奉迎の使者

 温泉宿で数泊して命の洗濯をした冒険者達は再びゆったりとした旅路に戻る。

 都市部や観光地はさすがに賑わいを見せているラルカスタン公国ではあるが、そこを離れると実にのんびりとした時間が流れている。西部を流れる大河を越えて、小都市国家群が近い辺りまでくると完全に過疎地で、ほとんど人の姿を見られなくなった。


 この小都市国家群もロードナック帝国にかなり併呑されてきているが、一定のところからは侵攻が止まっている。それにはラルカスタン公国のような明確な理由が無く、誰もが首を捻るらしい。


 どんな過疎地であろうと四人と一匹と四羽は慣れたもので、笑いの絶えない旅路であったが、黒髪の青年が眉根を寄せると相応の緊張感が走る。


「これ、何だ? すごいな。うっかりすると意識から逃げられそうになる。溶けると言うか馴染むと言うか……?」

 カイらしくない非常に曖昧な表現が並べられた。

「何だそりゃ? 危険なものか? 人か、魔獣か、獣かくらいお前なら区別が付くだろ?」

「分からない。襲う気で待ち伏せている獣なら多少は気配がするものだけどなぁ?」

「一応、雷系で待機状態ですぅ」

 相手に外傷を負わせない方向でフィノは対応準備をしてくれている。

「ちょっと待って。そのまま行って。お願い」

「分かった」

 チャムのお願いを断る事など余程でなければ無い。


「ふぁっ! はわぁ ── !」

 あまりの事に仰天したのはフィノだ。

「あ、あ、あ、あれ……、あれはぁー!」

 街道脇の茂みを分けて人影・・が進み出てきた。彼らの持つ明確な人種的特徴が彼女を驚嘆させたのだ。

「も、森の民ですぅ!」

 その人影は緑色の髪と、そこから長く伸びた耳の持ち主だった。


「姫様、どうか一度お戻りなさいますよう、申し上げます」

 現れた森の民の男女は、チャムの前に進み出ると跪いて首を垂れる。

「それは父か母の指示? それともムルダレシエン?」

「いえ、私どもからのお願いにございます」

「……彼らも一緒なら構わないわ」

 少し考えた彼女はそう答える。

「お戯れを。そちらの男、『神ほふる者』でありましょう? 姫様のお側に置くなど不合理極まりない事と存じます」

「そう。あなた達、彼と引き離したいから帰れって言っているのね?」

「どうか伏してお願い申し上げます」

 平服しているが、緑眼は冷たく見下ろしている。

「聞かない。帰りなさい」

「そんな! 姫様!」

 緑髪の女性がチャムに縋りついた。

「あなた達は間違えている。そんな理由で彼を蔑む事など許さない。この人は『神ほふる力持つ意思』よ。私の判断が信じられなくて?」

「いえ、そのような事は!」

「じゃあ、どっちを選ぶの?」

 彼らは渋々ながら承服の意思を見せた。


「あの……、これは、どういう……?」

 気後れと興味がない交ぜのまま、フィノは恐る恐る質問する。

「彼らはエルフェン。眷属よ、フィノ。何となくは察しているのでしょう?」

「……はい。チャムさんがいわゆる神使の一族だっていうのは。でも……」

「こちらのお方はゼプルの姫君。正当なる後継者であられます」

 その名は獣人娘にとっても完全に予想外であった。

「ゼプルぅ! だって、それは……」


 フィノは過去、ゼプルに関する資料を読み漁った経験を持つが、その中に神使の一族との関連性まで触れられていた物は存在していなかった。

 彼らが『ゼプル』に触れたのは、ホルツレイン北部密林の中。ナーフスの研究施設跡らしき遺構を発見した時だ。それによってバナナに似たナーフスという果実が三倍体である謎に迫る事は出来たのだが、その施設は構造上、科学技術に属するものだからこそ、優れた科学技術文明を誇ったとされる『ゼプル』と繋げたに過ぎない。

