美しき指導者

 ガセインと対峙した美女は落ち着き払っている。

 冒険者とは言え、人と対峙するのに慣れていない訳ではないだろう。商隊護衛でも要人警護でも対するのは主に人になる。人に対して剣を振るう機会も少なくない筈だ。それを加味しても彼女はあまりに慣れ過ぎているようにフラグレンには見える。もしかしたら傭兵稼業経験者であるのかと思わせるくらいに。


「そこなギルドの者。治癒魔法士を手配しておけ。少々痛い目に遭ってもらう。その生意気な口が利けないくらいにな」

 ガセインは鼻息荒く豪語する。

「必要無いわ。そう時間は取らせないから少し待ってて」

「どこまでも生意気な女め!」


 ガセインは剣を振り上げようとした。しかし、滑るように間合いに入った美女の剣がその剣身の上に有る。剣が触れ合ったと同時に擦過音を立てて絡み合い、次の瞬間にはガセインの剣は地に突き立っていた。

 美女が絡め取って取り落とさせたのである。その美貌は勝ち誇る訳でもなく、何の感情も浮かべていない。さも当然であるかのように。

 ガセインは鼻先に突き付けられた切っ先を目にして慄いていた。


「どうかした?」

「な、何でもない! 手が滑っただけだ!」

「あら、そう」


 ガセインは、静かに下がった美女に向けて地から抜いた剣を横様に斬り付ける。最も避けにくい肩の高さだ。だが、いとも簡単に躱され、彼女の剣で後押しされて身体ごと泳ぐ。その首筋に金属の冷たさを感じた彼は震え上がった。


「いい加減になさい。まだ若い子達に人の血を見せたくないのよ」

 ガセインは納得しないのか、柄を握る手に力が入る。その瞬間、鈍い音がして彼は地に伏した。

「諦めろっつってんだろ? 手前ぇが敵う相手じゃねえって」

 拳を摩りながら美丈夫が言う。

「ここにはこんなんしか居ねえんじゃねえだろうな?」

「当たらずとも遠からずかもね。皆、呆けているもの」


 自分達の事が口端に上っていると解って拍手を始める生徒達に、二人は苦笑いを浮かべた。


   ◇      ◇      ◇


 まだフラフラしているガセインを教練場から蹴り出すと、否応無くチャムとトゥリオは生徒達と正対せざるを得なくなる。何しろ彼らが学ぶべき相手を放り出してしまったのだから。

 冒険者ギルド職員は教員室に説明に行ってもらった。とりあえず二人は場繋ぎしていれば構わないだろうと話し合って決めた。


「お前達、得物はバラバラか?」

「はい、今は武技教練の時間でした。魔法士以外が混在しています」

 一人の少女が自ら手を挙げて教えてくれる。

「なるほどな。あ、悪ぃ、遅れた。俺はトゥリオ。見ての通り冒険者だ」

「私はチャム。同じく冒険者。安心して。それなりに腕は立つから」

 そう言ってチャムは徽章を取り出して見せる。

「ブラックメダル!!」

「え? え? 俺、初めて見た!」

「すっげー!」

 ポカンとする者に交じって、口々に驚嘆の声が上がる。

「済まねえな。見劣りしてよ。俺はハイスレイヤーだ」


 それでも銀色のメダルを見て、女子からは「きゃあ」と黄色い声が上がる。

 肩幅も厚みも十二分に有る逞しい身体の上には、深紅の髪に彩られた男らしく整った顔立ちがある。彼ら彼女らの憧れの的になったとしても、全く変ではない美丈夫。それがトゥリオだ。


「そうだな。それぞれ得意の得物で良いから振って見せてくれよ」

「適当に散ってね」

 皆が距離を取って剣や槍、メイスなどを手にする中、自分から目を放さない少女の存在にチャムは気付く。視線に気付かれたのを悟ったか、少女はあたふたと剣を抜き振り始めた。


(あら。へぇ)

