勇者というもの
再び座らされたカイは、心配したフィノによって
三々五々集まってきた親しい者達も案ずる声を掛けては、笑顔で応じるカイに胸を撫で下ろしていた。
「しかし、なかなかに横暴な人物だったな。勇者というのはあんな感じなのか?」
アサルトは顎に手を当て、狼頭を捻りつつ言う。
「甘やかされているのよ」
「甘やかす?」
「教会が吹き込んでいるってこと。勇者様の使命は魔王を倒す事、その一事に限ります、とね。それ以外の事は教会に任せて邁進していただきたいって感じで」
それもその筈、魔王に対する人類の矛が自分の正義を疑ってしまうのは非常に困る。なので出来るだけ世情からは隔絶させようとするのだという。
「真っ当に育たんのではないか?」
「そうよ。極力純粋に育ってくれないと困るわけ。だって、魔王を前にして何も考えずに突っ込んでいってくれなきゃいけないんだもの。色んな世情のしがらみに引っ張られたら役に立たないじゃない?」
「まるでただの武器だと思っているようだ」
「そう思っているわ、特に教会は。そういう機能を持つ道具に、ちょっと心みたいな余計なものがくっついているってくらいに思っていてもおかしくない」
それはあまりゾッとしない話だ。
「勇者とは神の捨て駒か?」
「それは違うわね。神は魔王という逆境を、人が人として乗り越えてくれる事を望んでいるはず。その為に
チャムは眉根に皺を寄せて続ける。
「勇者を道具のように扱い、その可能性を狭めているのはいつも人間の側。時に政争の具のように扱った時代も有ったようね」
政争の果てに勇者が弑された事が有ったようだ。極東で発生した魔王は猛進を開始し、東方の三分の二を蹂躙して版図に置いたそうである。中隔地方に生まれた新たな勇者が育ち、反攻を始めるまでの暗黒時代の傷跡は相当深かったようだ。
それを悔いた教会は、以降の勇者を完全にその管理下に置き、各国の為政者の介入を排したそうだ。国政側からの要望は、教会の採択を受けない限りは勇者に伝えられない仕組みが作り上げられたという。
それから時が経ち、その仕組みも緩みがちになってはいる。ホルツレインのように政教分離を唱えるような革新的な王国まで出てくるようになっては、この仕組みの盲点が曝け出されてきているのも事実。
今後は注意しながらも柔軟な対応が望まれていくだろうと思われた。
「でも東方、特にジギリスタ教は旧態を重視しているところが有るわ。今回、帝国で勇者が生まれたのだと聞いた時、ちょっと心配だったのよ」
勇者一行が去った先を眺めながら彼女は懸念を口にした。
「その結果が、強いだけで中身が空っぽの勇者という訳なのかぁ」
「ひでえ事言うなよ。当たらずとも遠からずだけどよ」
カイの辛辣な意見にトゥリオは苦笑しつつ追従する。
「あれでも一本芯は通っているでしょ? 魔王を倒すのが自分の使命という信念と、自分の正義を疑わない心という芯が」
「絶対、迷惑千万ですよぅ、あんなの」
「あんなのとか言わないの。今回は明らかに負の方向に働いたけど、在り方としては理想的と言えるかもね。要は利用しようなんて考えた人が悪いと思って」
「フィノだってすごい田舎者ですよぅ。でもあんなに無防備じゃないですぅ。これだけは譲れませんよぅ」
獣人少女は完全に反勇者派に傾いてしまったらしい。
「彼は君ほど苦労はしていないんだろうね。裕福とは言わないまでも幸せに育って、その中で勇者である事を突き付けられちゃったのかな?」
「そんな感じね」
「フィノって苦労人なのですか?」
あまり自覚は無いらしい
「人一倍ね。君はその中できちんと身の振り方を学んで、その上で更に知識を含めた自分を磨いてきた。無理して事故に遭ったりしないで生き延びる事が出来れば、僕なんか居なくても道は拓けていた筈だよ」
「そんなに褒めないでくださいよぅ」
「ちゅり~」
フィノは身悶えして、その頭の上ではリドが真似している。
「フィノはカイさんと一緒が一番ですぅ。こんな幸せ、絶対に手放したりしませんからぁ」
「そんなのこっちから頭を下げてお願いするから大丈夫だよ」
「そうよ。変な心配しないの」
チャムに腕を取られた彼女は、その肩に寄り掛かる。
「どうするよ? ありゃ、諦めてねえぞ?」
「僕としては出方次第だね。もし、チャムが彼らの仲間になるって言い出したら、泣いて縋るけど」
「馬鹿は止めて。さすがにそれは恥ずかしいわ」
軽口に笑顔を返し、カイは振り向く。
「さてと、
「マルテの、かにゃ?
十分に勉強にはなったかもしれないが、せっかくの時間がまだ少し残っている。
「じゃあ、パープルに頼もうかな? マルテは素手での対戦だよ」
「きゅるらっ!」
猫系獣人少女は飛び跳ね尻尾がピンと立つ。
「齧られるのは嫌にゃ ──── !」
追い掛けてくるパープルから逃げ回るマルテの姿が皆を笑顔にするのだった。
◇ ◇ ◇
テーブル上には、蒸留酒を少し垂らした
テーブルを囲んでいるのは国王アルバートに王太子クライン、政務卿グラウドの三人。政務終わりに集まった彼らは、それを肴に休憩のひと時の最中である。
「負けたか、カイは」
王家番の見出しは『魔闘拳士の敗北』だ。そこには勇者ケントと魔闘拳士の組手の様子が描かれており、異質ながら壮絶な遣り取りが解説として添えられていた。最後の聖剣がカイを貫いた部分は市民を刺激しない為に伏せてあるが、その事実は報告としてグラウドの口から告げられていた。
「やはり勇者にはロードナック帝国から魔闘拳士排除命令が下っていたと思うべきだろうか?」
「いや、それは無いでしょうな、殿下」
「彼らは工作向きではありませんぞ」
グラウドの下には様々な報告が上がっている。その中には、勇者一行が滞在している部屋に配置されている王宮メイドからのものも含まれていた。
僅かでも心得が有れば絶対にやらない行為と言えよう。意図的に聞かされていた可能性は無くもないが、それにしては白熱していた様子も綴られていた。
「ふむ、その様子であれば完全に素人であるな。話した時もそのような様子であったが、農村の出というのは間違いないのであろうな」
アルバートの顔には優しげな笑みが浮かんでいる。微笑ましい思いを抱いているのだろう。
「では、どうしてカイは負けて見せたんだろうか?」
「見せる為に負けたのではないのかもしれませんぞ? 全力ではないにせよ本気ではあったのかもしれません」
魔王を倒したという彼ならば、勇者一人に簡単に後れを取るとは思えない事を前提にした話である。
「それだけの腕前だという事か」
「曲がりなりにも勇者なのですよ? それはあれに任せればよいのではありましょうが、問題はそれではありません」
グラウドから勇者がチャムに執心である事が伝えらると、国王親子は苦い顔で声を揃えざるを得なかった。
「それはマズいな」
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