現実と真意
「山出しも結構です。時に好感を持たれるのは間違いありません。しかし、君が勇者と公言して各地を探索すると言うのであれば、もっと政治情勢と自分の立ち位置の把握に努めなければなりません。目を背けるからこうして政治利用されてしまうのですよ?」
それはあまりに胸を貫く諫言であった。勇者一行の面々は顔を顰めて地に目線を落とす事しか出来なかった。
「君を利用しようとする者は遠慮などしてくれないのですよ?」
「確かにそれはあたし達の落ち度だわ。謝るしかないわね。ごめんなさい」
「今回の事で君達に瑕疵が有るとすればそれだけです。僕自身は何ら思うところは有りませんから気にしなくとも結構です。騒ぎ立てもしません。ただ、今頃あの王宮の窓からこちらを見てほくそ笑んでいる者が居ると言う事を忘れないように」
愕然としてケントは王宮のほうを見上げる。先刻、カイを質す為に指差した先には、彼を陥れる企みを持つ者の目が有ったと言う事に驚愕を隠し得なかった。
「何でだ? 教えてくれ! そこまで解ってて何で放置する! 正義に反するだろう?」
「あながち、そうとも言えないのですよ?」
ケントの疑問に答えて説明を始める。
カイは国王を始めとした革新派に属していると目されている。彼自身はホルツレインを本拠地としているだけで、国民でもなく名誉騎士の位を持っているだけの人間だ。しかし、国の在り方とまでは言わないまでも国民の生活と意識を変えようと考えている革新の志を持っているのは同様である。
対して、反魔闘拳士派を含む保守派から見れば、彼は革新派の急先鋒にしか見えないのだ。だからこそ取り除こうと手管も屈指してくる。この一件もその一端に過ぎない。
革新派にとって保守派は政敵であり、叶うならば排除を目論んでいるのも事実だ。ただし、カイは保守派の排除には決して熱心ではない。降り掛かる火の粉は払い除ける事もするが、能動的には動こうとはしない。
その理由をケントは求めているのであろう。
それは難しいといえば難しいし、実に単純な理由でもある。
カイは保守派が全面的に間違っているとは考えていないからだ。逆に彼らの考えも一面では正しいとまで思っている。
九百年余りに及ぶホルツレイン王国の歩み。それは旧態依然とした貴族社会ではある。しかし、その形で安定してきたのは間違いない。細々とした問題は多々あれど、或る意味それがホルツレイン王国なのだ。
政治の体制を大きく変えようとしたら、必ずと言っていいほど同じくらいの力での揺り戻しが有るのは容易に想定出来る。それが内乱という形で噴出しかねないのは事実。
保守派はそれを怖れて変化を求めようとしない者達の一派。つまり、王国を乱したくないという思いがあまりに強く働いているが故に、反発心が過激に表れているだけの集団なのである。もちろん、その裏には既得権益の維持などの思惑が無いとは言えない。だが大筋として、王国の未来を憂いての行動であるのも確かなのだ。
だから、カイは彼らを実力を以って排除しようとは考えていない。少しずつ変化を促し、それが彼らの心にも浸透するくらいの速度で大きな変化に繋がればいいと思っている。
極力、政治的変化を促すような発言を控え、関与する時は現体制の維持と未来の為に、本当に少しずつ働きかけていっている。理想は有るが、それはずっとずっと先の話で構わないのだ。
「そこまで深く考えているのか、君は?」
鼻息荒くカシジャナンが問い掛けてくる。ミュルカも瞠目して感嘆を禁じ得ない様子を見せた。
「君達が指摘したように、僕は政治家ではなく武人に過ぎません。一国との関わり方はもちろん、その政治との関わり方には細心の注意を払っています。それでも理想があるのですから、働きかけ方は選びます。政治に携わる方々に未来の在り様を少しずつ説き、国の礎になる方々には僅かずつ意識の変化を求め、未来を担う子供達には知識と希望を与える。僕が出来る事はそんなものなのですよ」
「簡単に言うけど、それってすごく大変よ」
ミュルカは直に伝えてくるし、政治に詳しいララミードも頷いてきている。
「理想や信念にはそれなりの対価が必要でしょう? こうして代償も払っているのですから、語る権利くらい有っても良いのではありませんか?」
口元を拭って血に染まった手巾に目を落として言ってくる黒髪の青年を否定出来る者は居なかった。
「俺、お前に酷い事をしてしまったな」
未だ睨み付けてくる事を止めないフィノのほうをチラチラと見つつ、ケントは後悔の念を口にする。
「構いませんよ。これは仕組まれた事であり、責任があるのはその人物です。だからと言って、今度はその人物に絡んでいってなどしてはいけませんよ。永く政治中枢に在る策謀家にとって、君は赤子の手を捻るように簡単に騙せる相手なのです。余計に深みに嵌められてしまうだけですからね?」
「解った。思い知ったよ」
釘を刺しておかなければ、新たな騒動の種になり兼ねない。
既に今回の一件は、彼らを説得出来たとしても、相手方に軍配が上がっている。早晩、カイの敗北はホルムトの人間全てが知っていると言っても過言ではないだろう。なぜなら、王家番が彼らの組手の様子を子細に描画していたからだ。
おそらくは、勇者一行の動向に関しては一切合切が取材許可の対象にされていたのだと思われる。それも頷けるというものだ。勇者の来訪というのは、国にとって一大行事のようなものだと言っていい。それを事細かに伝え、勇者が満足する様子を市民に広報するのは王国にとって大切な務めになる。
そしてこの組手の結果は秘される事無くつまびらかにされる事だろう。
「止めさせるか?」
トゥリオがカイに尋ねてくる。
「いや、事実を曲げる必要も隠す必要もないよ。魔闘拳士より勇者が強かった。そんな当たり前の事でも、皆が知っていた方がいいんじゃないかな? だって、ただの人間に負けるようじゃ、魔王に勝てるなんて思えないじゃないか?」
「全く以ってそうだな」
美丈夫の顔にも悪い笑みが浮かんでいる。
魔王は彼らで倒してしまっているのは事実でも、一般には勇者一行がこれから倒す予定であってもらわねばならない。それなら魔闘拳士よりは勇者のほうが強くないと困るのである。
「まあ、あんたらにも良い勉強になっただろ? 上手に立ち回らなきゃ食いもんにされるだけだぜ? あいつら、場合によっちゃ魔獣よりたちが悪ぃからな」
トゥリオが王宮を親指で示しつつ言うと、ケント達は神妙な顔つきになっている。
「悔しいがお前の言う通りだな。俺は世の中を甘く見てた。これからは気を付ける」
一言の下で否定されるとは彼も思っていなかったが。
「無理よ」
その言葉にケントは驚いてチャムを振り返った。
「
社会の現実に触れる機会など無いと断じられてしまう。全部を理解し切れなくて振り向いたケントの目には、視線を逸らすカシジャナンやララミードの姿がある。ミュルカが頷いて返すに至って、それが紛う事無き真実であると知った。
「それは、また同じような事があれば俺は騙されるという事か……」
それどころか彼を世話し、崇め奉るべき教会そのものが勇者をどう利用するか解らないとも言えるのだが、チャムもそこまでは言及しなかった。
「だったら……。だったら余計にだ! あなたは俺の仲間になって、俺達と一緒に旅をしてくれ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます