イーサル王国

 イーサル王国。

 そこは中隔地方北東に位置する小国である。この地方では二番目に新興の国であった。


 ラダルフィー王国の解体が決され、自由都市ラダルフィーの存続だけが認められた今、イーサルは再び中隔地方最新興の国に後戻りしてしまった。

 王都はスリッツ。元はメナスフット、ウルガン両国にとって、東方交易の要所であった自由都市スリッツを祖とする。そこを治めていたウルガンの出奔貴族がスリッツの発展に大きく寄与し、周辺都市や町村の帰服を経て、広く領土を持つに至って建国を宣言し、王家が設けられた経緯を持つ。故にウルガンとの交流が深く、友好国として現在も多くの人的物的結び付きを持っている。


 その出奔貴族が宗教色の強いメナスフット王国を嫌った為に飛び地となってしまったというのは、公式の記録には残ってはいないものの、嘘か真か知れない笑い話として当地には残っている。今はメナスフットとも良好な関係を築いている為、笑い話以上のものでは無いが。


 新興の国だけあって門戸は広く、人も文化も多くを許容し、雑多な雰囲気を持つ国だ。特に東方文化は強く入ってきており、中隔地方では珍しく獣人が多数闊歩する国である。

 王家の人間も革新的な考えを持ったものが多く、常に新しい試みを欠かさない国でもある。その中でも有名なのが冒険者学校の存在。冒険者の育成を旨としたその学校は、他国では聞かれない存在感を放ってイーサル王国を有名にしているのであった。


   ◇      ◇      ◇


 カイ達は今、スリッツの高級旅宿りょしゅく「霧の小人亭」で起居している。昨陽きのうの夕刻、彼らが現れて宿泊を請い、二巡12日間分の宿泊料を気前良く前払いしたのを気を良くした主人が、『霧の小人』のおとぎ話を基に先代がこの旅宿を立ち上げた経緯を饒舌に語ってくれた。


 おとぎ話『霧の小人』は、貧しい職人の一家が懸命に働くも納品に困って寄り添い涙を流していた夜、立ち込めた霧の中、気を失うように眠っている間にどこからともなく小人が現れ、作りかけの工芸品を皆仕上げてくれると云う話である。努力していればいつか報われるという含蓄のある話だ。

 今の主人の先代が小さな宿屋の経営から切磋琢磨をし、高級旅宿にまで押し上げた功績を称え、今の旅宿を「霧の小人亭」としたのだと言う。当の先代は、今は風光明媚な田舎町に居を移して隠居暮らしをしている事まで語ってくれた。


 主人ムバナンが自慢する通り、霧の小人亭は立派な旅宿であった。

 共用ではあるが男女に分かれた広い浴場を備えている。部屋には装飾の施された寝台ベッドやクローゼット、化粧室、つまり便所までしつらえられている。ふんだんに魔法具を使用されたそれらは大国主要都市の高級旅宿でしか見られないような設備だと言えた。

 それ程の設備があればそれなりに宿泊料も値が張るのだが、男女別に三階の二部屋を当然の様に確保した彼らは、ムバナンが喜ぶほどの上客ではあろう。

 一階の食堂は宿泊客用だけでなく、高級料理店として一般にも開かれており、昨夜も身なりの整った客で賑わっており、カイ達の舌を楽しませてくれたものであった。


 その食堂で朝食を摂った彼らには行くべき場所が有る。滞在登録と情報収集を兼ねて冒険者ギルドに顔を見せなくてはならない。

 昨今、中隔地方では評判は右肩下がりの冒険者ギルドではあるが、出入りする人間は多い。普通なら余所者が出入りしようがそう目立つ事は無い筈。しかし、どうしても彼らが注目を集めてしまうのは否めない。巨漢の美丈夫に青髪の美女、可憐な獣人少女という組み合わせは見るなと言われても辛いだろう。観衆の目から一人漏れていたとしても責められたものではない。


