魔境山脈の旅

マルチガントレット(1)

「キュラキュキューラキュリ キュリキュラ♪」

「キュキュキュキュリッキュ キューキュリ♪」

「キュリルキュルキー キューキュル♪」

「キーキュー キュールリッキュルリキュリー♪」


 四色のセネル鳥せねるちょうがご機嫌で歌っている。ご機嫌で歌っているのは良いのだが、本来ここは呑気にそんな事が出来ない場所。

 迷い込めば生きて戻るのはまず不可能と言われる魔境山脈。深く踏み入れれば大型魔獣も闊歩し、人間など単なる餌でしかない場所でなければ何ら問題無いのだが。


 それでもこんな暴挙が罷り通るのは、四人の冒険者が魔獣を寄せ付けない結界を張る魔法陣、魔獣除け魔法陣を起動したまま移動しているからである。それが普通でない道程を許しているのだ。ただし、彼ら四人が普通なのかを問えば、それはまた様々な見方が有るだろうが。


 基本的に沢を選んでの移動をしている。水と夜営場所に困らないというのが主な理由だが、道がはっきりしていない山歩きで沢を選ぶのはもってのほかだと言われている。それは、滝に当たった時に見通しの悪い樹林に立ち入らねばならず、方向感覚を失って高確率で迷ってしまうからだ。

 しかし、彼らにはそれは当たらない。なぜなら黒髪の青年カイの広域サーチ魔法によって常に地形と方位を把握し続けているのと、悪路踏破性に優れ登坂もものともしないセネル鳥の存在が大きいと言えよう。


 滝に当たれば一休み。軽食を補給し、お茶でひと呼吸を入れる。時にはそこで夜営をしたり、沐浴をして身を清めたりする。その上で滝を迂回して登っていく。

 源流に近付き沢が細くなってきたら広域サーチで次の沢を探して目指し、その沢を下りながら一山一山と越えて彼らは西に向かっている。


   ◇      ◇      ◇


 ここ一巡6日ほどは、夜営の度にカイは細かい作業をしている。製作してるのは光盾レストア発生器と光条レーザー発振器。

 失ってしまったマルチガントレットを組み上げるために、手間の掛かるパーツだけを先に組んでいるのだ。それも二組ずつ。分解してしまったのは右腕だけだが、カイはこの機会にマルチガントレットの改良型を新調するつもりである。

 全く同形の物ならすぐに組み上げられるのだが、新型にするので各部を吟味して時間を掛けて作り込んでいく。


 沢下り中に夕刻近くになって滝に当たった四人は、迂回して滝壺前の河原で夜営にする事にした。


明陽あすはここで作業したいんだけど良いかな?」

 夕食中にカイがお願いしてきた。

「構わないわよ。ここは景色も良いし水も綺麗だし暇はしないわ」

「おう、そろそろだと思っていたぜ」

「それは言っちゃダメですよぅ、トゥリオさん」

 察しながらも触れなかったチャムの台詞の意味がなくなる。雑な行動に彼女は肩を竦めて見せた。

「どうせ、作業風景を見させてもらうから間違いなく暇はしないでしょ?」

「ありがとう。たぶん、一で終わる筈だから」

 翌陽よくじつは旅程に一拍置いて作業と相成った。


 トゥリオが油断して寝坊し、女性陣が沐浴を楽しんでいるうちに筺体の原型は出来上がる。

 肘近くに光盾レストア発生器を取り付けたら、拳の上、先端近くの加工に入る。突出部の両脇に開閉式発射口の仕掛けを組んだら、風撃ソニックブラストの刻印を施す。

 スリットに組んであった光剣フォトンソード射出器を取り付けたら、その中央に以前に数倍する大きさの光条レーザー発信器を内蔵する。

 ギミック全ての取り付けが済んで、腕との隔離壁を融着させた後に、内張り革を張り付けた。ほとんどの部品はギミック稼働用にミスリル銀で組んである。開放していた筺体を変形させて筒状にしたら腕の部分は出来上がりだ。


