不都合な事実

 魔王討滅の事実は国王以下のホルツレイン首脳部を放心させるに足る事実だった。ここ数ヶ月、彼らが頭を悩ませていた問題が既に解決済みであり、苦悩が無為なものだったと言われたようなものだからだ。


 

「確認させてくれ。それは間違いなく魔王だったのか?」

 頭を抱えているだけでは物事は進まないし 大前提が間違っていては議論しても仕方がない。クラインはそこに言及する。

「魔人の軍団を従えているのが魔王じゃないって言うなら何なんでしょうね?」

「いや、疑っている訳では無いんだが……」

 疑いたくなる気持ちも解らなくはない。チャムは半笑いで軽く皮肉るに収める。

「そうですね」

 カイがテーブル上に幾つか『倉庫』から取り出す。

「原形を留めている物は魔人の核石、砕いた欠片は魔王の物です。研究資料として差し上げます。ただし、中に書き込まれていた構成は消去しました。おそらく、そっちのほうがあれの本体だったと思いますけど」

「消去じゃと? 残っておらんのか?」

 黒く滑らかな表面を見せる石を取り上げてアッペンチット導師が言う。そういう人間だからこそ元のまま渡す訳にはいかない。

「全部消しました。下手に魔力を注いで、王宮に魔人や魔王が現れたらどうするんです?」

「む……」

 間違いなく大惨事である。研究者の探求心というものは時に貪欲に過ぎる。危険性をどこかに放り出してしまう場合も少なくないのだ。


「構成が書き込まれていたとなれば、これは魔石に似た物なのか?」

 拡大鏡を取り出して夢中で核石を観察する導師はさておき、グラウドが当然の疑問の答えを求めてきた。

「似ているどころか、これは魔石そのものです。魔力絶縁体の成分が魔獣の物と違うだけ。その成分分析用の研究資料という意味ですよ」

「分析出来れば蓄魔器マジカルバッテリーにも転用可能なのだな」

「合成出来る物質なら、の話ですが」

「ふむ、それは導師にお任せしよう」

 放っておいても結果は出て来そうな勢いである。


「待ってください。そういう話をしているのではないでしょう?」

 あらぬ方向への流れを引き戻すべくクラインが声を上げる。

「この事実、どう公表するんです?」

「殿下、それは早計に過ぎますぞ?」

 グラウドは、王太子の早合点を正しに掛かる。

「よくお考えを。カイがこちらの情報を掴むまで事実を口にしなかったのはなぜだとお思いになられます?」

「そうだ! カイ、君は……」

 クラインは妙に口の重かった二人の事を思い出した。

「此奴め、事実を公にする気など欠片も無いという意味ですよ。そうだな?」

「はい。他の二人にも口外しないよう伝えてあります」

 目線を向けて問い質してくるグラウドに、準備していたような答えを返すカイ。


 四人は、魔王を倒した事を公表しない方向で意見を擦り合わせてある。結論から言うと、カイ達が魔王を討滅しては困るからだ。

 皆が口を揃えて言う通り、魔王とは人類最大の敵である。同様に、魔王を倒すのは勇者であるのが常識。しかし、実際には勇者は魔王を倒し切れず封印するに留まったと推測された。

 その魔王を勇者でも何でもないカイが倒してしまったのが問題だ。連綿と受け継がれてきた仕組みの崩壊である。それがどうにも宜しくない。


 この事実を、皆が知る事となったらどうなるか? 今後再び魔王が現れ、それに対して勇者が現れたとする。誰がその勇者を信じるというのだろうか? 皆が非協力的になったとしても変な話ではない。

 それだけならまだ良い。今度は自分が、と考える者が出てきてもおかしくない。魔王を倒して英雄になろうとする者も少なくないと思われる。

 カイが魔王の固有形態形成場を破壊して、倒せる状態にしたのは裏技中の裏技。それ無くば、まずまともに戦う方法など無いのだ。普通の者達に期待を抱かせるのは、死人を増やすだけの結果にしかならない。

 

