冒険者学校
イーサル冒険者学校は、冒険者ギルドが運営している機関ではない。イーサル王国が開校運営している学校なのである。そこに誤解が生じる余地が多々あるのだ。
そこは名目上は冒険者学校と銘打ってはいる。しかし、それは身体強化能力者に対して大きく門戸を開く為の方便であり、王国の本旨としては兵学校なのである。
一般に兵を募るとそれほどは集まらない。身体強化能力者に限って徴兵しても玉石混交なのも事実。身体強化が掛かっていても、武芸に適性が有るとは限らないのだ。教育に大金を注ぎ込んでも、ものにならないのでは無駄金になってしまう。そこでイーサル王国軍幹部が頭を捻って生み出した策がこの冒険者学校だった。
冒険者学校で広く人を集め、冒険者ギルドの協賛を得て運営し、教育を行う。その上で、武技に優れた者に声掛けをして兵に取り上げる方法を取れば、容易に選別が可能だと考えられた。
無論、拒絶する者も少なくないのだが、それならそれで彼らは冒険者になっていき、魔獣の数量コントロールという形で王国に寄与してくれる。それならば運営経費くらいは捻出しても損はしない。教育担当者も王国からだけでなく冒険者ギルドからも入れられる。その分は経費も浮く計算だ。冒険者ギルドとしても登録者数が増えれば利益も比例して上がるので否やは無い。
両者の思惑が一致して今の形になったのがイーサル冒険者学校だった。
◇ ◇ ◇
フラグレンは、ミニエット騎士爵家の長女で、十七歳である。男児に恵まれないミニエット家では、彼女は外から優秀な男子を迎え入れる為の駒となるべき存在だ。それは当代の思惑であってフラグレン本人の自覚ではない。
彼女はそれを拒みたかった。父である騎士爵が連れてきた男との結婚が嫌な訳ではない。それは立場上
それを回避するには最終的にフラグレンが騎士爵位を継承すれば良いのだ。配偶者はミニエット騎士爵家の血を残す為の婿であれば十分。後に彼女が後継を産めばいいだけなのだと考えた。それにはまず、フラグレン本人が騎士に叙せられねばならない。
故に求めた。強さを。しかし、父の思惑と違う道であれば良い師に巡り合うのは難しいと思える。雇おうにも当代が首を縦には振らない。秘密裏に優秀な武芸者に師事しようと思えど、伝手が無い。彼女は道を見失いかける。
ところがイーサル王国には、誰もが武技を学べる場があった。そう、スリッツには冒険者学校が有るのだ。フラグレンは当代に、騎士爵家の娘として嗜み程度には剣技を得ておきたいと申し出、冒険者学校への入学を認めさせた。
そこで剣技の基礎と応用を学び、後は己が才に頼って極めていけばいいと考えていた。それでもし適わなければ自分はその程度だったのだと諦めもつく。彼女はそう心に決めた。
しかし、現実は彼女を幻滅させた。冒険者学校には、フラグレンが師事に足ると思える講師が居なかったのだ。
常任講師は、現場では役に立たない騎士崩ればかり。腕は知れているのに貴族である事を鼻に掛け、居丈高に無駄な教練を強いてくる。
冒険者ギルドから派遣されてくる現役冒険者臨時講師は、己が戦歴ばかりを滔々と語り、力任せに我流の剣を振るうだけの、無法者に毛が生えた程度の存在に見える。そんな者から学び取るべきものが何も無い。
僅かに、時折り気紛れに訪れてくれる現役騎士だけが彼女の頼りだった。その時だけは食いつくように全てを盗もうとした。だが、あまりに頻度が足りなさ過ぎる。
フラグレンは、半ば無為と思える時を不本意に感じる
◇ ◇ ◇
その
欠伸を噛み殺す価値無いようなそれを、漫然と聞かされ続ける時間に辟易していた彼女だったが、渡り廊下に冒険者ギルド職員が姿を見せ、それに追随する二つの影を認めて重たい視線を向ける。
(ああ、冒険者学校もとうとう人気取りの為に見た目を重視するようになってしまったのね)
二つの影が
一人は美形の偉丈夫。
もう一人は、凄まじいと形容すべきなほどの、長い青髪をなびかせる美女だ。どんな男でさえも振り向かせ、その目を釘付けにさせてしまうだろうと思える。
美男美女の登場に、講義中にも関わらず同級達はさざめき立った。それが騎士崩れの男ガセインの癇に障ったらしい。
「騒ぐな! あのような冒険者風情に何を学ぶ?」
ガセインは声を荒げて、聞えよがしに語り始めた。
「剣もまともに振れず、出来るのは獣を叩き潰す事くらいだ。お前達はここに何を学びに来ている? 王国の為に振るえる剣だと思っているが、違っているのか?」
「はぁ」
皆の言葉は奮わない。フラグレンと大差ない感想を抱いていたからであろう。
「ずいぶんなお言葉じゃない? あんたの言う冒険者風情にも矜持はあってよ」
「何だと!?」
美女にぞっとするような声音を浴びせかけられて、ガセインは怒りながらも腰が引けているようだった。ギルド職員が「すみません、諍い事は遠慮してください」と間に入ろうとしているが、状況はもう一発触発な雰囲気にまで発展している。
フラグレンは驚いていた。物言いは横柄な青髪の美女だが、その所作や言葉の端から気品が滲み出ているように感じられたからだ。
ギルド職員の案内を受けているのだから冒険者に間違いないだろうし、装備品も騎士や兵とは違う冒険者独特の日常から着けていられる実用品に見える。しかして、彼女の物腰は無頼の者のそれではない。
何者だろうかと彼女は俄然興味が湧いてきた。
「この私の剣が獣を叩き潰すだけの剣かどうか知りたいのかしら?」
美女は腰に吊るしている剣に左手を置いて揺すって見せる。
「良かろう。王国騎士として名高い我が手合わせしてやろう」
「おい、そこのお前。悪ぃ事ぁ言わねえから止しとけ。こいつに喧嘩売るのは得策じゃねえ。後ろにとんでもねえのが控えてんぞ?」
美丈夫が困ったように忠告して来るが、ガセインはそれで更に逆上してしまう。
「抜け! 真剣だからと言って文句はあるまい。今更後悔しても遅いぞ?」
「余計な事を言わないの、トゥリオ。この程度ならあの人が出てくるような事にはならないから」
彼女がスラリと剣を抜くと、そこからは優美な曲線を描く剣身が現れる。柄元からは括れているが、剣先に向けて再び幅を広くし、切っ先に至るにまた鋭利に幅を細めていく作りだ。それが先重心になっている、扱いの難しい剣だとはフラグレンには分からない。だが、その美しさは彼女にも解った。
美女がその剣を中段に構えて突き出し右半身の姿勢を取ると、それらは相まって一服の絵のように幻想的な美しさを醸し出している。鋭い視線も、僅かに口角の上がった口元も、白い首も、なだらかな曲線を描く胸元も、引き締まった腰も、一部だけが覗く張りのある太腿も、ブーツに包まれた足首も、そして頬に掛かる幾筋かの青髪さえ彼女の美しさを際立たせるピースのように感じさせる。
フラグレンはその立ち姿に魅了された。
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