 ここで洗濯済みの服に着替えて、髪も乾かした女性陣が見学にやって来た。

「あら、本体はほぼ完成しちゃったのね?」

「はうー、出遅れましたぁ」

 そうは言うが、内蔵したギミック類は連夜、散々眺め倒しているのだから取り付けただけだと言える。

「もうちょっと細工するけどね」

 そう言いつつ、カイはエルボーガードを作り出し、防刃皮革を微細ミスリルチェーンで覆った柔軟部品で本体に取り付けた。

「さて、と」


 次に作るのは手袋部分だ。簡単そうで難しく、気を遣う部分でもある。自在に動いて、且つ高い耐久力と防御力を要求される。

 取って置きの柔軟防刃皮革で手袋を作ったら、金属で鎧っていかなければならない。彼が取り出したのは黒鎧豹ブラックアーマーパンサーの鎧片だ。それで手袋の部分は仕上げるつもりだった。


「ちょっと待って!」

「ん? どうしたの?」

「それで爪とか鎧うのは止めにしない?」

「そうですよぅ。カイさんは銀爪でないとダメですぅ」

「でも、材料がこれしか無いんだよ」

 カイにとっても重要な部品なのだ。手持ちの中で最高硬度を誇る材料を使いたい。

「普通の鎧豹アーマーパンサーの鎧片はもう切らしたの?」

「まだ有るけど、そんなに多くないね。それにあれは皆の剣とかの為に取っておきたいから」

「そっちは気にしなくて良いから使いなさい。あなたが黒い爪を使うのは見たくないわ」

 人類最大の災厄との激戦は、チャムに小さくない影響を残しているようだ。黒爪は魔王を連想させるらしい。フィノも尻尾を力無く垂らして、困り眉を見せている。


「うーん、そっかぁ……」

 少し悩ましい様子を見せつつ、カイは鎧片を取り出す。残りの白銀の鎧片は、剣の刃付けになら数本分にはなりそうだが、手袋全体を鎧うには心許ない量だ。

「足りそうにないから、組み合わせて使う事にするよ?」

「それで良いわ」

 基本的には、手の甲の側は白銀で、掌側は漆黒の材料で鎧う事で妥協する。手の甲側も、関節部だけ黒い材料を使ってみると、意外とアクセントになって洒落た見栄えの出来上がりになった。


「あー、ああ? もうほとんど終わってんじゃねえか?」

 昼前になって起き出してきたトゥリオはそんな台詞を吐いてくる。

「当たり前でしょ!? 今、何の刻だと思ってんの? もうお昼の用意を考える時間じゃない。気を抜き過ぎよ」

「もうそんなか?」


 今陽きょうは朝から出立する訳では無いと思ったトゥリオは、昨夜は多めに飲酒し惰眠を貪っていたのだ。チャムは、昼から新型マルチガントレットの実験台として絞ってもらわないといけないと思った。


 当のカイは、取り出したオリハルコン塊を眺めて落胆を示している。これからその塊を使ってオリハルコン箔を作り、新しい相棒の表面に貼付けて融着、オリハルコン被覆を施すのだが、それに使うと在庫がゼロになってしまうのだ。

 大事に使っていたが、胸装ブレストアーマー肩甲ショルダーガードに仕込んだ分で大きく削られて、とうとう底を突く時がやって来た。


 ホルツレインに帰ったら、また市場を漁って買い集めたいところではあるのだが、若干の不安はある。イーラ女史は、ルドウ基金の経理に関しては辣腕を振るってほとんど無駄のない管理をしてくれている。ところが、カイ本人の私財の管理に関してはかなり緩いと思える部分が有るのだ。

 相談は有るものの、結構容赦なく使ってくれる。どうやら彼女は、カイが個人で多額の資産を保有する事を防ごうとしている節がある。男に大金を持たせたら、碌な事を思い付かないとでも思っているのかもしれない。

 ともあれ、全面的に管理依頼をしたカイの立場では、それくらいの資金が残っている事を祈るばかりだ。


 そんな事を考えつつ、彼は新型マルチガントレットにオリハルコン被覆を施した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る