気持ちと絆

 ガラハ達は皆が俯く。痛いところを突かれたのだろう。気付いてはいながらも解消しようがなかった問題を。


「私は庇い合って戦うのが悪い事だとは思いません」

 ペストレルは怒気を見せながらも、冷静に言い放つ。

「助け合うからこそのパーティーです。一人ではポイント稼ぎが大変だから便宜的に組んだ集団をパーティーだなんて呼びたくはありませんから」

「助け合うなとは言ってないわ。やり方を選びなさいと言っているの。今のやり方は心の負担になる。いつか大きな事故を招きそうで見ていられないのよ」

「私達が努力をしていないとでも思っているんですか?」


 パーティーの場合、回復役はおおよそ三分されるだろう。

 魔法士が担当するタイプ。魔法攻撃の合間に必要に応じて回復を挟む。当然、その間魔法攻撃が途絶える欠点がある。

 回復専門魔法士を置くタイプ。回復は途切れなく行われる。その守りに最低一人は割かねばならなくなる欠点がある。

 前衛或いは遠隔攻撃役が兼任するタイプ。適宜、回復を行い、守りも必要はない。魔力量的な問題で、長期戦には向かなかったり、失われやすい欠点がある。


 ガラハパーティーには回復専門役を置く余裕は無い。それには圧倒的な攻撃役や魔法攻撃役が必要になる。

 順当なのはペストレルが治癒魔法が使えるようになるのが一番手っ取り早い。だが彼はどんなに努力しても治癒魔法の適性を手に入れられなかった。他の者にも治癒魔法の適性が認められなかった事で、彼らのパーティーはとにかく誰も負傷をしないような戦い方を選ぶ道を歩んできたのである。

 それがここに来て、壁にぶち当たってしまった。


「あんたらもそうだろうが、俺はラダルフィーに来てこの冒険者の在り方にむかついた。こんなん冒険者じゃない。俺達で手本を見せてやると思って依頼を受けまくってきた」


 しかし、その纏めて受けている依頼の中には彼らの安全管理の枠を超えてしまうものが混ざっている。それでもその依頼を弾いているようでは、お手本だなんて胸を張って言える訳が無い。これまでは少しずつ無理をしてギリギリ誤魔化しながらやって来たが、黒鎧豹ブラックアーマーパンサーほどの強敵となるとその問題が明確に表出する形になってしまった。


「どうやらここいらが限界みたいだ。俺は自分の意地の為に仲間を失いたくはない。この先は、俺達の安全管理を越える依頼はチャム達に任せようと思う。悪いな、恥掻かせて。俺がもっと早く考えなきゃいけなかったんだ」

 ガラハは仲間達に頭を下げる。

「私こそ申し訳ありません。参謀役として何らかの提示をすべきでした。何もかもをリーダーの貴方に被せるつもりはありませんから」

 ウィレンジーネやオルディーナ、チッタムも頷いてガラハを労わる言葉を掛けていく。


「チッタム、あなたは治癒適性出なかったの?」

 光系の遠見や風系の集音といった特殊な魔法に適性が出る場合は、往々にして水系特殊の治癒にも適性が出る場合が多い。

「無理でした……」

「そう? もう少し試す価値は有りそうな気はするけど。フィノ、後で見てあげてくれない?」

「はいですぅ」

 申し訳無さそうな顔を見せていたチッタムだったが、小首を傾げてフィノを見る。

「コツを教えるんで試してみませんか?」

「お願いです」

「喜んでですぅ」

 話が纏まったのを確認すると、チャムは振り向いてカイを見る。

「当座を何とかしないとね。刻印棒を作れないかしら?」

「お安い御用だよ」

 練習を始めるのは早いほうが良いが、だからと言ってすぐにものになる訳ではない。彼女は目の前の問題を放置する気が無かっただけだが、それを聞き逃せないのは彼らのほうだ。