 ギルド内のざわめきも一段下がり、彼らの動向を観察しているように思えた。

 特に調べ物の必要を感じていないのでそのまま空いている受付に足を運ぶ。滞在登録をお願いしてそれぞれが冒険者徽章をまだ幼ささえ感じさせる受付嬢に託すと、彼女が目を瞬かせて「少々お待ちください」と告げてくる。席を立った彼女が再び戻ってきた時には、少し年嵩と思われる受付嬢を伴っていた。


「何か問題があったかしら?」

 通常と違う対応にチャムは疑問を呈す。

「いえ、とんでもございません。少々特殊な通知がありましたのでお待たせしてしまいました」

 彼女は姿勢を正して深々と礼をする。

「ラダルフィー本部より感謝の言葉が届いております。成り代わりまして御礼申し上げます。謝礼金と諸経費が振り込まれておりますがいかがいたしましょうか?」

「ああ、その件ね。パーティー共有枠に入れておいてもらえる?」

 個別でない、パーティー枠の委託金として入金しておいてくれるよう頼んだ。

「それと当ギルドとしてもお願いがございますが、お時間いただけますでしょうか?」

「構わないわ、なに?」

 仲間の確認を取って彼女が答えると、受付嬢は穏やかに微笑んで見せた。

「当ギルドはイーサル冒険者学校と協力体制を取っております。様々な交流がございますが、その中に現役高ランク冒険者を臨時講師として派遣しておりまして、つきましてはリミットブレイカーのチャム様とハイスレイヤーのトゥリオ様に臨時講師をご依頼したいと思っています。どうかお願い出来ませんでしょうか?」

「それはなぜ他の二人には依頼しないの? 魔法士は対象になっていない訳?」

「いえ、魔法士科も存在しておりますが、その……」

「フィノが獣人だからって意味?」

「技量的に問題がある訳ではございませんが、王国の魔法研究所の方々が講師をなされておりまして、そちらと問題を生じさせるのは本意ではございませんので……」


 ハイスレイヤーのフィノならばギルドとしてはその技量は疑うべくも無い。だが、王国の魔法士団体が絡んでくる以上、冒険者ギルドとしては軋轢が生まれるような状況を作りたくないと言っているのだ。常識を重んじるであろう人族の団体と獣人魔法士が対すれば、お互いに不快な思いをするだろうと懸念している。

 既に、その前段階としてチャムが不快な思いを抱いているのではあるが、そこはどうか飲み下してもらいたいと彼女は頭を下げる。


「チャムさん、チャムさん。フィノは何とも思っていませんですぅ。大丈夫ですから、怒らないであげてください。フィノは人前に出るのはあまり得意じゃないので丁度良いのですぅ」

 チャムはフィノが優秀な魔法士であるのと同時に、優秀な魔法講師でもあると知っているのも事実だ。それを知らない受付嬢に感情をぶつけるのは正しくないだろうと思い我慢する。

「フィノがそう言うのなら仕方ないわ。私が面白くないからってゴリ押しするのも違うものね。それで彼は?」

「そのー、拳士というのも需要が少ないので…」

「チャムさん、チャムさん。カイも何とも思っていませんですぅ。この方はホワイトメダルになんか用が無いっておっしゃっていますので仕方ないですぅ」

「…………」

 顎の下に軽く握った両手を置いて可愛い子ぶるカイに呆れて何も言えなくなった。

「酷いですぅ。フィノはそんなんじゃないですぅ」

「あれ? 不評?」

 フィノにポカポカと叩かれながら朗らかに笑う彼には、空気を悪くさせたくないという思いが有るようだ。

「もう、仕方ない人」

 チャムの腰に手をやって「ありがとう。ごめんね」と言われれば、引っ込めざるを得ない。

「色々と思うところは有るけど協力するわ」

「俺もだ」


 こうして二人は冒険者学校の臨時講師を務める事になるのだった。

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