野望の果て

「お見事でございました」

 それほど疲れた様子も見せずに戻ってきたカイにクエンタは労いの言葉を送る。

「恐かったでしょう? まさか蛮王があんな怪物を用意しているとは思わなかったので、貴女を退避させていなかったのを今は後悔しています」

「お気になさらず。魔闘拳士様がいらっしゃれば、わたくしが不安を覚える事などございませんわ」


 ガラハはその大型魔獣を単独で下してしまったカイに(どっちが怪物なんだよ?)という思いが有ったのだが、そのまま話が流れていきそうだったので突っ込まないでおいた。

 その呆れた顔を見咎められたのか、トゥリオが肩をポンポンと叩いて(解るぜ、その気持ち)とウインクして親指を立ててくる。それを見て帝国出身のパーティーリーダーは、この連中はいつもこんな荒業に付き合っているのだと理解した。その苦労を僅かながら垣間見た気分になる。


 どこへともなく逃げ散ってしまったラダルフィーの冒険者達はどうにもならないが、その場に残っていた者はラガッシの手によって全員が捕縛された。

 蛮王ハイハダルも捕えられ一応の治療は受けたが、杖を突いて日常生活を送るのが精一杯で、彼は二度と冒険者としての活躍など望めない状態だった。


 後の処理をシャリアに託したカイ達は手早く出立の準備を整えている。

「もう行かれてしまうのですか?」

「ラダルフィーの領土問題のごたごたに巻き込まれない内にさっさと北に抜けてしまいたいので、すみませんが急がせていただきます」

「ごめんなさいね。面倒事を全部押し付けるみたいになって」

「いえ、これから北方三国との国境線交渉や、冒険者ギルドとの戦犯冒険者の処分交渉など雑多な処理がございますので、速やかに発たれるのが賢明かと思われます。どうぞ心置きなく」

「助かるわ」

 彼らが残れば、事情に通じている者として各所から聴取を求められるだろう。シャリアは、その辺がよく解っているので快く送り出してくれる。

「すみませんですぅ。ゆっくりお別れも出来なくて」

「いいのよ、フィノ。またお越しになって」

「はいですぅ」

 挨拶しつつ、そっとお菓子の包みを受け取るフィノ。すっかり餌付けされている。


「お前ら、どうする?」

 ガラハ達にトゥリオが声を掛ける。

「ああ、ラダルフィー国内はごたごたしそうだから、メルクトゥーで稼がせてもらうか。依頼があればな」

「魔闘拳士様と懇意にされている冒険者方であれば大歓迎です。幸い、王国は未曾有の採掘事業熱が高まっておりまして、現場の魔獣対策に就かれる冒険者の方々の手配に困っている有様です。お越しくだされるのであれば優遇させていただきますけど?」

「女王陛下がそこまで仰せになられるなら、我らに断る事など出来はしませんとも」

 なかなかに実入りの良さそうな依頼にあり付けそうな話に、ウィレンジーネとオルディーナはハイタッチしている。ただ一人、不満げにしている少女が居る。

「カイ、行っちゃうの?」

「ごめんね、僕は北に向かいます。貴方達はもう十分に強いし絆も深まったでしょうから、何も不安に思う事などありませんよ。仲良くしてくれてありがとうございました」

「わたしはもっと仲良くしたかった」

「縁が有ればまた会う事も有るでしょう。また、そのまで」

「うん」

 頭を撫でられたチッタムは少し涙ぐみつつも気丈に答える。カイに強い憧れは有っても、家族のような仲間を捨てる事など出来ない。


 ガラハ達とがっしりと握手を交わし合ったカイ達はセネル鳥せねるちょうの背に跨り、クエンタ達に会釈を送る。

「ご健勝をお祈り申し上げます」

 女王の言葉を受けて踵を返した。チャムは彼女に目配せを送り、クエンタの深々とした礼を受けブルーに進むよう告げた。


 四騎の姿はみるみる小さくなっていったが、ガラハ達はずっとずっと手を振って見送っていた。


   ◇      ◇      ◇


 夕刻になって、遅ればせながら北方三国連合軍が姿を現した。各軍司令官は、メルクトゥー国境に女王クエンタその人の姿を認めると全軍を停止させ、越境の許可を求める使者を送り込んでくる。許可を得た連合軍はそれぞれが司令官を前に立てて交渉団を形成し、クエンタの前に跪く。


