タイクラムの未来

 森から戻った彼らをタイクラム家の人々は歓待してくれた。夜になっても戻らなかったので、ジュダップは大層懸念を口にしていたらしい。フェンディット老も珍しく落ち着かない様子を見せていたそうで、誰も彼の懸念を笑えはしなかった。

 しかし、元気に戻ってきた彼らの姿を見れば懸念は懸念で終わったのだと知って、ようやく笑顔を見せる。


「どんな様子だったか、訊いても構わないだろうか?」

 重々しくフェンディットが口火を切る。ジュダップは傍らで、リドが様々なジェスチャーを見せるのを理解しようと首を捻っている。

「問題が無かったと言えば嘘でしかないんですけど、一応は片付けて来ました」

「片付けてきた?」


 フェンディットも勇者の末裔としてそこに居続ける意味を理解している。森の奥に何が有るのかも薄々は察している。だからこそ黒面こくめんの活動が活発化している事実に強い焦燥を感じていたのだ。

 魔人がそこから出てくるという事は、そこに魔人を生み出す者とそれを統べる者が居る事を示唆する。ただ、それを口にすれば現実が襲い掛かってきて、不安に押し潰されかねない。意識しつつも出来るだけ考えないようにしていたというのが正確なところだ。


「ええ、もう魔人、黒面こくめんは現れない筈よ」

「君達はあの向こうで何をしてきたのかね?」

 その意味を計りかねて……、いや、受け入れるのを難しく感じて、目付きが険しくなってしまう。

「発生源の排除をしてきたわ。解って」

「それは」

「そういう意味よ。最初は調査だけのつもりだったのは確か。場合によっては然るべき処置を要請する段取りを考えていたの。でも、その処置まで済んでしまったのよ」

 タイクラム家の人々は顔を見合わせるしか出来ない。リドはテーブルの上で跳ね上がると、短い脚で回し蹴りを放って見せている。

 一家も何が起こったのかを受け入れざるを得ないようだと解ってきた。

 

 メリネットは我慢し切れずに乗り出してきた。

「ジュダップは……、この子は役目を継がなくてもいいんですよね?」

 勢い込んで言い募ってくる。

「危険な事をしなくても良いんですよね?」

「ちょっと待ってください」

 カイは冷静になるよう一拍間を置く。

「皆さん、大きなものにばかり目を奪われて、大事なものを見逃していますよ?」

「大事なもの?」

「ジュダップの気持ちです。確かに彼はもう縛られる必要は無い筈ですけど、彼が何をしたいのかは別の話だと思いませんか?」

 夫婦はハッと顔を見合わせて、改めて息子のほうを見る。両親の剣幕に言いたい事も言えなくなっていたジュダップは、やっと顔を上げて口を開く。

「僕はやっぱり狩人になりたいよ。役目って言うのは無くなったのかもしれないけど、爺ちゃんの白い弓は僕が継ぐんだ」

「でも、狩人だって時には危険な仕事だよ?こんな事、僕が言うまでも無いんだけどね。お父さんやお母さんを心配させてでも狩人になりたい?」

「うん」

 一瞬の躊躇もなく少年は答える。

「父ちゃん、母ちゃん、ごめん。僕、どうしても爺ちゃんと同じ仕事がしたいよ」

「ジュダップ……」


 その憧憬はとても強いものだと感じられる。フェンディットは腕を組んだまま息子夫婦の判断を待つようだ。ガストバンとメリネットは、魔人討伐などという特殊な役目だけを危険だと感じているようで、既に納得顔になっている。

 しかし実際のところは、或る種絶対的な弱点属性である聖弓が有れば魔人はそう恐ろしくはなく、むしろ大型野獣のほうが脅威なのだが夫婦にはそれが解らない。祖父と孫だけの共通認識であり、秘密を共有した気分になったジュダップは満面の笑み。


 その孫の頭にフェンディットは手をやった。


   ◇      ◇      ◇


 タイクラム一家の事も問題無く解決し、団欒の時を彼らだけにする為に冒険者達は庭の丸太の上でお茶を手にして中天の星を眺めていた。連続する過酷な状況を切り抜けて、その成果が形として目にする事が出来たのは満足感を与えてくれる。


