形態形成場
結局、カイはトゥリオに背負われて黒い神殿を出る事になった。先刻まで激闘を演じていた場所に長居をするのなど皆が御免蒙る。
お荷物と化しているカイを背負う為に下ろした大剣はフィノが抱えて続き、その横を歩くチャムが突然哄笑を上げた。それにビクリとする二人だったが、上機嫌だった事も助けてこの奇行を不安に感じない。
「ビックリしちゃいますよぅ、チャムさん」
「だって……、だって傑作じゃない。この人、本当に魔王を倒しちゃったのよ」
目の端に溜まった涙を拭いつつ、チャムはまだ残る笑いの衝動に耐えていた。
「それも宣言したように私を守っての事だけでなく、誰一人失わずに傷も付けずによ。勇者でもないこの人が! 有り得ないわ、どんな喜劇なのよ、これは? 私は無理だって言って止めようとしたのに、この身体を盾にしてまで制しようとしたのにそれを振り切って、完膚なきまでに魔王を滅してしまうじゃない? 何なの、この人?」
「こいつが常識の通じない規格外だってのは解り切っていたじゃねえか?」
「でも、魔王まで倒すと思う? そんな事、神様だって予想出来ないし」
「チャムさんの言う通りですぅ。まだ信じられないですもん」
自分達が成し遂げた事を思うと、未だに背筋を何かが上がってくるフィノ。
「私が間違っていたわ、ごめんなさい。酷い事言ったの許してくれる?」
「僕が切り札を隠していた所為だから気にしなくていいよ。君の憂いを取り除ければ、他に何も望まないから」
出入り口のアーチをくぐった所で真剣な顔で謝ってきたチャムに、カイは何でもない事のように首を振った。
少し拓けた場所に敷き布をして、カイを横たえて休ませる。チャムは当然のようにそこに膝を突くと、彼の頭をその上に降ろす。
「ずいぶんサービス良いじゃねえか?」
「頑張ったし……」
そこで膝の上の顔を見下ろす。
「これから質問責めにするのに丁度良いじゃない?」
「あ……」
頭はしっかりとホールドされている。
汗が止まらなくなるカイ。安直に休ませてはくれないようだ。
◇ ◇ ◇
「あの形態形成場っていうのは最初から視えていたんですかぁ?」
口火を切ったのはフィノ。彼女は好奇心に目を輝かせている。
「気付いたのは
カイは最初、何が視えているのか理解出来なかった。意識すると何か膜のようなものが物体の表面を覆っているように視えるのだ。そう、人体などの
次に入ったのは検証だ。当然触れても何も起こらない。魔力を注ごうとしても効果無し。変形するように強くイメージしても変化は無い。その膜の意味を理解しかねた。
その意味を知ったのは偶然の産物だった。考えあぐねてうわの空だったカイは、手を滑らせて眺めていたグラスを取り落としてしまったのだ。
無論、床に落ちたグラスは割れてしまう。ところが、床に落ちて粉々になったグラスの破片とは別に、例の膜がグラスの形を成したまま床に転がっているのに気付いたのである。
その意味に迷った彼は、グラスの元の形を強くイメージして膜に魔力を注ぎ込む。すると、飛び散った破片が磁力でも帯びているかのように引き寄せられ、元の形に復元されていく。
復元されたグラスを手に持って矯めつ眇めつした彼は、それが物体の形を司る力場のようなものだと理解した。様々な試みを繰り返した結果、物体は破壊されてもその力場は
観察の結果、生物に至っては、その力場は
それはおそらく生物は情報量が多いのと、生命活動によって力場にエネルギー供給が有る所為では無いかと推察する。
ただし、復元を行っても既に失われた質量を生み出す事はさすがに出来ない。生物であれば別の部分から必要分の物質が移動してきたし、物体であれば構成物質が足りない分はひと回り小さくなったり薄くなったりする。その辺は自在に辻褄合わせが為されるようだった。
その後も検証を続けて、便宜的に「形成力場」と呼ぶそれを利用した幾つかの魔法を開発する。
最も理解し易かった物体復元。消費魔力量を抑えて効率化した構成にした魔法「
彼が得意とする変形魔法を行った後に、形成力場もそれに合わせて変化させる「固定化」。
魔法にも形成力場が存在する事に気付いて、光魔法ながら形状固定をする為に利用した「
そして魔法の形成力場を破壊する事で魔力に還元させる「
これらが彼固有の魔法となったのだ。
それから日本に戻って、『形態形成場』に辿り着いたカイは感銘を受けたものだ。
現代では面白半分でしか取り扱われないトンデモ理論とされている形態形成場ではあるが、その考察に至った人物が居たという事に感動を覚えた。
彼は異世界でそれをはっきりと認識出来、利用している事をシェルドレイク氏に伝えたいくらいだった。
「そんな便利なものをずっと使っていた訳ね」
確かにカイは折に触れて先に挙げた固有魔法を多用してきた。それは単にチャムの知らない魔法理論の産物だと思っていたが、どうやら違ったらしい。根本的な自然理論から生み出された魔法なのだった。
「ズルいですぅ」
「そう言ったってさ、僕以外にその形態形成場を認識出来る人物に出会った事がないんだよ。認識出来ない人にどういうものか説明して深く理解してもらって利用しろって言ったってさ、冗談だと思われるか馬鹿にされるかで、どちらにせよ洟も引っ掛けられないに決まっているよ。それは僕的にいくらなんでも辛いし」
「ですよねぇ。こうやって懇切丁寧に説明してもらっても、別の利用法を全然思いつきませんもん」
イメージ力が最重要ポイントとも言える魔法に於いて、認識出来ないものを強くイメージして構成を編むというのは至難の業と言っていいだろう。不可能と言っても過言ではない。記述化され刻印となったものならば理解は不要なので魔力を流すだけで発現するが、他者が使用するならそれが限界だ。
「でも、個人が持っているそれ、固有形態形成場って云うの? それを破壊すれば相手がどんな存在だって肉体も破壊出来る訳でしょう? あなた、そんな魔法使っていないじゃない。さすがに気が咎めて考えなかったの?」
確かに人道的には躊躇いを感じさせる魔法になるだろう。しかし、カイのようなタイプとしてはそれを検証しないとは思えないチャムは疑問を呈する。
「うん、それはね、出来なかったんだ」
「出来なかった訳が無いでしょう? 実際に魔王の固有形態形成場を吹き飛ばしたって言ったじゃない」
「違うんだ。生物だったり、生命活動をする物体はエネルギー量の問題からか、固有形態形成場が非常に強固なんだよ。それを破壊するくらい強烈な魔力波を放とうと思っても普通は無理。だから魔王の固有形態形成場を破壊するためには無尽蔵に近い魔力量が必要になったんだ」
戦闘中、チャムが魔王の身体を抉ったところをカイはじっと観察していた。そしてそこに浮き出た魔王の固有形態形成場が生物としても極めて強固なものだと見て取ったと言う。
「で、それを破壊するのにあの『
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