凶報と光明
王太子一家の居室にトゥリオとフィノを残して指定された会議室に向かうカイとチャム。チャムが当然のように着いてきたが入室を拒まれる事も無かった。本人も「断られたら戻るから」と言っていたので口添えするつもりも無かったが、問題は無かったらしい。
入室すると、少々物々しい雰囲気が漂っている。顔触れは、国王アルバート、政務大臣グラウド、王太子クライン、そして魔法院の長アッペンチット導師の四人だけで、既に人払いされているようで近衛騎士の姿も無い。
「これはいけなかったかしら? 外す?」
深刻そうな状況に同席を躊躇う。
「構わぬ。掛けてくれ。そなたらにも関わってくる話になる」
「そう、では遠慮なく」
二人が席に着くと、導師が「
「ずいぶんと大袈裟ですね? そんな問題が国内にあるようには見えなかったのですけど?」
「それについては追い追い話す。まずは老師、報告を頼む」
「では儂から話そう。聞いてくれ、カイ」
二人以外は既に聞いた話らしく、こちらの反応を窺う態勢になっている。
「ダッタン遺跡の解析がほぼ終了した。これから話すのはその中身じゃ」
「ああ、それでしたか」
「うむ、まずはお前達が発見した遺体の身元じゃが、名前はコルネリウス・ベルンシュタイン。出身はドイツという国で、そこの技術者だったらしい」
そこまで聞いてカイはグラウドに視線を送る。
「お前の出自に関しては話してある」
その時は大騒ぎされたそうだが、今はもう落ち着いているようだ。
「そうでしたか。導師、それは間違いなく僕の世界の方です。どのくらいの年代の方か解りますか?」
「こちらに渡ってきたのは三十五歳の時だったそうじゃ。年代は解明出来ん略号の後に1915と書かれていたぞ」
問い詰めたい衝動に駆られたのか口をパクパクとさせたのだが、その後の話の重要性を思ってか自制したらしい。
「第一次世界大戦中のドイツですね。当時の技術者の方であれば相当選りすぐられていたかもしれません」
「間違いないのじゃな……。彼の日記には、戦争中にこちらに飛ばされたとの記述が有ったわ」
改めて確証に近い証言が出てきて、アッペンチット導師は少し衝撃を受けたようで脱力している。
「僕も歴史として習っただけの事実ですよ。当時の事を詳しく知っている訳ではありません。ただ、僕の時代にもドイツという国は存続しています。政治体制はずいぶんと変わってしまっていますが」
「その国は戦争に勝ったのか?」
興味を引かれたのかクラインが言及してきた。
「その戦争には勝ちましたが、次の大戦で負けました。その後は苦難の歴史を歩みましたが、今は再び拓けた国に発展しています。そして、その大戦で僕の国も負けました」
「なんだって!?」
「敗戦国となって酷い時代が有ったようですが、僕が生まれた頃には復興もその後の経済の発展も成っていて、豊かな社会を作っているんです。そんな恵まれた時代に僕は育ちました」
「そうだったのか」
クラインはホッとした様子を見せる。カイの精神的根幹が敗戦や敗戦後の荒廃に基くものかと懸念したらしい。虐殺や抑圧への拒絶反応が今の彼の姿なら見方を変えねばならないと考えたようだ。
「続けるぞ。問題はここからじゃ」
お茶をひと口含んで唇を湿したアッペンチット導師は口を開く。
「こちらの世界でも色々と有ったようじゃが、様々な経緯を経てベルンシュタイン氏は魔法士として勇者パーティーの一員になったそうじゃ」
「…………」
カイは目線で先を促す。彼にとっては予想通りの内容で既知の事実に近いのだが、あまり物事に動じないが故の態度だと皆は受け取った。
「そして、彼は魔王と戦ったのじゃが、倒す事は適わず封印するに留まったと日記に有る」
「封印ですか?」
「そうじゃ。一度仮封印をした後、恒久的に近い封印を目指して研究の
導師は何度も目を通したであろう資料に目をやりつつ続ける。
「強固な封印魔法陣を編み上げ、反射方式封印の仕組みを作り上げた彼は、次にそれに魔力を供給し続ける仕掛けの開発に掛かった。その結果があれじゃ。あのダッタンの塔じゃ」
「確かにあれは魔力伝送装置でしたよ。そして、もう機能していない」
「そこが本題じゃ。魔王の封印は解けておると思ったほうが良い」
「それでだ。東方で勇者と認められた者が現れたと伝わってきた。既に神使から聖剣を賜っているらしい」
グラウドが後を継ぎ、深刻な顔で告げる。
「この二つの事実から、おそらく……、いや間違いなく魔王が復活していると我らの意見は一致している。お前にはピンと来ないかもしれないが、魔王というのは我らにとって重大な災厄だ。由々しき事態になったと言えよう」
「でも、勇者が現れたんでしょう? それなら問題無い筈よ」
(ムルダレシエンはきちんと仕事をしたようね。安心した)
心の中では違う事を考えつつ、当然の指摘をするチャム。
「それは確かにそうなんだが、魔王の居場所までは掴んでいないと聞く。勇者達は東方を巡っていたようだが、新たな手掛りを求めて船に乗ったとの情報だ。今はこの西方に向かってきている」
「ここでそなたらも関わってくる。今後も世界を巡るつもりなら、出来れば勇者パーティーに協力して情報収集にも動いて欲しい。余からの願いはそれだ」
カイを呼んだ一番の理由はそれだったらしく、アルバートが直々に願いを伝えてきた。
「魔王は人類の敵にして、最大級の災厄である。人類一丸となって当たらねばならぬ。そなたには関係のない話かもしれんが、どうか頼まれてくれぬか、カイ」
「…………」
「それに集中しろとか、そなたも戦えとは言わぬから協力だけはして欲しい」
沈黙を保つ黒髪の青年が、渋っているのかと勘違いしたアルバートは言い募る。
「どうするの?」
「ここまで話が進んでいると、話しておくしかなさそうだね」
「何か問題でも有るのか?」
困り顔の二人を見て、クラインが訊いてくる。彼らホルツレインの頭脳としては、この一大事を前にした態度ではないと思えて苛立たしいものが有るのだが、国を治める立場に有る者として自制に努めているのだ。
「あー…、そのね」
四人の注目を浴びたチャムは極めて言い難そうにして言葉に詰まる。
「倒しちゃったわ、この人。魔王を」
「「「「何だとぉ ── !!」」」
カイは魔王を倒すに至った経緯を説明する。
ダッタンの塔の事は気に留めていて調査を続けていた事。その先で勇者の仲間の末裔に出会った事。封印の痕跡を発見してそこを調べて魔王の神殿に行き着いた事。そして、それを害悪と判断して排除すべく彼らは戦い、魔王を討ち果たした事。
それらは国王以下の四人を驚愕の坩堝に陥れる。受け入れ難い事実に、空気を吸うのも儘ならないほどに驚いている彼らだが、立場上確実な確認作業が必要だと気を取り直さざるを得ない。
「し、しかし、魔王は勇者の聖剣でしか倒せない筈だが?」
「私だってそう思っていたわ。なのに誰かさんはとんでもない切り札を隠し持っていて、あの災厄の王、漆黒の巨人を滅ぼしてしまったのよ。こんな冗談みたいな笑い話がどこに有るって言うの? どんな劇作家だって思いも拠らないでしょうね」
先刻のチャムと同じ困り顔をしなければならない、国の代表者達であった。
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