忠心と友情

 数で突き崩そうとする近衛騎士達のハルバードをいなしつつ、カイはトゥリオの様子を窺っている。五分に打ち合っているが、それを不思議とは思わない。これまで培ってきた剣技と、何より心の入った時の彼の強さには目を瞠るものがある。


「我が君の覇道の邪魔をしないでいただきたい」

 鋭さでは数段上の突きが織り交ぜられていたが、貫手で跳ね上げた。

「ここで消えていただこう。我らが未来の為に」

「我が君? あなたは神至会ジギア・ラナンとは切れているという意味ですか?」

 跳ね上げられる切っ先に爪を合わせて逸らしつつ訊く。

「貴様には関係ない」

「関係あります。それならば討伐対象ではなくなるのですよ。ですが新皇帝を討つのを阻むなら戦うしかありません」

「勝手な理屈を」

 にやりと笑って応じる。

「お互い様です」


 何か理由があるのだろう。あまりの横暴に従うのを厭うたのか? ディムザからの誘いを受けたか?

 本来、神至会ジギア・ラナンの配下である彼らが新皇帝に付き従うには切っ掛けが無いと妙な話だ。逆に言えば実行部隊という名目はあれど、捨て駒としても盾としても使われようが平気な彼らの動機が分からない。

 それが信仰というものだろうか? それとも本当に従っていれば神の頂へと到達出来ると考えているのだろうか?

 やはり彼らには闇に生きる強者としての矜持があると思える。そこをディムザがくすぐったのだとしたら侮れない。精神的支柱のある敵は強い。


 藍色の鉢金の間諜が複数でカイを取り囲み、騎士の攻撃の隙間を縫うように斬撃を挟んでくる。その中でも先ほど彼と会話を交わしたあいは特に鋭く重い一撃を入れてくる。


(この感触、普通の身体強化では語れない。まさかディムザと同じ被験者かな?)

 そんな閃きが頭を走る。


「あなたも強化刻印の保持者ですか?」

 マルチガントレットの筐体で火花を上げる小剣を肘で跳ね上げて尋ねる。

「何だ、その目は。憐れむな。我が君も私も勝ち残った者だ。望みを抱く権利がある!」

「それで救われるのですか? またあなた方と同じ苦難を背負う者が出てきても利用するのですか? ディムザは抗っていますよ?」

「だからお手伝いするのだ! 我らが認められる国のために!」


(歪みを是とするなら救われないというのに)


 権力ちからあるものに対抗するなら権力ちからなくして有り得ないと考えているのだ。そこを覆す気概がなければ本当の満足など得られない。

 権力ちからの中心で抗おうと足掻く男と、自分を変えようと改革の志を認めてくれた友が戦う横で、彼の謳う未来はあまりに矮小に感じてしまう。


(これが世界の現実さ。負けては駄目だよ、トゥリオ)

 カイは拳に思いを乗せる。その信念はあいの男の望みなどでは砕けない。


 騎馬から突き込まれたランスの先を掴んで引き倒す。騎士の身体で投擲武器を受け、同時に胴に膝を入れて昏倒させる。投げ捨てて前に出ようとするところに再び投擲武器が襲ってくる。更に踏み込んで指で挟み取り、小剣の軌道上に投げ入れて弾くと至近から顎を打ち上げて黙らせた。

 先のあいはその力を失った身体を死角にして、小剣を差し込んでくる。左腕で巻き込みつつ、身体を回転させて右の回し蹴りで後頭部を狙う。あいは自身も回転して左腕で受けたが、骨が砕ける感触が伝わってきた。


 なおも右腕一本で斬り掛かってくるあいの懐に飛び込むと瞬時に膝を突いて前屈する。カイの上体が有った空間を、後ろから迫っていた騎士の槍が通り過ぎ、間諜の胸の中心を貫いた。


「がふっ……。むね、ん……。我が君……、未来をお掴みく……」


 青年は立ち上がり様に、おののいている背後の騎士の額を光条レーザーで撃ち抜く。落馬するとともに、あいの身体も倒れ伏した。


(足りないよ。誰かに引き上げてもらおうなんて思っているうちは僕には届かない)

