商人の統べる国

クナップバーデン商民国

 クナップバーデン商民国は、自由都市ベックルを祖にした国である。

 およそ百輪100年ほど前、ベックルを本拠地としているクナップバーデン商会が、ベックルの商業組合に所属する商会の代表達を集めて民主的な都市運営を提言し、皆がそれを支持した事から始まる。

 このようにして生まれた商民議会は、共同の商隊警護部隊を設置し、それが都市防衛部隊に発展し、国土防衛に至り、商業的圧力を持って領土の主張を北の大国達に認めさせた事で国家に昇格したのだ。

 クナップバーデン商会そのものは、その後の暖簾分けや分裂騒動などで自然に解体してしまったが、功績によりその名は国名に残されている。


 現在は首都ベックルに商民議会堂が設置され国家運営が為されているが、ベックルは衛星都市を持たない都市である。

 領土内には幾つもの宿場町や村落が存在し、税収を得ている。村落からは物品納税が主になり、それもクナップバーデン商民国の流通を支える一部となっている。


 それらを切り盛りする商民議会は17名の議員によって運営されており、それらは各商会の代表者で構成されている。


 つまりクナップバーデンは商人が動かしている国なのだ。


   ◇      ◇      ◇


 街道を行く三人組の中では一つの問題が落着していた。

 チャムが時々カイに要求する青いあれがホルツレイン産のお菓子だと解り、それがモノリコートという名前だと知って、彼女がトゥリオの元仲間マーウェイが儲かると言った意味がやっと理解できた。

 味見させてもらったモノリコートは確かに美味しく、納得の理由になりはしたが、それほど甘い物が得意でないトゥリオにはあまり刺さらなかった。


 幾つかの宿場町を経由して首都ベックルにカイ達は到着した。


 冒険者ギルドに国内滞在登録を済ませた三人は、カイの要望で革製品店に向かう。さすがにベックルほどの商業都市となれば大きな革製品店が存在し、そこで彼は数ある騎鳥用鞍を眺めまわす作業に没頭する。

 価格も様々なそれらは多様な形状や素材で作られているが、その全てをチェックしていく。くつわと手綱もここぞとばかりに観察対象になっている。


 ひとしきり眺めまわしたカイは何も買わずに退店してしまった。

 トゥリオは迷惑な客だと思ったが何も言わないでおく。チャムも革鎧とかを眺めていたが一緒に出てきている。その様子を見ると、よくある事なんだろうとトゥリオは推測できた。


 その後は大規模に開かれている市や広い露店通りなどもひやかして回ったのだが、彼らが購入したのは珍しい野菜や香辛料くらいで大した買い物はしていないのだった。


 そのはベックルに宿を取り、ゆっくりする。

 大都市の割と良い宿屋となれば有料ではあるが風呂も設置されており、そこで汗を流せたのは贅沢と言えよう。四人部屋を取った彼らがくつろいでいたところで、何やら考え込んでいたカイから提案がある。


「魔獣を狩りに行こう。亀かカニ…、いや亀だね亀、亀が良い」

「そんなに亀亀言わなくても解るから」

 チャムが失笑気味に言う。

「ギルドで亀の討伐依頼を探せばいいんでしょう?」

「それでお願い」

「良いわよ、トゥリオはどう?」

 一応パーティーメンバーとして尊重されていると感じる。

「別に構いやしないぜ。やっと冒険者らしい事やる気になったな。美味いのか、亀」

「ん? …ああ、美味しいよ、亀。特に骨の出汁は絶品だね」

「おお、そいつぁやる気になるってもんだな」


 思考が胃袋に繋がっているようだ。


   ◇      ◇      ◇


 翌陽よくじつ、冒険者ギルドに出向いた彼らは運良く亀の討伐依頼を見つける事が出来た。

 それはベックルから北西、ヤントと呼ばれる森林帯に生息する大型の陸亀魔獣の討伐依頼。

 そこに狩りに出向いた冒険者パーティーが何組も被害を受けており、ギルドからの公式依頼になっている。それをブラックメダル冒険者が受けてくれるというのでギルド側は大歓迎なようだ。


