彼らの欠点

「ああん、もう。お気に入りなのにこんなに傷が付いちゃったじゃない」

 盾の表面を走る傷をなぞって、チャムが落胆の声を漏らす。

「すまん。今度は助けてもらったな」

「構わないわ。お互い様よ」

「本当に強いな、君達は。あんな短時間で一頭片付けるなんて」

 ペストレルはもう一頭を倒した彼らが駆け付けてくれたと思っている。

「ん? もう一頭ならあっちでカイとってるわよ?」

「何だって!!」

 何て事無いように言うチャムに彼は驚愕の声を上げた。

 見やると確かに同郷の青年は黒い影と交錯している。

「馬鹿な!? 早く助けに行かないと!」

「すぐに終わるから。フィノが少し削ったし、あの人だもの」

 ガラハパーティーの全員がチャムの言葉に耳を疑い、目を向ける。


   ◇      ◇      ◇


 黒鎧豹ブラックアーマーパンサーは信じられないものを目の前にしている気分だった。その人間は自分と真っ正面から打ち合い、平気な顔をしている。むしろ打ち負けていると言って良い。何しろ既に大牙を片方へし折られてしまった。

 だが打撃だけでは彼を容易に打ち倒す事など出来ない。爪に力を込めて地を蹴った。


   ◇      ◇      ◇


 跳び掛かった黒鎧豹が下からの拳に迎撃される。派手な音が響いて首が跳ね上がり、千鳥足で下がる。今にも腰が落ちそうだ。首を振って一声吠えると、再び地を駆けてカイの腿に食い付こうと咢を開く。

 その様を見ているガラハ達からは「うっ!」とか「ひっ!」とか声が漏れるが、決して不利な状態ではないのを見て取って飛び出すのを自制していた。


 黒鎧豹の繰り返しの突進に身を躱しながらカウンターの打撃を送り込んでいたカイが、一直線に突っ込んできた牙を今度は躱そうとしなかった。


「ああっ!」

 オルディーナやチッタムは思わず目を瞑ってしまったが、カイは衝突の瞬間にクルリと背を向け、その頭を脇に抱え込んだ。

「無茶な!」

 牙を抑え込んでも爪が迫る。それを予想したガラハはやられたと思った。


 しかし、その爪が掛かる前に足を踏ん張ったカイは高く跳ね上がった。頭を抱え込まれたまま、350メック4.2mは跳び上がった黒鎧豹。

 猫科の獣は、落下中には反射的にバランスを取ろうと四肢を広げてしまう。そこへカイは黒鎧豹の頭を上に捩じ上げ、足を上げて全体重をその首に掛ける。迫る大地が見られなかった黒鎧豹はそのまま大地に打ち付けられ、首からは骨が折れる音が重く響く。その身体はもう痙攣する事も無かった。


「マジかよ。今度は首をへし折りやがったぜ」

 苦笑いしながらそんな事を言うトゥリオ。

「ずいぶんと派手な決着だったわねえ」

「きっと見ているの気付いてましたですぅ」


 ガラハ達は誰一人として声を発せないでいた。


   ◇      ◇      ◇


「ごめんね、手間取っちゃって。さあ、剥ぐよー」

 喜色満面で、そそくさとやって来るカイ。その小脇には討伐した黒鎧豹が抱えられている。


(何だこりゃ)

 一線級冒険者パーティーでもかなり手を焼くような魔獣を単独で倒しておいて、この軽い反応。仲間達も当たり前のように声を掛けていっている。

(とてつもなく強い)とガラハは驚きが収まらない。

 白いメダルが入った徽章を掲げて自慢げにしていた姿は幻覚だったのかと思えるくらいだ。

(軍隊上がりか? それにしては歳若い)


 冒険者の中には確かにランクに伴わない実力の持ち主が稀に居る。新人ながら類い稀なる才能の持ち主。或いは己が武の研鑽のみに邁進してきた者。それらは極一部に過ぎない。大部分は軍を退役して冒険者で荒稼ぎを目論む者がそれに当たる。


(才能のみの者か。しかしそれなら冒険者活動には不慣れでリーダーになど据えようとは誰も思うまい)


