斬り結ぶ友誼

 近接戦闘でも強さを発揮するエルフィンだが、強力な魔法や正確無比な弓射が本領と言えよう。

 遠隔攻撃で乱しつつ道を切り開かれれば阻止は難行となる。しかもその先頭には比類ない遠隔攻撃の名手が控えているとなれば、万の軍が阻めなくとも仕方がないだろう。


「カイ、来たわ! ここからどうするの?」

 黒髪の青年は親指で或る方向を示す。

「ディムザが来てる。二人を連れて離脱して。決着を付ける」

「……そう。分かった」

 チャムは彼が全力で戦うのだと理解する。それならばトゥリオとフィノもどんな余波を浴びてしまうか分からない。

「トゥリオ、騎乗なさい。退避するわ」

「待ってくれ!」

 プレスガンと弓射で開かれた空間で大男は決意の面持ちを見せていた。

「頼む、カイ」

「…………」

 彼は黙って頷いた。

「パープルとブラックはトゥリオの援護。フィノはチャムと離脱。いいね?」

「恩に着るぜ」

「そんなぁ……」

 獣人魔法士は心残りを見せる。しかし、この局面では足手纏いだとも自覚している。魔力もプレスガンの弾も有限だ。

「思いっきり無茶しなさい。そして必ず帰るのよ」

「任せとけ」

 トゥリオは大盾を高く振り上げ、余力があると示している。

「フィノ」

 チャムは彼女の腕を取ると並走させる。エルフィン隊は二人を守るように展開すると移動を始めた。


 彼らの騎士に敬礼を送りつつ。


   ◇      ◇      ◇


 近衛騎士が先触れに走り、道を開けさせつつ新皇帝がやってくる。


「二人だけか? なぜ退かなかった?」

 当然の疑問だろう。それ以外の選択肢は無いような状況だった。

「貴殿がやってくると分かっていたからですよ」

「つまり君は分かっていてここに来たと言うんだな?」

「だろうぜ。お前はこいつ一人片付ければこの戦争は終わると思ってるはずだ」

 赤毛の美丈夫は堂々と言い放つ。

「で、何が出来る? この八万の軍勢を君達二人で撃破するとでも?」

「ああ、言ったはずだ。本気にさせんな、と。お前は俺の忠告を守れなかった。これがその結果だ」

「ふざけるなよ? この期に及んで大口を叩くな」

 ディムザは自分が出向いた事で勝負が付いたと思っている。引っ張り出されたのが分かっていない。

「こうでもしないと貴殿は出てきてくれないでしょう? 僕だって死人は増やしたくないんですよ」

「ならばやって見せろ」

「まだ分かんねえのか? お前はこいつを仕留める舞台を作ったつもりなんだろうが、そこに上がった時点で負けなんだ。だがよ、それでも俺に気遣ってくれた」

 トゥリオは大盾を格納して、大剣を両手で構える。


「来い! ディムザぁー!」

「お前か! トゥリオぉー!」


 彼は邪魔するならば斬るとばかりに長大な魔法剣を取り出した。


   ◇      ◇      ◇


 皇帝が望む一騎打ちを守るように近衛騎士がカイへと向かう。逆にパープルとブラックが余計な手出しをさせないよう帝国兵を牽制している。


 炎熱を纏う大剣が弧を描いて迫るが、トゥリオは意識操作で大剣に冷気を生み出し相殺する。魔法同士が拮抗する軋むような音を立てて刃が噛み合い、派手に火花を散らせる。上背でも体重でも遥かに劣るはずのディムザの剣が重い。さすがに刃主ブレードマスターの二つ名は伊達ではない。


 一合で魔法剣は意味を為さないと悟ったのか、その後は発動させない。ここからは純粋に剣技での戦いになりそうだ。

 正直、重強化ブースター起動状態のカイとでも五分に組み合う相手にトゥリオが敵う筈がない。なのにそんな事はどうでも良かった。例えここで倒れるのだとしても、何もせずに拳士任せでこの戦いを終わらせるのは我慢ならなかったのだ。