 そんな思いを一瞥に託す。


 銀爪が戦場に複雑な輝線を描いて舞う。


   ◇      ◇      ◇


「玉座に何人も座れるものか!」

 射貫くような紫の視線と同時に息する間もないほどの連続突きが襲い掛かる。

「どうあれ孤独なのは王家に近いお前なら十二分に分かっているだろうが!」

「一人で座っていられると思う時点で傲慢なんだっつってんだ! あの椅子はな、皆が支え抱え上げているから高い場所に有っても倒れねえ! そうじゃなきゃちょっと風が吹いただけで倒れるような代物なんだよ!」


 斬り結べば何とか剣技でも五分に持ち込めるトゥリオだが、速度ではどうしてもディムザに劣ってしまう。こういう時は大きな身体が呪わしい。

 目にも留まらぬ突きは全ては躱し切れない。危険なものだけは弾いて体捌きで躱せるものは躱そうとするが、金属防具の無い部分には切り傷が増えていき血が滲んでくる。


(マズいな。もらい過ぎだ。出血で動けなくなる)


 身体を引きつつ強引に突きを跳ね上げると間合いを取る。右腕の腕甲アームガード、拳甲の部分に触れて魔力を流す。魔法陣が浮かび上がり、またたく間に傷だけは回復した。そこには復元リペアが仕込んであるのだ。


「便利なものだな」

 小馬鹿にしたような口調。

「羨ましいか? あいつに喧嘩売るような真似をしなきゃ手に入ったかもしれねえぜ?」

「あの婆どもの真似事など出来るか!」

「まだ間に合うかもしれん。考え直せ」

 お互いが隙を窺いつつ切っ先を揺らす。

 ディムザも鎧の胸に左手を当てると魔法文字が浮かび上がる。傷が綺麗に癒される訳ではないが血は止まった。高価な治癒キュア刻印が仕込まれているらしい。

「どうしろって言う。神至会ジギア・ラナンの首を全部刎ねて並べて、カイに膝を折れとでも言うのか? 皇帝の権威は地に堕ちて泥に塗れる。そんな事は絶対に出来ない」

「そんなら……」

 トゥリオは歯を食いしばって睨む。


(たぶん俺がお前にしてやれるのはこれだけだ。最期の瞬間にしか分かりはしねえだろうがよ)

 苦い思いを飲み下して口を開く。


「俺に斬られとけ、ディムザ-! ならばお前は戦士として死ねるぞ!」

 彼は吠えると、大剣を大上段に構える。

「訳の分からない事を抜かすな! 出来るものならやってみろ、トゥリオ! 俺はお前もカイも倒して帝国を立て直すんだ!」

「うおおおぉ ── !」

「らあああぁ ── !」


 ディムザが防御以外には大剣しか使わないのはトゥリオを嘗めているのではない。誇りある勝利を求めての事だろう。それでこそ強者として帝国の至高の座に在れるという信念に基づいているのだと思う。それは剣にも表れていて、真っ向から剣技のぶつけ合いへと発展していく。

 本当に刃主ブレードマスターの所以たる能力を用いれば彼を圧倒するのも不可能ではないはず。なのにこうして斬り結んでいるのは、矜持の他にも僅かでも友情が混じっていて欲しいとトゥリオは願った。


 怪我は都度癒しているが、二人とも血だらけだった。

 腰溜めの剣を踏み込んでぶつけ合う。勢いあまって額もぶつけ合った。

 互いに弾けた頭を振って睨み合う。トゥリオが左の拳で頬を殴り付ける。ディムザも同じく斜め下から彼の顎を打ち抜いた。

 頭を揺らしてトゥリオがよろめくと、上段からの斬撃が胸装ブレストアーマーを割って深く入る。走る痛みを無視して両足を踏ん張り、もう一撃放とうとしているディムザの脇を斬り裂きながらうつ伏せに倒れ込む。


(駄目だ、血が足りねえ。足に力が入らねえ)


 追撃はない。ディムザも両膝をついて項垂れている。しかし、彼は立ち上がった。もうトゥリオを見ない。


(負けちまった。いけねえ、倒れてたらやられちまう。立たねえと)

 右手の甲に指を伸ばし、なけなしの魔力を注ぐ。


 トゥリオを衝き動かしているのは、脳裏に浮かぶ獣人娘の笑顔だった。

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