは困るのでカイを
だから青年が変調魔力波を放って次元壁の穴を認識した途端にそれを感知し、修復に乗り出したのではなかろうかと予想出来る。
それをカイは紐に繋がれた動物のように感じて腹立たしく思ったらしい。
「うんうん、解るわ。縛られて使われるのは嫌よね、あなたも」
麗人は不自然な半笑い。明らかに落ち着かせようと心無い同意である。
「でも、
「……。仕方ない。今回はチャムに免じて収めるよ」
一同は胸を撫で下ろす。
「でも、分からないものなんですかぁ? 次元壁って世界の境界なんですよねぇ? むしろフィノ達より近くに感じてそうな気もしますぅ」
話題の転換に犬耳娘は疑問を投げ掛ける。
「そうねぇ。もしかしたら纏っている服みたいなものなのかもしれないわね? ほら、案外指摘されるまで小さな穴や綻びって気付かなかったりするじゃない?」
「あー、そうですよねぇ。おしゃれしている時なんかは気にしますけど、普段はそうでもなかったりぃ」
しかも、次元壁となれば多重多方面に及ぶと考えられる。その全てを把握するのは難題に過ぎると思えた。
そんな会話の傍らでもカイはぶつぶつと不平を漏らしていた。
(役割があるのは良いさ。その為のこの身体だからこそ、みんなを守れる力を存分に振るえる。でも、こうも一方的なのはどうなの?)
犬のように嗅ぎ回らせられるのはまだ我慢出来る。ただ、首輪に鎖を掛けられているような感じが苛立たしい。同等とは思えない抑圧感を覚える。
(そりゃ感謝してないって言ったら嘘だよ。単なる幸運でこれだけ仲間に恵まれるなんて思うほど、僕もおめでたくはないさ。ただ、協力するつもりの相手に…)
「これは無いんじゃない?」
ぼそりと零す。
話を逸らせるべく、論点をずらそうと努力していたチャム達はびくりと震える。慌てて取りなそうと青年に触れると様子がおかしい。
目を見開いたかと思うと、頭を押さえてふらりと崩れそうになる。チャムとフィノは驚きつつも両側から支えた。
「大丈夫!?」
カイは眉根に皺が寄り、荒い息を吐いている。
「
「う…、うん…。違う。何か仕掛けられた…」
「誰に? 御神の干渉? それとも…」
彼に精神干渉出来るとなると選択肢は少ない。
「後のほう。何だこれ?」
平静に戻ったカイは、じっと自分の手を見つめている。
一度小首を傾げると傍らの石を一つ拾い、人差し指で軽く撫でる。するとそこには魔法文字列が刻印されていた。
そして魔力を注ぐと遠くへ放り投げる。放物線を描いた石は、地面に着く前に大きな破裂音を立て粉微塵に砕けたのである。
「餌…」
呆けて見ていた三人は、その言葉に嫌な汗が出てくるのを感じる。
「これがご褒美らしいよ。刻印まで出来る高精度変形魔法」
変形魔法を器用に使いこなす青年だが、それで刻印までは出来なかった。今まではせっせと刻印ペンで刻んでいたのである。
ところが今はイメージした魔法文字を指で撫でるだけで刻み付けられるようになったようだ。
先ほどの石には爆砕の土魔法を刻印したらしい。少し長めの刻印だが、細かい文字で簡単に済んでしまっていた。
「…便利じゃない! これってすごく役に立たない!?」
チャムも翻意させようと必死である。
「便利だよ。本当に役立つだろうね? でも、不満を表したら餌を与えるって何? 僕は何なの?」
「それだけ頑張って欲しいって思ってらっしゃるのよ。私だってそうよ? ね? 暗黒点の修復、頑張りましょう?」
「完全に筒抜けってこと? それじゃあ…」
両の拳を持ち上げて叫ぶ。
「エッチなこと考えてるのも伝わっちゃうじゃないか!」
「そこなのっ!?」
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