 勇者以外に暴挙を演じさせる訳にはいかない。それ故に、四人は納得して事実を封じる事にしたのである。だから、トゥリオやフィノも二人を納得させずに誰かに喋る事は無い。


「ならば、君は魔王討滅を人に知らせる気は無いと言うのか? 既にどこの国でも、首脳部や一部の者は魔王復活の情報を掴んでいるぞ? 彼らが不安に駆られたままでも構わないと?」

 クラインは、各国が自分達が陥ったような状況に有ると主張し、不安の解消が必要だと考えている。グラウドやカイはそれを甘さだと感じるが、それも王太子の長所でもあるので軽々否定は出来ない。民を思う政の為には伸ばすべき部分だと思える。

「心配には及ばないのではないですか? その為に勇者が存在するのでしょう?」

「いやだから勇者は魔王を倒す為に生まれるって言ってるだろう!?」

「それでも矢面に立たせて利用しているのは事実じゃないですか?」

「う……」

 利用している当人達には返す言葉も無い。


 魔王出現の報が流れても、勇者の存在を盾に民心を安寧に導くのが国の指導者達の姿勢である。それが唯一の手段とは言え、勇者の勇名を利用している事に変わりはない。為政者ならばそれを恥じたりするほど弱い心を持つ者はいないが、真正面から指摘されれば多少は負い目を感じる。


「今まで通り、魔王は勇者が倒してくれると主張すればいいだけですよ。そんなに難しい話じゃないでしょう?」

「しかし、それは少し悔しい気もするぞ。せっかく苦労して魔王を滅ぼしたのだろうに、誰も君を讃えないなど」

「お気遣いありがとうございます。ですが、民衆を安心させるのがクライン様の役目ですよ」

 完全に納得は出来ない様子だが、彼はその理屈が解らないような愚物とは程遠い。

「勇者とは正義の象徴であり、その具現化だと思われていると聞きました」

「そうだ」

「では勇者には、形ある正義として存在し続けてもらえば都合が良いのではありませんか?」

 カイは自分の胸を指しつつ続ける。

「こんなどこの誰かも分からないような男が魔王を倒したとかいう不都合な事実は隠蔽するに限ります」

 自らを指してそんな言い草は無いだろうと皆は思い、苦笑いを浮かべる。



「それより僕が懸念しているのは『王家番』の存在です。あれを問題無しとお考えですか、侯爵様は?」

 彼らが自宅に侵入してきた事実を告げる。それ自体は確かに大きな問題では無い。カイの心情的な理由に基く問題に過ぎない。


 しかし、敷地にはルドウ基金本部も有った。そこにはそれなりに大金も置いてあれば、それを動かす契約書や証文も有る。更に、融資に関わる検討の為に事前計画書なども提出されている。

 どれを見られるのも持ち出されるのも非常に問題の有る物ばかり。そんな場所に何ら許可を得ずに躊躇いも無く進入しても構わないと考えていること自体が重大な問題だとカイは考えている。

 これまでは情報漏洩などの問題は起こっていないようだが、現状何が起こったとしてもおかしくはない環境にあると思える。


「うむ、セイナに聞いておる。そなたらしくもなく立腹した様子だったと」

 グラウドに変わって国王が答えてきた。

「それはお恥ずかしながら僕個人の理由からです。しかし、申し上げた通り懸念はしています」

「大人が同席せぬ場合は慎むようには言ってあるが、歯止めが効いておらんようだ。厳に慎むよう伝えよう」

 アルバートは顎髭に触れつつ考える。

「あれは臣達の勧めるままに受け入れ、恒常化してしまった習慣。一考の余地が有るようだ」

「御前会議を通していらっしゃらないので?」

「うむ」

 カイにはそれが意外だった。

「なぜ規制もしくは検閲をお考えにならないのです、侯爵様。貴方らしくもない」

「この問題に関しては、政務卿は表立って動けんのだ。解れ」

「?」

 あくまで発言を拒むグラウドを不思議に思う。


 苦い表情を浮かべ続けるグラウドなど珍しいと感じるカイであった。

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