身体強化
「『
チャムが感じたのは膨大な魔力量。そして、瞬間移動能力。そんな魔法は見た事も聞いた事も無い。
「割と単純。
「変じゃない? あなた、変形させない状態で固有形態形成場に手を加えるのは無理だったって言ったわよ」
「言ったね。真っ当な手段では無理だったよ。文字を刻む程度の小さな変化を加えるだけでも、とてつもない魔力量を必要としたんだ」
彼がそれを記述したのは三
「あんな前から準備してたって言うの!?」
「
「それで
不用意に起動してはいけない魔法であるが故に、起動に二つのキーワードを設定してある。それ程厳重に管理してきた魔法だったが、さすがに人類最大の災厄「魔王」相手に使用を躊躇う訳にはいかなかった。
「なるほど、解ったわ。でも、
「これが僕も驚いたんだけど、固有形態形成場に
カイの常時起動の身体強化は五倍。普通に
ところが固有形態形成場に刻んだ
「
つまり、五倍の三倍で十五倍、それに三倍を乗算して四十五倍、更に三倍して百三十五倍。それだけの倍率で能力が強化されるらしい。筋力も魔力も実に百三十五倍になると、とんでもない事を言う。
身体強化能力というのは、そのまま筋力が増強される訳では無い。それは物理的強化であって魔法的強化とは違うし、その為には筋肉量そのものの増加も必要だ。
それは
その身体強化能力の特徴故に、見た目の筋肉量や体型が変わらないまま強化が行われるのだった。
「って、カイ!? 百三十五倍なんて耐えられる訳ないじゃない!」
彼が瞬間移動しているように見えたのは、単に百三十五倍の速度で移動していただけの話だった。
しかし、それで身体に掛かる負担は想像を絶する。八倍の強化状態に慣らしてある筋肉でも、百三十五倍の速度と力で振り回されればズタズタになってもそれは当然と言える。その反動がカイの今の状態だ。
「ダメだね。たったあれだけの稼働時間でこの有様だよ。切り札としても使い物にならないや」
今回は強化された魔力までも魔王の固有形態形成場破壊に用いられてほぼ底を突いた状態だけに、
「ちょっとずつ慣らして、せめて最低限の動作が出来るくらいにしなきゃ」
「そうじゃないでしょ? もっと段階を追って何とかすべきじゃないの?」
ボロボロになっている彼を心配したチャムは、もっと身体に負荷が掛からない方法を提案する。
「んー、そっちのほうが近道かな? 起動する刻印数を制御すべきなのかもしれないね」
「出来るならそうしなさいよ」
「はーい」
カイは稼働状態を思い起こす。
自身の固有形態形成場に施した刻印はそのままの状態では浮かび上がらず、文様を描くように表面に現れた。それは彼が起動時に脳裏に描いたイメージに影響されたものだと思われる。
それならば、起動刻印数の制御もそう難しくは無いように感じた。
「
さすがにちょっと責め過ぎたかと感じた彼女は休息を促す。
「うん、ありがとう。ちょっと眠るね」
「ええ」
チャムは
「お疲れ様。格好良かったわよ」
頬を包むように手を当てて、優しい声音でそっと告げた。
「起きている時に言ってあげたほうが良いですよぅ?」
「そんなの恥ずかしいから嫌」
乙女心は複雑難解である。
◇ ◇ ◇
結局その場での夜営と相成って、浴室が準備された。
皆が入浴まで済ませて、疲れを多少は抜いた状態で就寝した。
明けた朝、もう一度黒い神殿内を確認した冒険者達はその場を後にした。
森の中を進む間も皆が上機嫌で軽口が飛び交う。彼らとて、人生の中でこれほど充実した時間はあまり無かったように感じる。そんな四人を眺めているのは、小動物や小鳥くらいであった。
封印石柱を越えた辺りからカイがキョロキョロとし始める。
「何か忘れものですかぁ?」
「ちょっと探し物。丁度良いくらいの岩がないかな、と思って。普通は動かせそうに無さそうなくらいのが良いんだけど」
「じゃあ、ちょっと手分けして探しましょうか?」
その辺りをうろついて、フィノが結構な大岩が露出しているのを見つけてきた。
「持ち上げるのは無理ですよぅ。何かの材料ですかぁ」
「いや、いい感じだよ」
苔むした大岩はそこに何十
左のマルチガントレットを装備して、
「これは魔獣除けですぅ」
最近は見慣れてきた魔法陣の形は、他の三人もすぐに気付いた。
「この辺を魔人が徘徊しなくなると、魔獣が入って来ちゃうからね。そうするとタイクラム家の人達の狩場が無くなってしまう」
「おっ! そう言われりゃそうか。魔王倒したからって喜んでばかりじゃいられねえんだな?」
「損しちゃう人も居るって事ね」
「だから対策」
結構な時間を要して魔獣除け魔法陣を刻印し終えると、更にひと回り大きな円周に強化刻印を施し、魔力を流して起動する。その上に切り取った岩を元通りに戻し、軽く融着して風化を防いだ。魔法陣は周囲の空間魔力を吸いながら起動し続けるだろう。
これであの一家の狩場は守られる筈だ。
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