 チャムは彼女が結構振れているのを見て取る。


「あなた、ずいぶん頑張ったのね?」

 チャムが声を掛けると少女の顔がパアッと明るくなった。

「はい! 毎朝毎晩一生懸命素振りしました!」

「無理しない程度に続けなさい。名前は?」

「フラグレン・ミニエットです! ラグって呼んでください」

「解ったわ、ラグ。得物は剣だけ?」

「はい、これ一本です」

「続けて」

 チャムは頷くと別の生徒の様子を見に行く。しかし、視線だけは追い掛けてきているのを彼女は背中にひしひしと感じていた。


 一通り二人が見て回った頃、押っ取り刀で教員が数人駆けてきた。

「勝手な事をされては困る。だが今回はこちらにも過失が有ったようだ。仕方あるまい」

「邪魔なようなら二度と来ないから安心して。私達は頼まれたから来ているだけ」

 その言葉に、生徒達から批判の声ばかりが上がる。

「先生方、こちらの方はリミットブレイカーでありまして、此度は無理を言って来ていただいたのです」

 ビクッと身を震わせた教員達は「うっ、ブラックメダルだと?」と呻いて威勢を削がれる。

「ふむぅ、それなら生徒達にも良い勉強になろう。続けていただきたい」

「良いんだか悪ぃんだかはっきり言えよ。煮え切らねえ連中だなぁ」


 トゥリオの物言いは教員達の耳に刺さったようで、再び険悪な空気が流れる。だが、彼ら二人が教員達が総掛かりしても敵わない相手だと思い直して自制したようだ。

 教員も王国に雇われの身である。冒険者ギルドとの確執は望まない。ギルド側は既に依頼料という形で負担している。それを権限だけで追い出したとなれば、今後の冒険者ギルドの協賛に影を差してしまうかもしれないと考えたようだ。


「我らにも指導計画というのが有るのだ。理解していただきたい」

「解らなくもないわ。でもそれはあんた達の都合。生徒達が何を求めているのかどこまで把握しているのかしらね? 少なくとも彼らはさっき、あの血の気の多い講師の長広舌に閉口していたみたいよ」

「それに冒険者の依頼なんて計画通りにゃ進まねえもんだぜ。なのに規律で雁字搦めにして柔軟性を失わせてどうする? ここは冒険者を育てる学校じゃねえのかよ」

 トゥリオは冒険者学校の指導内容が兵教練に近い実態を揶揄する。彼らとて、門をくぐる前にそれなりに調べて来ているのである。

「お二方もそれくらいにしていただけますか?」

 ギルド職員もそれ以上の衝突は避けたいらしい。

「指導方針にそぐわないとおっしゃるのでしたら、こちらで依頼は打ち切ります。我々は冒険者学校に協力以上の関与をするつもりはございませんので」

「い、いや、冒険者ギルドのご厚意を無駄にするつもりはこちらも無い。方々がそう望むと言うのなら自由に指導してもらっても構わないだろう」

 自分達の意地で、王国と冒険者ギルドに軋轢が生まれるのは彼らも本意ではないらしい。折れた教員達は引き下がっていった。

「ちょっとケチが付いちゃったけど、あなた達はどうしたい?」

「指導をお願いします!」

 異口同音に声が響いた。


 それぞれの武器の扱いから振り方まで細かな指導をされた生徒達は、快い疲労をその顔に刻んでいる。チャムとトゥリオもこれほどの人数相手の指導は初めてだったので、緊張感に凝った肩をほぐした。

 生徒達から感謝の挨拶を受けて二人は教練場を後にしようとしていた。


「あの……、お姉さま」

「何かしら、ラグ?」

 跳び抜けてというほどではないが、優秀な生徒であったフラグレンの声にチャムは振り返る。

「謝礼は別に用意します。わたしに専属で指導をしてもらえませんか?」

「それは今陽きょうの教練だけでは足りないって言う意味? とりあえずはあなた達の実力を見ただけよ。次からはもう少し実践的な指導をしてあげるわ」

「いえ、わたしだけに時間をいただきたいという意味です」

「それはちょっと違うかしら。私は専門の指導者ではないの。依頼を遂行しているだけ。専属指導者を望むなら他を当たって」

「お姉さまが良いんです! それ以外に考えられません!」

「もうしばらくは見てあげるわ。少し考えなさい」

 微笑んでそう告げるチャムに、縋るような目でフラグレンは続ける。


「チャムお姉さまと呼んでも?」

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