勇者の願い

「何でよ?」

 突然の勇者ケントの発言に、チャムは訝しげな顔で応じる。

「あなたなら社会の事に通じているみたいだし、勇者の使命の事にも詳しいじゃないか。一緒に居てくれればこんなに心強い仲間はいないと思うんだけど?」

「あんたには心強い仲間が居るじゃないの。なんで私に声掛ける必要が有るのよ? そもそも皆、呆けた顔してるじゃないのよ。どうせあんたの一存なんでしょ?」

 確かにティルト以下の仲間達は、この突然のケントの発言に呆気に取られている。

「いや、まあ確かにそうなんだが、みんなも思うだろ? チャムさんが居れば、今感じている不安が無くなるって」

「言わんとしている事は分かるけど。ケントとティルトはただの田舎者だし、ジャナンは知識が有っても経験の足らない頭でっかち。ララミィはむしろ世間の常識に疎いほうで、あたしだって世情に通じてはいても政治向きの事はさっぱりだわ。彼女はそういった知識のバランスは良いみたいね。でも、そういう事って普通、事前に相談してくれるものじゃない?」


 ミュルカは意見の取り纏め役としてケントの暴走を咎める。幾らなんでも一言言わなくてはいけない状況だ。彼らは勇者を中心にしたパーティーではあっても、彼に追従する腰巾着などではない。


「信じられない。下心、見え見えじゃない」

「なっ! 馬鹿な事言うなよ。俺にしては理論的な意見だろうが!」

 弁明しているが、動揺している段階で認めているようなものだ。ララミードはそれが面白く無くて仕方がない。

 他の皆も、さもありなんという顔をしている。視線が痛いケントの背中はもうびっちゃりである。


 それまで沈黙を保っていた場所で爆発が生じる。

「もー、あなた達は何なんですかぁー!」

「ぢいぃ ── !」

 フィノと、彼女の肩とで二本の尻尾がブワッと膨らんで怒りを示していた。

「黙って聞いていたら出鱈目ですぅ! カイさんをこんな目に合わせておいて、その前でチャムさんにまで手を出すつもりですかぁ!? 無茶苦茶も良いところですぅ!」

「ちるーぢぃるー!」

 ケントに突き付けた指がわなわなと震え、リドは背中の毛まで逆立たせて威嚇する。

「この人、頭がおかしいですぅ! フィノだったら、こんな人に世界の命運なんて絶対に預けたくありません!」

「ちょ、ちょっと待って! あなたの気持ちは分かるからちょっと待ってね」

 ミュルカは両手を振ってどうにかフィノの怒りを収めようと必死だ。それもその筈、この一幕は勇者の名誉も信用も失墜させるに足る事態である。

「ケント! あんたも今は止めなさい。自分が何をやらかしたのか思い出してみなさい!」

「う……」

 未だ生々しい状態の血痕を示されれば返す言葉がある訳もない。

「そうだな。この話は改めて、で良いのか?」

「そうよ」


「嫌よ」

 纏めようと思ったミュルカだったが、纏まってくれないらしい。彼女は大きな嘆息を吐く。

「はっきり言っておくわ。私はあんたの仲間になんかならない。変な期待は持たない事ね」

「でもっ!」

「もう止めてくれ、ケント。あまりに状況が悪いだろ? 聞き分けろよ」

 幼馴染の魔法士に真正面から睨まれれば、勇者も矛を収めざるを得なかった。


「騒がせて悪かったわ。ちゃんと言い聞かせておくから勘弁してね。ごめんね、えっと、フィノ」

 まだ膨らんだ頬が収まったりはしなさそうだが、とりあえず彼らが目の前から消えるのが最低条件だと思って移動を始める。ケントはティルトに背を押されて歩を進める。だが、チラリチラリと振り返っているところを見ると未練たらたららしい。


(これはちょっと……、いや結構面倒な状況になっちゃったな)