 卓越した魔法技術を蓄積し、その粋である聖剣を製作出来る神使の一族と、科学技術文明のゼプルを括って考えるなど誰にも不可能である。


「でも、ゼプルは錬金に近い技術に精通しているんではないかとぉ……?」

 魔法文明を発達させたこの世界では「科学」という言葉が咄嗟に出てくるほどに一般的ではない。僅かに近いのが変形変性魔法を礎にする錬金魔法くらい。

「あれは技法局の仕事よ。魔法局とかの他部署と違って、魔法をほとんど使いたがらない人の集団なの。ああ、そうだわ。帰ったら、後始末が足りないってとっちめてやらないと」

「それじゃあ、神使の一族がそのままゼプルって事なのですかぁ?」

「そうね。我々が自分達をゼプルって呼んでいるのが正解。神使の一族って呼ぶのは外の人」

 重大な秘密に触れたフィノは息を飲む。

「なるほど。その全てが形ある技術の産物だから遺跡として残ってしまう。そこから学者達は別の文明の遺産だと誤解したまま今に至るって感じだね?」

「意図的に誤解させたままって言わないでくれてありがとう」

 カイならその程度はお見通しだろう。

「だがよ、あの遺構ほどはっきりしたのは珍しいって言ってなかったか? 何でだ? 秘密のままにしたかったんじゃねえのか?」

「襲われたの。急いで逃げ出さなきゃいけなかったのよ」


 あの場所に研究施設を置いていた頃、西方ではやっと人族の国が興って間もなくだったと言う。

 当時、ゼプルは部族生活から脱皮したばかりの人族の国に、魔法や科学の技術支援を行っていたらしい。それらの技術は人族達にとって垂涎の的で、より多くを望むばかりに軍を派遣して略奪にやってきた。

 それを事前に察知した技法局の研究員達は施設を破壊すると同時に撤収したそうである。チャムは、その後始末が杜撰だったと指摘しているのだ。


「この男も西の民の末裔にございます。危険ではないかと?」

 ゼプルの施設を襲った国の名はトレバ王国。後のトレバ皇国である。そこから枝分かれしたフリギア王国も、同じ祖を持つ人族だと森の民の男は睨み付ける。

「おいおい、そいつは勘弁してくれ。確かに俺らの祖先かもしれねえが、何百前の話だっつーんだよ」

「二千近く前よ。それ以来、ゼプルは西方に転移魔法陣以外の固定施設は置いていないわ。調査に赴く程度」

「うう……、二千前の事とは言え、済まなかった。この通りだ」

 そのほうが丸く収まりそうだと思ったトゥリオは深々と頭を下げた。


 トレバの皇王が、神使の一族の末裔を名乗っていたのは、その出来事が元となっているのではないかと麗人は語る。

 一部でもゼプルの技術を奪い取った当時の王は、自らが神使の一族の一員のように振る舞ったとしてもおかしくは無い。そうする事で、自らのカリスマ性を高める目的で名前を利用したのだ。

 そして時が流れ、言動だけが建国史のように扱われて記録され伝わってきたのだと予想する。


「そうか。西方は神使の一族……、ゼプルに見放されちまっていたのかよ」

 自分の血の罪の重さを口にする。略奪したもので繁栄を謳歌していたのなら、罪は罪だと大男は感じてしまっている。

「見放してなんてないわよ? ちゃんと西方に魔王が発生した時は、そこに聖剣を与えた勇者を導いたわ。そう記録には残っているもの」

「世話の焼ける馬鹿どもで申し訳ないな」

「そんな事、気にしなくて良いの! それが私達の存在意義なんだから。だからこんな身体に生まれ付いているんだもの」

 チャムの溜息は深い。


「どうしてもお連れになるんですね?」

 緑髪の女性は苦悩に顔を歪めつつ言う。

「くどいわ。私だって考えあってこうして行動しているの。いつかは連れていく予定だった」

「致し方ございません。承りました。では」


 森の民の男は、カイに向けて光述を綴った。

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