「何だって!? 君は刻印士なのか?」

「そうですよ。僕の武装を見たでしょう?」

 そう言われても、自家製だとは普通思わない。

「そうだとしても治癒刻印棒はとてつもなく高価な筈だが、その刻印を知っていると?」


 治癒刻印棒という物も存在する。ただし、治癒刻印開発に掛かった時間も人員も膨大なもので、その権利の為に治癒刻印棒は一般人には手が届かないほど高価な代物となっていた。


「市販の刻印は知りません。でも、チャムの光述を書き込むのは簡単ですから」

「光述!?」

 チャムがサラサラと空間に光述して見せると、ペストレルは目を剥いた。

「古代魔法じゃないか!? どこでそんな技術を!」

「ちょっと伝手が有ったのよ。私はこれしか使えないから」

 彼らはチャムが魔法剣士と名乗った時は、牽制の簡単な魔法が使える程度かと思っていた。実戦の中で彼女が使わなかったからだ。

「頼める?」

「良いよ。そんなに手間じゃないから今、ちゃちゃっと作っちゃうね」

「君達には驚かされてばっかりだ」

 彼は疲れた顔をして、力無く空虚な笑いを見せた。


 ミスリル棒を作り出すと、そこにチャムの治癒キュアの構成を読んで刻印するカイ。

「悪いけど隠させてもらいますよ。あまり見せびらかしたくないですから」

 起動線だけ引き出して、記述面にはミスリル板を融着させる。チャムが目配せをして、阿吽の呼吸で同じ物を二本作り上げた。

「一本は話し合って誰が持つか決めたらいいわ」

 一本をチッタム、一本をウィレンジーネに手渡した。

「わたし?」

「そうよ。魔法を上手く習得出来なくとも回復役に適しているのはあなた」


 カイが腕を浅く傷付け、ツーッと流れ出す血を指差した。チッタムは慌てて刻印棒を押し付け、起動線に魔力を流し込む。傷はみるみる癒え、血を拭き取ると傷一つない皮膚が現れる。


「わたし、これでみんなを癒せる?」

 チッタムははらはらと落涙する。チャムは深く頷いた。

「わたし、これでみんなの為に前に出れる?」

 刻印棒を抱き締めて、いつにない大きな声で訴える。戦闘中には前に出られず、仲間が苦労しているのを見続けるしか出来ない自分が、大きな心の負荷になっていたようだ。

「わたし、これでみんなの役に立てる?」

 チャムは、同じく涙を流し始めたウィレンジーネとオルディーナのほうへ彼女の背中を押す。

「仲間を庇おうっていう思いを否定はしないわ。とても大切な事。でも私は仲間を庇いたいって思って間に入るのは『気持ち』で、仲間を救いたいって思って敵に一歩踏み出すのが『絆』だと思う」

 チャムは誰もが見惚れるような微笑みを浮かべている。

「だってそれは、今度は自分が窮地に陥っても仲間が助けてくれるって思うから出来る事だもの。仲間を信じ切っていないと出来はしない。それが『絆』じゃない?」

 抱き合って泣いている三人と、それを見守る二人の光景をとても美しいと思った。


「ところが困った事にここにほぼ十割『気持ち』で出来ている人が居るわ」

 チャムは隣の人物の腕を取る。

「えー、僕だって仲間の事は信じているよ?」

「でも、いざとなれば必ず前に出るわ。それはこの人の強い強い思いから来るもの」

 取った腕を反対の手でポンポンと優しく叩く。

「それがあなたの強さの原動力なのだから、それで構わないと私は思う。その強さに引っ張られて引き摺られているのが私達。その繋がりが私達の『絆』よね、きっと」

「ただ引き摺られていると痛えからな。俺達は一生懸命駆けてないといけねえ。これが結構しんどいんだぜ?」


 トゥリオは滑稽な感じに、走るポーズを取る。足元ではリドがそれを真似している。チャムとフィノが指差して笑った。ガラハ達も引っ張られるように涙を零しながら笑う。


 その涙を彼らはずっと忘れる事は無いだろう。

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