 馬鹿だと言われようが、そうするのが正しいと心が求めている。それに従うのが自分の生き様だと思う。


 数合打ち合うがディムザは力負けしない。ともすれば逆に押し込まれそうにもなる。握る柄にもっと力を込めたいと欲するが、その心の声には耳を貸さない。そんなものでは打ち勝てはしないと経験から知っている。彼はずっと格上相手と組み続けてきたのだ。

 身体の重心、剣の重心を常に感じ、乗せるように流すように操る。滑らかな剣閃は隙を生まない。相手の強烈な斬撃も動きの中に組み込んで受け流し、更に乗せるように斬撃に変化させる。

 カイが見せてくれた高等技術は彼の中でも活きていた。


「俺が裏切ったと思ってるか?」

 大男の見せる剣技に変化を感じたのか間合いを取り直すディムザに訊く。

「期待なんかしてない。どうせ最初から敵は敵。いつかはこうなるんじゃないかと思ってたさ」

「だったら何で手を出さなかった? 俺はお前に期待してた。違う何かを持ってるんじゃねえかって期待してた」

「それは悪かったな。俺が一番で、他の奴は俺の役に立つかどうかの価値しか見出せない。お前は役に立ちそうだったが、そういう意味じゃ期待外れだ」

 突き放すような物言いをする。だからこそ偽りの匂いをさせる。

「嘘を吐くな。それなら俺じゃなくたって良かったはずだぜ? チャムなら理詰めで話が通じる。頭が良い奴にとっちゃ、そんな相手のほうがやり易いはずだ」

「チャムはあの目が怖ろしい。老練の戦士を前にしているみたいだろ? フィノは俺なんか怖がって絶対に近寄らない。ましてやカイなんて底知れないにもほどがある」

「俺の中に何を見た? 兄か? 友か? それとも道具か?」

 切っ先とともに問いを向ける。

「使えない道具だったって言っている!」

「馬鹿野郎が!」

 絡み合う剣身が弾けた。


 打ち合う大剣同士が鳴らす戦いの鐘が戦場に響く。

 大地を掠めるように斜め下から迫る斬撃に担いだ剣を振り落として合わせる。ディムザは反動を引きに変えて突きを放つ。喉を狙う刺突に上体を曲げて躱そうとするが、剣身は途中から縦から横に向きを変えた。

 トゥリオの頬を浅く削りながら通り過ぎる突きをそのままに、前屈して大剣を腰に溜める。がら空きの胴へ斬撃を送り込むと、激しい金属音がしてディムザの身体が吹き飛ぶ。しかし、斬撃そのものは彼が左手に取り出した逆手の小剣に妨げられていた。

 大振りに泳いだ身体へ、小剣を格納したディムザは両手で大上段から斬り落としを掛けてくる。受けきるには大剣を引き戻すのが間に合わない。しかし、トゥリオは柄を突き上げるように剣身を流す。

 そこで衝突する二人の大剣。トゥリオの体勢ではディムザの全力を受けられない。ところが彼は刃に沿わせて相手の剣筋をずらしつつ半身に踏み込んだ。右手を放すと剣が自重で垂れるに任せる。ディムザの剣は大地を噛み、トゥリオは左手だけで振り出す。途中から右手も添えたが斬り込みは弱く、跳び離れようとするディムザの二の腕を浅く薙ぐに留まった。

 チャムが見せてくれた抜きも彼は活かせられる。


「人を道具扱いするような奴が王になれるか!」

 驚くほど進化したトゥリオの剣技にディムザが瞠目している間に叫ぶ。

「誰も彼も馬鹿じゃねえ! お前がそんな風に思っているうちは付いてくるもんか! だから俺の心一つだって引き寄せられなかった!」

「……!」

 びくんと跳ねた身体が止まり、内心の逡巡を露わにする。

「お前、嘘を吐いたな! 本当は俺に選んで欲しかったんだろ!? 俺がいればもっと大きな事が出来ると思ったんだろ!? 答えろー!」

「解れよ! そんな友達ごっこで政治が成るとでも思ってんのか! お前や国民の顔色を窺いながら何が決断出来る!」

「全部汲めとは言わねえよ! ちゃんと向き合えって言ってんだ! たった一人で何が出来る!」


 二人は刃と理念と思いで斬り結んでいた。

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