旅は道連れ

「あんた、ここから西は詳しいの?」

 魚をネタにひと盛り上がりした後、チャムはトゥリオに訊いてみる。女将は夕飯の準備に戻っていった。

「トレバは無理だが、フリギアまでは解るほうだと思うぜ」

「じゃあ、私達と一緒に来る? 地理に明るい人間がいると楽だし。そっちの都合で抜けていい、仮のパーティー登録でいいから」

「お前らがそれでいいんなら付き合うぜ。美味いもん食わしてもらったし、道案内くらいはする」

 チャムがカイに目で訊いてくる。

「そうですね。ご迷惑でなければ案内いただけると助かります」

「どこに宿取ってんの?」

「なら俺、こっちに移るわ。別に馴染みの宿って訳じゃなし」

「それならそのほうが楽ね。よろしく」

 明陽あすにでもパーティー登録しときましょ、とチャムが言って話は終わった。


 翌朝、二人は早起きして市に出向き、何種類かの魚を仕入れて戻る。帰りに昨陽きのうの漁船にも寄って一匹仕入れる。

「もう食っちまったのか!?」と驚かれたが、『倉庫持ち』だと明かして船上で血抜きをさせてもらって格納して見せると納得してくれたようだ。


 トゥリオは早起きは苦手なようだったので放っておいた。

 食堂で食事している頃になってやっとトゥリオが起き出してくる。

「何だよ、早いな」

「あんたが遅いの。さっさと朝を済ませなさい。ギルドに行くわよ」


 眠そうにもたついているトゥリオをせっついて食事させる。


   ◇      ◇      ◇


 冒険者ギルドでパーティー登録を済ませた三人はサテマッカの西口に向かう。


「なあ、この黒いセネル鳥せねるちょう使っていいか?」

「勘違いしないでください。使うとかダメとかそういうんじゃないんです。乗せて欲しかったらブラックにお伺いを立ててください」

「お? そんな決まり事があるのか?」

「いいえ、ブラックは仲間ですから自由意思に任せます」

 トゥリオは今一つピンと来ないようだが、言う通りにしてみる。

「お前さんに乗せてくれないか? こんなだから重いと思うが」

「キュ! キュウキュキュ」

 何か言いたげだが一応首を縦に振ってくれる。


(良いって事なんだよな?)

「じゃあ、頼むな」

 伏せたブラックにトゥリオは騎乗した。ブラックは身軽に立ち上がり、重さを感じていないかのように振る舞う。


 トゥリオは165メック2mの長身にがっしりした体格、顔立ちも整っており、まさに美丈夫という言葉が似あう男だ。

 それが更に大剣に一部金属の大盾まで装備しているのだから重くないはずがない。これで全身板金鎧でも着けていようものならさすがにブラックも音を上げると思われるが、胸甲ブレストアーマー腰覆いウエストガードくらいなので、多少重くても問題無く走るくらいは出来そうだ。

 それでもブラックの強靭さは疑いようがない。


 騎乗した三人は街道を行きながら情報交換をする。

「なあ、俺、一応ハイスレイヤーまで上げられてんだけど、お前らは?」

「私はリミットブレイカーよ。精進なさい」

「何!? ブラックメダルだって? マジか! 数えるほど…、いや一回しか見た事なかったぜ」

 チャムがブラブラさせている黒いメダルの付いた徽章に驚愕が隠せない。身のこなしで相当使えるだろうとは感じていたが、目の前の超絶美人がそんな高みに居たとは思わなかった。

「ブラックメダルと組めるが来るとは思ってなかった。何でも興味を持ってみるもんだな」

「そう思うんなら崇め奉ってもよくてよ、ほほほ」

「いや、そういうのは要らねえぜ」

 チャムのそれは冗談だが、ハイスレイヤーとリミットブレイカーの間にはそれだけの大きな差があるのだ。


「僕ならこの前ノービスに上がりました」

 期待の眼差しでチラチラと自分を窺っているトゥリオに、何でもない事かのようにカイは応じてやる。


(マジか…。こいつ、この美人が雇ってる食事担当だったのか…)

 トゥリオは軽く落胆してそんなふうに思う。


「勘違いしないでね。私とカイは対等よ」

「おう、解ったぜ。でも、戦闘バトルになったらバランス悪くねえか?」

 チャムはトゥリオの思い違いを見透かしたように注意を与えるが、彼は当然の懸念を伝えてきた。

「そんなもの、そのうち戦ってみれば解るわ」

「そんなもんか?」


 そのうち思い知るだろうから強くは言及しない。だが、トゥリオはカイが丸腰の理由まで邪推してしまっている。


 この時、パープルの額に怒りマークが浮かんでいた事に彼は気付くべきだったかもしれない。


   ◇      ◇      ◇


 急に降り出した雨に一行は街道を離れて木立に分け入り雨宿りをする。

 雨垂れに濡れないよう、カイとトゥリオが協力して木々の間に撥水布を張ってその下に避難した。


 この撥水布は、植物由来の漆のような液体に普通の布を漬け込んで乾かせたもので、漆ほどに硬化はしないがやはりごわごわとした肌触りをしている。

 やむなく雨中の夜営などの時のテント等に用いられるが、それなりに高価で嵩張る為、『倉庫持ち』でもないと持ち運びには困るだろう。


 カイは座り込んだセネル鳥達にも別の撥水布をそれぞれに掛けてやっている。

「そのうち君達にもちゃんとした雨外套コートを作らなきゃね」

 彼の声掛けに「キュウ」と申し訳無さげな返事を貰っている。


「冒険者ギルドで依頼を受けなかったんだが、どこに向かってるんだ?」

「特に決めてませんよ。当面はトレバは避けて西に向かっています」


 トレバの国内状況はお世辞にも良くないとの情報は様々なところから漏れ聞こえてきている。

 そこを避けるのは分かるが、流しの冒険者なら依頼を受けなくては稼ぎにならない。この二人が経済的に余裕があるだろう事は簡単に推し量れるのだが、何もしないのでは冒険者をやっている意味もあまり無い。ましてやブラックメダルともなれば、社会貢献も期待されるところではある。


「そんなに気にしなくても大丈夫よ。私達は私達のペースでやっていこうって話し合って決めているから。あんたが稼がなきゃ困るって言うなら早めの離脱を勧めるわ」

「いや、そんなんじゃねえんだけどよ。こう、何かやり甲斐があるから冒険者なんだろうと思っちまうだろ?」

「言うなれば物見遊山なんですよ」

 カイの口からは一番身も蓋もなく一番聞きたくない類の理由が聞こえてきてしまった。


(やれやれ、厄介なのに関わっちまったか)

 トゥリオは焚き火の炎を眺めながらそう思う。

 だが、何かがありそうでまだこの二人への興味は薄れていない。


「カイ、アレちょうだい、アレ」

「うん」


 チャムが食べる青い物体を見たトゥリオは、やっぱり蝋燭を食う人種とは関わるべきでないかと思うのだった。

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