黒鎧豹討伐
カイが指差す樹を皆が眺めている。
「見えるか、チッタム」
「無理、葉の影」
彼が枝の上に潜んでいると言うので遠見の魔法を使わせるガラハだったが、答えは振るわない。
カイ達は、
「魔法を撃ち込んで落とすか?」
「反応は二つです。対応を考えてからのほうが良いでしょう。落とせば動き回って来ますよ?」
陣形を整理してからの攻撃を進言してくるカイに、やはりこのパーティーの頭脳は彼なのだろうとペストレルは思う。しかし、カイにしてみれば、既に向こうからも見られていると思っている。不用意に仕掛けて付け込まれてしまう危険を避けたいだけなのだ。
「どうする? あなた達は様子見する? 私達だけでやったほうが良いかしら?」
「馬鹿言え。相手は
ガラハの言う事も尤もなのである。この依頼は危険性が高すぎて残っていた類のそれだ。普通に考えれば1パーティーで挑むような相手じゃない。
「じゃあ、一頭ずつ担当という事で良い?」
「了解だ」
「準備が出来たら合図して。落とすから」
「チッタムは後ろから投げナイフで牽制。ガラハが抑えている内に、レンジーと私が魔法を当てていきます。ディーは回り込まれないような位置取りで、決して無理をしないように」
ペストレルは、彼らの装備では黒鎧豹にはまともに攻撃が通らないと思っている。魔法で動きを鈍らせてから、仕留めにいくのが有効だろう。
幸い、ペストレルもウィレンジーネも水系が使える。有効属性の風系さえ通りの悪い黒鎧豹では、凍えさせて動けなくさせる方法を採らざるを得ない。
作戦決めを終えて前に出ていくパーティーメンバー達。ガラハが
「マルチガントレット」
(拳士だと?)
カイが装備した武装を見て、ペストレルは疑問を抱く。冒険者であれば比較的少ない類の武技。彼自身もそうお目の掛かった事が無かったので興味が湧く。
(超接近戦型の武技で、硬くて機敏な魔獣相手にどう戦う?)
そのガントレットが前に突き出され薙ぐような仕草をすると、「ギャン!」と悲鳴が上がって黒い影が果実が落ちるように姿を現した。
(魔法具なのか?)
「来るぞ!」
ガラハが全員に気合を入れるように声を張り上げる。ペストレルも意識を黒鎧豹に向ける。
駆け出した黒鎧豹に対してガラハが盾を大きく揺すって威嚇し、注意を引く。ウィレンジーネもペストレルも既に編み上げてある構成を待機させて、標的の足が止まるのを待っている。鈍く重い音がして、ガラハが黒鎧豹を受け止めた。
強引に押し出して戦斧を叩き込もうとするが、その時にはもう跳ね退いていた。地を噛んだ刃を引き抜いた瞬間には、大きく跳ねた黒鎧豹は上空から襲い掛かる。
(くそ! 大きく弾き飛ばせないと魔法も使えない)
盾で受けつつガラハは焦る。
「やっ!」
斬り込んだオルディーナが時間を作ってくれたので、大振りな一撃を放って退かせたガラハは声を上げた。
「今だ!」
「
「
横様に強烈な水流を受けてたたらを踏んだ黒鎧豹に氷礫を含んだ冷気が吹き付けた。黒い毛皮に霜が付くが、身を震わせて落してしまう。それでも身体は冷えて動き難くなった筈であり、そこを狙って前衛は畳み掛ける。だが金属同士が擦れる耳障りな音が周囲に響き渡り、
(マズい!)
既に黒鎧豹は体勢を立て直している。鋭く一声吠えてガラハを威嚇すると、オルディーナに肩で体当たりを掛けてきた。それは剣の腹で何とか防御したが、彼女は背から倒れ込んでしまう。
オルディーナに食らい付いていこうとする黒鎧豹の前にガラハは入り込んで受け止めたが、牙は防げたものの爪が盾を掲げる腕を切り裂く。
「ぐあっ!」
「ガラハ!」
「良いから立ち上がれ! まだだ!」
女剣士は立ち上がって再び戦闘態勢を取る。
魔法の二、三発では動きを止められないと思ったガラハ達は持久戦の覚悟をしなければならなかった。黒鎧豹を牽制しつつ、何度も魔法を当てていかなければならないようだ。
ガラハは目線を送ってそれをペストレルに伝えると、無言で頷き返してくる。
「チッタム、お願い。ガラハに回復薬を」
自分の所為だと思ったオルディーナは、彼の左腕から流れ落ち続ける血を見て青くなり、後方のチッタムに救援を頼む。回復薬と言っても万能ではない。魔法のように急速な治癒は望めない。数
「集中しろ、ディー! それは後だ!」
「ご、ごめんなさい」
ガラハは戦斧を振り回して近付けないようにし、オルディーナが回り込もうとする相手に斬撃を放って足留めするのだが、明らかに彼女の動きは精彩を欠いていた。
チラチラとガラハの様子を窺い、足が重い。チッタムが投げナイフでフォローしているが、ギリギリの遣り取りになっている。
「下がれ!
「
魔法の連続攻撃が黒鎧豹を襲うが、十分に牽制出来ていない状態では効果は薄い。相手は冷気を突っ切って氷結弾から身を躱す。
(このままだと厳しい。チッタムの投げナイフが尽きたら抑えきれなくなる)
ガラハ自身、盾が重く感じられてきて、徐々に下がっていっているのを意識する。上がりつつある息の中で打開策を考える。
(レンジーも前に出すか? いや、危険だ。突破された時にトレルが丸裸になる)
その時、正面で黒鎧豹の前脚が地を打つ。跳び掛かってくると思い、盾を持つ手に力を込めた。しかし、それはフェイントで、首を巡らした黒鎧豹はオルディーナに牙を剥けていた。
(間に合わない!)
「ディー!!」
「馬鹿野郎!」
ずっしりと重い衝突音がして黒鎧豹が弾け飛んだ。大きな体躯が視界をよぎり、長身の美丈夫が姿を現した。
「呆けてねえで畳みかけるぞ!」
「
ガラハの左腕にロッドが軽く触れ、傷はみるみる癒えていく。
「すまん」
「何て事ないですぅ。
黒鎧豹に旋風が襲い掛かり、鎧片の間から血が飛沫く。
(今、構成を編んでいる間なんて無かったぞ)
ペストレルは愕然とする。
「ギャイン!」
苦鳴を上げて退こうとするが、その前にも人影が出現した。青く長い髪がふわりと翻る。鋭く風切り音が鳴って彼女が剣を振り抜くと、黒鎧豹の肩が血を吹いた。
「あら、斬れちゃうじゃない」
「グガルウゥ」
「逃がさないわよ?」
軽く地を蹴ってチャムが前に出て斬り落としの刃が迫ると、黒鎧豹は横っ飛びに躱しゴロゴロと転がる。だが立ち上がった時にはチャムは姿勢低く突っ込み、斬撃を放つ。黒鎧豹は躱し切れないと悟ったか、牙を剥き身を捨てて突進する。
剣閃が走って右前脚が刎ね飛び、その牙はチャムの盾に当たって鈍い音を立てた。すり抜けたチャムと代わるようにトゥリオが迫り、大剣を振り下ろす。その刃は黒鎧豹の背中に食い込んで止まる。
「
フィノの魔法で下半身が氷に閉ざされたところにチャムが歩み寄り、鋭く一閃する。
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