 急激に失った血でふらついていた足元も何とかなって立ち上がったカイは、勇者一行の背中を見送りつつ思うのだった。


   ◇      ◇      ◇


 話し合いの為に自室に戻った勇者パーティーの面々は、輪になって意見を交わす。


「心に決めるのは良い。お前が勇者なんだから出来るだけ尊重するさ。だが、動く前に相談はしてくれよ」


 王宮の廊下を自室へと辿っていた時は沈黙に支配され、微妙な空気が漂っていた。室内に入ってもその延長のように沈黙が続いていたが、打ち破るようにカシジャナンが口火を切った。


「そう思ったのも急だったんだ。だってあの剣技を見たろ? 俺達だって相当強くなってきちゃいるが、一対一でまともに打ち合える人間がどれだけ居る?」

「ああ、たぶんお前だけだろ」

 その主張は認める。剣士としては飛び抜けた実力者だというのは皆が認識しているようだ。

「だが、それを言ったら魔闘拳士はどうなんだ? 勇者と五分に渡り合える人間なんて初めて見たぞ。戦力という意味では彼の方が上だろう?」

「いや、無理だ。あいつとはどうあっても合わないと思う。仲間にはなれない」

「それとなくは察していたがな」

「すげえ頭が良いんだろうさ。自分の立場も、政治の事も、経済の事も、国の未来さえ考えているのは解った。しかも、それみんなを民人たみびと寄りで考えてる。悪人じゃないのはよーく理解したさ。だが、あいつの口からは神の御名は一度も出てこなかった」

 四人は思い起こしてみる。一字一句とは言えないが、確かにケントの言うように神の事や宗教的な発言は無かったように思える。

「あいつはきっと神様の事なんて信じちゃいないんだ。何もかもを自分の力でやろうとしている。それってすごくおこがましい事なんじゃないか?」

「最後のほうはともかく、確かにあんたの言ってるように信仰は感じられなかったわね」

 ケントにしては機転の利いた視点だとは思う。


 勇者が選ばれるのも、勇者が聖剣を賜れるのも神意が基になっている。信仰を基本とした彼らの中に、信仰を持たぬ者が混ざる事など有り得ない事なのだ。

 それは輪を乱す行為に他ならない。場合によっては神意を失ってしまい兼ねないほどに。

 彼らの力の元は信頼関係にある。それはジギリスタ教の司教の言葉にヒントは有った。『勇者』が『信頼』する『仲間』こそが勇者パーティーに選ばれる。それは技量に拠るものではない。そして、勇者が仲間に選んだからこそ、彼らの能力は飛躍的に向上している。

 議論の結果、それは勇者が信頼し勇者を信頼する者達が、魔王討伐の旅の共として神力によって得るものなのだと結論付けた。


「そういう意味なら、あの青髪の女だって信頼関係なんてないじゃない?」

 ララミードは指摘してくる。

 確かに彼女は出会って間もない上に、それほど会話を交わした訳でもない。しかも、明らかに距離を取っている印象さえある。

「チャムさんは神と勇者と教会の関係を良く理解しているじゃないか。信仰がなければそうまで正しく理解なんて出来ない筈だろ? 後は説得して、信頼を得ればいいし」

「本当にそんなに都合が良くいくと思っているの?」

「やってみなきゃ分からないだろ? あんなに勇者の事を知っているなら彼女自身だって世界を魔王の脅威から救いたいって思っているんじゃないか? その為にあんなに剣技を高めて……」

「全部ケントの想像じゃない! そうなら良いって思ってるだけ! 大体……」

 キャンキャンと煩い議論はいつまでも続いて平行線を辿るだけだろう。


 正直、カシジャナンは、ケントが魔闘拳士を嫌ってくれて助かったと思っている。

 あれほど弁の立つ相手だ。言われた通り山出しのケントを手玉に取るなど造作も無い事だろう。もし彼が仲間になったとしたら、間違いなく自分達パーティーは上手に使われてしまうのが落ちだと思える。

 出来れば、魔闘拳士の近くに居る青髪の美貌にも近付いて欲しくないのだが、それは無理そうだ。


 それくらいケントは彼女に執心だと見えた。

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