光る海底
(何だ、あれ?)
海底に薄く緑色の目が開かれている。それも一つだけだ。
(いや、海底全体が光っているように見える。沈殿物が発光している?)
深度的にはぎりぎり
(どういう事だ? これは普通の現象ではあり得ないね。それに確かに温かい)
ロルヴァに『熱き海』の意味を問う質すと、そのままの意味だという。熱いというほどではないが水温が高いのは間違いなく感じられるらしい。
海底がより近付くと、ロルヴァがしきりに緑の目を指差している。あれが目的の物らしい。
足が付く頃になるとそれの正体が見えてきた。彼の指示合図でゆっくりと海底に足を付けると皆が目を覗き込む。それは口を開いたカンム貝だった。
中身全体が緑色に輝いているように見えるカンム貝が貝殻を開いていると、緑色の目が開いているように見えていたのだ。その証拠に、ロルヴァが触れると一瞬にして口を閉じてしまった。どうやらそれが
見失わないよう、すぐにそのカンム貝を持ち上げる傍らで、四人は周囲を見回す。同じようなカンム貝が居ないかと思ったからだ。だが、一生懸命目を凝らしても、同様の光を見つけることは適わない。希少価値が高いのは、やはりなかなか獲れないからだろうとこの時は思っていた。
(さて、本番はこれからだけど…)
浮上しようと合図を送ってくるロルヴァに、待ての合図を返して留める。彼らは
(やっぱり簡単な話じゃなさそうだな)
水温以外の違いを見出そうと、手を差し上げたカイは『解析』を働かせる。
まず感じられたのは、塩分濃度がこの辺りだけ微妙に高いという事。そして、他では感じられなかった成分が怖ろしく多種多量に感じられる。特に多様な金属イオンが浮遊しているのが分かった。
(これはたぶん想像通りの物が有ると思うんだけど、確認はしておかないといけないな)
獲れたカンム貝をしっかりと紐で括って腰に下げさせると、ロルヴァに鼻クランプの気膜を作動させるように合図する。彼は大丈夫の合図を返したが、これから向かう先には気膜無しで近付くのは問題がある。チャムに厳しい顔で指を突き付けられた彼は観念し、刻印をなぞるに任せたのだった。
水温の高いほうを目指して進む。
深度
その変化が濃厚になっていくほど、仲間達は不安感を共有したいのか見合わせるようになり、カイを振り返る頻度も多くなってくる。その都度、彼は大丈夫の合図を送り返した。『解析』で、短時間で人体に作用を及ぼすような成分は検出されていない。
しばらく進んだ所でトゥリオがじたばたとしたかと思うと、しきりに一方向を指差す。彼の視線を追っていたロルヴァもギョッとして硬直していた。
チャムも目を凝らしてそれを発見するとカイを振り返り、(あれなの?)と言うように首を捻ってくる。一つ頷いて前に出たカイの目にもそれが見えてきた。
そこには見慣れない物が火山のように聳え立っていたのである。
◇ ◇ ◇
それは専門用語で「チムニー」と呼ばれている。学術的に言うと熱水噴出孔というのが正しい。
簡単に言えば海底温泉で、火山活動に伴い、地熱やマグマで熱せられた熱水が噴出している箇所を指す。地上であれば、温泉であったり間欠泉であったりする。
地下水や浸透した海水が加熱されたものなので、地下で溶出した各種の化学物質を多量に含有している場合が多い。特に鉱物の含有が多いのも特徴と言えよう。
その化学物質を目当てに、特殊な生態系が形成されるのも特徴だ。有機合成を行うバクテリアや細菌などが生息し、それを補食するチューブワームのような環形動物や甲殻類がその周囲のみを生息の場とし、異様な光景が見られる場合がある。
◇ ◇ ◇
(これはおかしい。予想と違う)
そこはカイが想定していたのとは違う状況が出来上がっている。
ロルヴァに『熱き海』と聞いていた時点で、この熱水噴出孔の事は予想していた。そこから噴出する熱水が海水温を上げているのだと思っていたのだ。
そして、熱水に含まれる化学物質の中に、蓄光成分である硫化亜鉛が有る事も調べてあった。
なのに熱水噴出孔周辺は、周囲の海域と異なり、暗く見通しが悪かったのである。
カイの目標物がそれだと気付いてくれたフィノが
特殊な生態系で形作られたそれは、まるで有機物で作った火山のような様相を呈していた。山頂からは毒々しい色の熱水が噴出し、山腹は環形動物の外殻で彩られている。まるで奇矯な創作家の手による造形物であるかのような、怪異な外観を曝していた。
その異様な造形に興味を惹かれたチャム達は更に接近しようとするが、それはカイによって制された。
まだ
(やっぱり熱水噴出孔近くは順応した生物しか近寄れそうにないな)
そのまま、高さが
(困ったな。取っ掛かりになるものを見つけられると思ったのに、何も見つけられなかった)
彼の想像では、チムニーの周辺にはカンム貝の餌になるプランクトンの一種が存在すると思っていた。
そのプランクトンは、熱水に含まれる硫化亜鉛を吸収し、その身体を光らせているのではないかと考えていたのだ。それが周囲の海域に拡散し、カンム貝が餌とする事で
(だったらチムニー近辺はもっと明るく光っている筈だと思っていたのに、あの周りには普通の生物は近寄れない)
根本の部分が引っ繰り返されて、カイはこの問題にどう対処すればよいか分からなくなってしまう。
海底が光っているところを見れば、熱水噴出孔から拡散した硫化亜鉛が周辺海域に堆積しているのは分かる。だが、カンム貝が直接その堆積物を体内に取り込んでいるとは考え難い。必ず何らかの生物が中間に介在していなければおかしい。そうでないとカンム貝の体内で生成する真珠質に多く含まれるほど、硫化亜鉛が濃縮されないと思う。
好んで硫化亜鉛を取り込むような生物であれば、それは熱水噴出孔からの化学物質に依存している生物であるはず。なのに、チムニー周辺は暗い海底で、そんな生物が居るようには見えなかった。
(やはりカンム貝が堆積物を取り込んでいるのだろうか?)
最初に降り立った辺りの海底に戻ったカイは、取り出したビンに堆積物のサンプルを掬い上げながらそんな疑問を浮かべる。
(それだとダメなんだ。
今後もロルヴァは、この危険な海に潜り続けなければならないし、ミーザは夫を失う恐怖と戦い続けなくてはならない。
考えに没頭して緩慢な動きを見せる彼に、仲間達はただ着いてきてくれている。
振り返った苦笑いのカイは浮上の合図を送った。
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