 幾つかあるその可能性を当て嵌めてみようとするが、どうにもしっくりこない。掴み処のないこの同郷の血を持つ青年を、彼は測りかねていた。


 そのカイは黒鎧豹の黒鈍色の鎧片をせっせと剥がしている。にやにやと笑うその顔を仲間にからかわれ、ガラハパーティーの女性陣まで加わって話に花が咲く。チャムは「いつもこうなのよ」と苦笑いで肩を竦めていた。

 二頭の鎧片をあらかた剥ぎ取って、皮も切り開き肉塊を切り取ってセネル鳥せねるちょうに差し出すもそっぽを向かれている。ガラハの水色のセネル鳥が近寄って軽く啄むが、太い舌を出してぺっぺと吐き出す。


「何で鎧豹アーマーパンサーの肉は美味しくないんだろう? 倒すの大変なんだから肉も美味しけれ良いのに……」

 それは贅沢というもの。討伐賞金も破格と言って良い額だし、鎧片は高価買取対象。その上で、肉の味で応えられなくとも、黒鎧豹を責めるのは可哀想だ。

「ぢっ!」

 小さめの鎧片を玩んでいるリドに差し出しても、後ろ足で土をかけられる。

「仕方ないなぁ。申し訳無いから天に還してしてあげよう」

 カイは穴を掘って二頭一緒に火葬にしてあげる事にした。


「ほら、あなた達の取り分よ」

 チャムが結構な大きさの魔石と討伐証明部位の耳を投げて寄越す。

「いや、あたし達は一頭も倒せてないから受け取れないよ」

「良いのよ。救援分は、鎧片を全部こっちで引き受けるのでちゃら。それくらい貰っときなさい」

 危地を救ってもらっておきながら報酬まで受け取るのは気が重いウィレンジーネは「済まないね」と頭を下げる。だがチャムは「そんな事より……」と険しい顔で向き合ってくる。

「ここで重要なのはあんた達の問題よ」

「あたし達?」

 彼女は指を突き付けて続ける。

「そう、あんた達。全体にバランスは良いと思うわよ。役割分担も配置も」

 そう言いながら一人一人を指していく。

「リーダーの盾役を中心に攻撃役アタッカーが二人とサポート役、後衛に魔法士。全然問題無いわ。でもはっきり言ってあんた達は仲が良すぎるんでしょうね?」

「仲が良いのは悪い事では無いと思いますけど?」

 指摘される問題点としては意外なものに、ペストレルは疑問を呈する。

「戦闘中でも仲間の行動如何で集中が途切れるのはいただけないわ」


 初めて会った時、ディーが気を抜いた時の反応の鈍さ。さきほどのディーが窮地に陥った時のガラハの動き。戦闘中にチッタムの動きを制限するような指示。チャムは列挙していく。

 それらは、彼らガラハパーティーが仲間に気を向け過ぎ、気遣い過ぎているからこそ招き入れている危険だと指摘する。


「気を抜いたのはあたしのミス。でもさっきはガラハが庇ってくれないと……」

 オルディーナはガラハの行動は間違っていなかったと主張する。

「やられていたでしょうね。でも、あそこは間に入るんじゃなくて追い打ちを掛けるべきだったわ。それで十分注意は引けたんじゃないかしら?」

「チッタムへの指示というのは?」

 ペストレルは偵察役のチッタムはサポートに徹するべきだと考えている。

「彼女は装備も軽いし、動きも機敏よ。旗色が悪い時は積極的に前に出て敵を攪乱すべきじゃない?」

「確かにチッタムは動けるけど、前に出てしまうと彼女の紙のような装備では一撃で終わってしまうじゃないか! そんな事は……」

「それ! そこが一番の問題なのよ」

 ペストレルをビシッと指差してチャムは言う。

「あんた達の優先事項は、仲間が命の危機に晒されない事。それはまあ、普通ね。次に仲間が負傷しないように行動する事。そこに気を遣い過ぎているのが逆に自分を危地に追い込んでいっているのよ」

 青髪の美貌は彼らを見回していく。


「つまり、あんた達が回復手段を持っていないから、そうせざるを得ないんでしょ?」

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