「本当に世話になった。感謝する」

 扉を開けて出てきたのは勇者の仲間の末裔にして聖弓を継ぎし者であるフェンディットだった。

「何て事ぁねえぜ。何度も死ぬかと思ったがな」

「トゥリオさん、それは矛盾しちゃってますよぅ」

「ごめんなさいね、せっかくの感謝の言葉なのにお馬鹿さんが混じっていて」

「構わんよ。愉快そうで何よりだ」

「爺さん、そこは否定しておいてくれよ!」

 トゥリオのボケで固い雰囲気にならずに済んだのも事実なのだが、意識してやった訳では無いのは仲間達が一番よく知っている。


「フェンディットさん、一つ頼まれていただけませんか?」

 青年の頼みとあらば老爺も否やは無い。

「聞こう」

「聖弓が鳴く事はまず無いとは思うのですが、山守りの仕事は続けていただきたいんです」


 魔人にしろ魔王にしろ、滅んだ後には黒い粒子を散らして消えていった。カイはその黒い粒子の性質を計りかねているのだった。

 それがあれだけ濃く漂っている地で、何が起こるか予想出来ない。黒い粒子が悪さを始めるかもしれないと彼は懸念している。保険としての監視役の必要性を説いて聞かせた。


「なるほど、それは解らん事も無い」

「お願いしても良いですか?」

「是非もない。承ろう。なに、どうせ孫もまだ鍛えねばならんからな。やる事は大きく変わらん」

「そう言ってくださると助かります」

 彼の瞳の奥に宿る強い光に、どれほどの意思を秘めているのかと改めて思う。

「案ずるな」

 そう言われれば彼らも後顧の憂い無く旅立てる。


「なら、少し手続きが必要ね」

 もう癖になってしまって、フェンディットが片時も離さず傍らに置いている聖弓にチャムは手を伸ばす。

「ちょっと借りるわね」

「構わんが?」


 一体、何をするつもりなのか彼にはさっぱり分からない。それは仲間達にしても同様だ。

 チャムは聖弓に刻まれている優美な装飾に指を振れると、一定のパターンでなぞるようにする。魔力に敏感なカイとフィノは、その指には結構な魔力が込められているのに気付く。十二呼一分くらい掛けてゆっくりとなぞられた装飾は、一度ふわりと光を放つとその陰影をひと際濃くしていた。

 老爺は渡された聖弓を手にすると、内に感じられる力が増しているのに気付く。


「君は……」

 驚きの表情でチャムを見上げる。

「導きの一族の者だったのか?」


 彼女は微笑だけでそれに応えた。


   ◇      ◇      ◇


 タイクラム一家は笑顔で感謝を述べて送り出してくれた。ジュダップは少し惜しそうな顔をしていたが、彼もそう時を置かずに兄になるのである。強くならなければいけないと説き伏せられる。メリネットに丈夫な子を産むよう言い残して彼らはその家を後にした。

 フェンディットの会釈が彼らを安心させる。


 しばらくは魔境山脈を横目に進む。人目が無くなったところで、チャムは「さて」と口火を切る。


「そろそろ構わないと思うから、お仕置きの時間よ」

 仲間達は何の事か解らなかったようだが、カイは一人ほくそ笑んでいる。

「トゥリオ。あんた、何であの時馬鹿みたいに雄叫びなんて上げて突っ込んだのよ? フィノが気を利かせてくれなきゃ私もあんたもやられていたのよ?」

「あ!」

 チャムを大盾の裏に隠して突進する段取りまでは合っていたのだが、あそこで大声上げて注意を引いてしまったら意味が無いのである。

「あ、あれか? その、つい……」

「つい、じゃないわよ! 私に恨みでも有るわけ?」

「違うって。無意識だったんだって」

 チャムは静かに腰の剣の柄に手を掛けた。続く台詞が山脈に木霊する。


「悪気が無かったら何でも許されると思うんじゃ無ーい!」

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