「どうぞご自由になされてください」

 鷹揚に微笑む女王の言葉に、各国司令官は立ち上がって疑問を口にする。

「ラダルフィーの軍勢を討ち破り、あの巨大な猿魔獣を討伐したのは陛下の軍であらせられますか?」

「いえ、全ては協力的な冒険者の方と魔闘拳士様が成し遂げられました」

「ま、魔闘拳士!? の英雄がこの中隔地方に!?」

 イーサル軍司令官は仰天したようだ。

「はい、あの方は我がメルクトゥーだけでなく、この地方の頭痛の種も取り除いて下さいました」

「ほう、それは感謝せねばなりませんな」

 ウルガン軍司令官は幾度も頷く。


「して、戦犯の冒険者は引き渡しお願いできますでしょうか?」

 カイに煮え湯を飲まされているアトラシア教会と繋がりの深いメナスフット軍司令官は、魔闘拳士にはあまり言及したくは無いようだ。

「ええ、喜んでお引き渡しいたします。ですが国境に関してはあまりお譲り出来ませんことよ」

 暗に、欲しがるなら蛮王以下の身柄はくれてやるから、領土は寄越せと告げる。この辺りは事前にシャリアに入れ知恵されていた。各司令官は苦い顔を見合わせるしか出来ない。


 領土交渉に関しては、またを改めてとの申し合わせが済み、ウルガン軍司令官が口を開く。


「陛下は魔闘拳士と懇意にされていらしたので?」

「ええ、親しくさせていただきました。あの方は風のようにメルクトゥーに現れて、存亡の危機に陥っていた我が国を救ってくださいました。いくらお礼を申し上げても足りません」


 ウルガンにもメルクトゥーの現状は伝わっていた。ところが、今のメルクトゥー軍は人員装備共に非常に良く整えられていて、とても経済に困窮しているとは思えない。


「なるほど。ではかの御仁は噂に違わぬ稀代の英雄だと仰せになられるのですね?」

「はい。戦略戦術に秀で、無類の強さをお持ちになられながらも、品性高く物腰柔らかで礼を忘れず心優しきお方です。弱き者に気遣いを欠かず、武威を誇らず決して驕らず、欲得に走らず民の幸福を説き、正義の為にその身を捧げておられました」

「仰せの通りにございます」

 これには少々各司令官も驚かされる。実質、メルクトゥーを取り仕切っていると言われる現実派の女宰相が全肯定したからだ。

「わたくし、若き乙女のように恋をしてしまいましたわ」


   ◇      ◇      ◇


「カイさん、カイさん」

「何かな?」

「あれってアルカリ金属ですよねぇ?」

「おや、バレちゃったか」


 カイは自分が風魔法で射出した球体が純カリウムで出来たものだと説明した。

 リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属は極めて激しい酸化反応をする事で知られているだろう。それらの純金属は、水と急激に反応しその産物として水素を発生させ、酸化熱で爆発現象を起こす。


 彼は純カリウムを巨猿ギガントエイプの体内に打ち込み、水分と反応させて爆発させたのである。あの時の起動音声トリガーアクションは魔法と思わせる事で、その正体を誤魔化すための方便だと言う。


「また、あなたはそんなペテンを」

 チャムに溜息を吐かれて、頬を掻くカイ。


 北を目指す彼らにも話題と笑顔は絶えない。


   ◇      ◇      ◇


 三後、冒険者ギルドは裁定を下した。


 ラダルフィー体制幹部に位置していた者の冒険者徽章は失効処分。その他のラダルフィーに滞在登録していた冒険者の内、特に違反行為の見られなかった者を除き、社会貢献義務違反に触れたとしてランクの三級降格が決められる。

 ハイハダルは北方三国合同法廷での判決により永年禁固の刑に処せられた。


 一後、中隔地方の各所では、ぎこちない笑顔を浮かべながら、どんな依頼も懸命に達成しようとする銀髪の冒険者の姿が見られたと言う。


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