剣を持つ意味
紅角牛
「牛肉だ ── !」
「牛肉言うな!」
カイが吠えてトゥリオが突っ込む。
彼らの視線の先には赤い林が広がっている。それは
本来、護身用として発達したのだろうが、問題はその性質に有った。群れを形成する紅角牛は強い縄張り意識を持っており、うっかり通り掛かった行商人などがその角にかけられる事故が少なくない件数起きてしまう。その為に
それらの理由から紅角牛は冒険者ギルドの討伐推奨魔獣に指定されており、駆除対象にされている。その赤い角は、彫刻されて装飾品にも用いられる為重宝されるのだが、いかんせん最低でも数百頭単位の群れを形成する紅角牛を狩るのは極めて危険な賭けになる。半端な技量や装備で挑めば、圧し包まれて穴だらけにされて無残な死を迎える羽目になりかねない。故に紅角牛は狩り尽くされる事無く繁栄を謳歌しているのである。
その角の林がカイ達の目の前に見渡す限り広がっていた。
「まだ生きてますぅ。
そうは言いながらも、フィノも口の端から涎を零さんばかりにしているので、説得力など皆無だ。
千頭は居そうな群れを前にして口にする台詞ではないだろう。
「そうよ。まだ早いわ。後でいただきましょう」
「いただく気満々じゃねえか!」
なぜか忙しいトゥリオである。
群れている魔獣を倒すだけなら魔法が最適である。だが焼いたり大穴を開けたりすれば後々捌くのが大変なので、基本的に刀剣で急所を一撃で倒したい。あくまで食べるを基本とするカイ達。
チャムが鞘を鳴らせ、カイも黒鈍色の薙刀を取り出す。この薙刀は
突っ込んで囲まれるのは悪手、挑発して少数ずつ引っ張り出して倒していくのが好手だろう。中心にトゥリオを置いて両翼にチャムとカイが陣取る。その後ろにフィノと、予備戦力として大型に戻ったリド。比較的常道と言えるフォーメーションでじりじりと前に出る。
この場合、最も危険に晒されるのはトゥリオだが、フィノにおだてられ男は度胸とばかりに一番前に出ている。しかし、千頭分二千本の鋭い角を前にすれば正直冷や汗をかいている事だろう。
(マジ、洒落になんねえ)
「ちるちー。ちるちー」
それでも背後から大きなリドに尻をグイグイと押されれば前に出るしかない。
ずいぶん前から彼らの存在に気付いている紅角牛達は、雄牛を前面に出して「ぶるるるる」と鼻息高く威嚇してきている。中には体長
息詰まる、間合いという攻防が決壊する瞬間がやって来る。飛び出してきたのは若い雄牛と思われる個体。大盾に突進して嫌な音を立てる。刹那、低く走り込んだカイが刃を上にした薙刀を差し出し、瞬時に跳ね上げる。首筋から凄まじい血飛沫を上げるも、まだ大盾をガリガリと削っていたが力尽きて倒れた。
その血に興奮したように数頭が飛び出しトゥリオに殺到しようとするが、優美な曲線を描く長剣が走り血飛沫が重なる。両翼からの攻撃で十数頭が倒れると、警戒して動きが止まった。
「フィノ!」
「
ロッドから一筋の炎が迸り、紅炎の鞭が形成された。一時的に前に出たフィノが赤い角の列を追い散らす。それによって開いた距離にカイとチャムが身体を滑り込ませ、息絶えた紅角牛を『倉庫』に格納していった。
「牛肉回収完了!」
「いやだから牛肉言うな!」
チャムにまで突っ込まなくてはならないトゥリオは、
◇ ◇ ◇
「ほどほどでいいからな」
分厚く切った紅角牛の肉が金網の上でじゅうじゅうと良い音を立て、かぐわしい煙を棚引かせる。
「はいはーい」
「風情が無いわねぇ。塩振って焼けばいいと思っているんだから」
トゥリオがフィノに頼んで焼いてもらっている肉を、チャムはそう評す。
「まずはこれでしょ、これ?」
彼女がフォークに刺して差し出しているのは、程よく脂の乗っている部分の薄切り。それを、前に置かれた深鍋でグツグツと煮えている出汁の中をくぐらせる。小皿の、魚醤にパシャの果汁を混ぜたものに軽く浸して口に運んだ。これは以前、カイに教えてもらったしゃぶしゃぶだ。
「くー! 肉の味を本当に味わおうとするなら、こういう調理が向いているの」
「何者だよ、お前」
通振るチャムと肉の味談義を繰り広げる横では、
「キュルキューラル」
彼らは彼らで、肉の真価は生にこそあると主張したいようだ。とは言え、魔獣である紅角牛では牛刺しという訳にはいかない。人間は魔力酔いをしてしまう。この場で中立でいられるのは、どちらもいけるリドだけだろう。まあ、彼女の場合はカイが与えてくれる物なら何でも良い訳だが。
当のカイは麦飯の炊飯のかたわら、調理の真っ最中である。
牛肉は薄切りにして置いておく。チャムがしゃぶしゃぶしている出汁を、「ちょっともらうね」と言って分けてもらって、深鍋に落として煮立てる。それに魚醤と、今回の要となる
「もったいねえな。飲ませてくれよ」
「ダメ。これは調理用。自分でも買ってたんだから、そっちを飲みなよ」
トゥリオは「しょうがねえな」と、フィノに預けてある麦酒を出してもらって飲み始めた。
これはイーサル王国国内に入ってから、立ち寄った都市で購入した物だ。オルク麦で造っただけの純粋な醸造酒。発泡酒や蒸留酒も造られているのだが、カイが料理酒として求めていたのは醸造酒なのである。
麦酒を加えて煮立て、アルコールを飛ばしつつ茶砂糖を少しずつ加えていく。ここは味見をしつつ慎重に調整。この辺りになると、漂い始める香りにチャムとフィノがそわそわとし始めた。
グツグツと煮える
既に両側からチャムとフィノにクイクイと袖を引かれるカイは深皿に麦飯をよそうように言う。彼女達は良い返事をしてテキパキと行動し、彼の分も準備してくれた。
カイは麦飯の上に、
「んな ── ! んまい ── !」
「はふはふ。はうー、とろけますぅー」
「この甘辛さはいけないわー。危険だわー」
「食べ過ぎちゃいそうですぅー」
「ギュウドンって言うんだよ。どっちかって言うと男性が好む料理なんだけどね?」
「ダメよ! 男だけに独り占めさせるなんて許さないわ!」
なぜか怒られた。美味しそうに食べているので構わないが。
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