「だがよ、水撃亀ジェットトータスだぜ? いけるのか?」

「問題無いわ。固さだけで言うなら、彼と二人で岩石熊ロックベアだって倒してきたわよ」

「おいおい、それは冗談にしても盛り過ぎってもんじゃねえか?」

「嘘吐いても仕方ないし。事実を言ってるだけ」

 それが本当に事実なら、トゥリオはブラックメダル冒険者の神髄を垣間見る事になるのだろうが、まだ疑わしいと思っていた。


 ヤント森林帯を探索する三人。小物は適当にいなしつつ奥へ分け入っていく。

 途中に遭遇した長爪熊クローベアはトゥリオが大盾で受けると、あっという間に背後に回ったチャムがいとも簡単に首を撥ね飛ばしてしまう。

 流れ作業でカイが皮剥ぎ。着いてきているセネル鳥せねるちょう達が骨に残った肉のご相伴に与かっている。

 その作業速度にトゥリオはなぜか見てはいけないものを見ているような気がする。これでは「狩り」ではなく「処理」だ。


「後で美味しくいただくんだからいいんですよ」

 そう言われると、説得力が有るんだか無いんだか悩ましいところだ。


 更に進むと開けた場所に出た。

 中心には小さな沼が見える。そこに水撃亀ジェットトータスが鎮座ましましていた。

 おそらく水を飲みに来る動物をそこで待ち受けて狩り、腹を満たしているのだろう。彼らに気付くと水撃亀ジェットトータスはすぐに立ち上がり攻撃に移る。

 驚くほどの凶暴さだ。その巨体を維持しようと思えばそれなりの食欲も必要になってくるのだろうが。


 大口を開けて突進してくる水撃亀ジェットトータスを大盾で受け止めようとしたトゥリオは、傍らを走り抜けるカイが「マルチガントレット」と呟くのを聞く。

 途端に腕に巨大なガントレットを装備した彼が横様からの拳打で水撃亀ジェットトータスの首を弾け飛ばせた。

 瞬間的に脳震盪を起こした水撃亀ジェットトータスはふらつく。駆け込んだチャムが右前脚を半ば斬り落とす。彼女に襲い掛かろうと振り向いた頭はカイのアッパーであらぬ方向まで打ち上げられ、戻ってきたところで右目を剣で貫かれる。


 痛みに我を忘れて水撃ウォータージェットを周囲に撒き散らし始めた水撃亀ジェットトータスから三人は距離を取る。

「そろそろ役に立ってね」

 背後からチャムにそう言われるとグイと押され、言われるままに盾を掲げて突き進むトゥリオ。そのまま背後を駆けてきた彼女が十分に接近したところで跳躍し、水撃亀ジェットトータスの首根っこに剣先と共に着地する。体重をかけた剣は深々と刺さり、水撃亀ジェットトータスは動きを止めた。

 その一瞬に接近したカイがマルチガントレットから光剣フォトンソードを出し首を斬り落とす。討伐完了である。


「いい感じに甲羅を傷付けずに倒してくれてありがとう」

「だと思ったわ。あんなに亀亀言ってりゃいくらなんでも、ね」


 当たり前のように振る舞う二人に呆れるトゥリオ。

 本来なら遠巻きから魔法攻撃で削っていって、最後に武器攻撃で何とか倒すような魔獣なのだ。しかもハイスレイヤー級が5~6人で。

 これは岩石熊ロックベアを狩ったというのも事実かもしれないとトゥリオは思う。少なくともあの黒髪の青年の実力はノービスのそれでは全くない。拳士という選択肢を忘れて、丸腰だと侮った自分を悔いる。ずいぶんと失礼な態度を取ったような気がする。

 ボーっとしてると後ろから頭をコンコンと突かれる。言うまでもなく居る紫色のセネル鳥に我に返ったトゥリオは「そうだな」と伝える。


「悪かったな、カイ。なんか馬鹿にしてんの解ってたろう?」

「いいんですよー。別に慣れてますしー」

「でも悔しいもんじゃないか?」

「僕的には変に距離取られるくらいなら侮られているくらいでいいんですよ」

 カイにしてももう意識は半分水撃亀ジェットトータスの解体に持っていかれている。

「このまま解体するなら、ここでお昼にするわね」

「うん、焼こう」


 食べる気満々の三人と一匹と四羽であった。

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