魔闘拳士の凱旋(2)

「カイ! またお前はー! 気軽にほいほいと貴き血の方々を連れ出すんじゃない!」

 近衛の列から駆け寄ってきた騎馬は、頭ごなしにカイを叱りつけてくる。

「大丈夫でしょう? その為に君が居るんですから」

「そういう問題じゃない!」

「お帰りなさい、ハインツ」

「はっ! ただいま戻りました、殿下」

 慌てて下馬したハインツはセイナとゼインの前に片膝を突いて控える。

「ご苦労様でした。良くぞ無事に戻ってくれました」

「いえ、もったいないお言葉。痛み入ります」

 この頃にはトゥリオやフィノも察してきている。

「あー、そういう方々か」

「そうよ。クライン様のところの子達よ」

 それを聞くとトゥリオも二人の前に跪く。

「エントゥリオ・デクトラントと申します。フリギア王国、デクトラント公爵家の者にございます」

「これはご丁寧に。セイナ・ゼム・ホルツレインと申します。お噂はかねがね。どうかよろしくお願いします」

「とんでもございません。王孫殿下方にはお耳汚しであられましょうが」

「いえ、フリグネルの血を持つお方であれば同格とお思いください。懇意にしてくださるとうれしく思います」


 幼き身でありながら、毅然とした態度と身の内から溢れる気品にトゥリオは舌を巻いていた。

 これを見せられると、フリギアはつくづく武骨な国だと思えてしまう。王家の者でもなかなかこうはいかない。まだまだヤンチャに王城を駆け回って大人達を苦笑させているくらいの歳だ。歴史と伝統に彩られた洗練された所作は、一朝一夕には真似出来そうにない。


「二人とも。彼女はフィノよ」

「お初にお目に掛かります。セイナ様、ゼイン様」

 ここで久しぶりのチャムに甘えるのに夢中だったゼインの目が見開かれる。

「獣人さんだー! すごーい!」

「あ、こら、ゼイン! 申し訳ありません、ぶしつけで。小さな子の事、お許しください」

 あっという間にフィノに跳び付いたゼインは、もうガッチリと彼女に抱きついている。

「そ、そんな。フィノのような者にそのようなお言葉」

「いえ、貴方方はカイ兄様のお仲間、正式には陛下から後ほどとなりますが国賓として歓迎させていただく事となりますから」

「はぁ……」


 フィノは信じられないでいた。

 ホルツレインは獣人には暮らし難い場所だと思っている。とても歓迎などされない筈だった。

 クラインは分け隔てなく接してくれてはいたが、それは戦地での事で或る程度は無礼講的な意味合いなのだと理解していたのである。ホルツレインの中心であるホルムトで丁重に扱われる事など期待していなかったのだ。

 場合によっては、ホルムト滞在中はどこかの目立たない宿にでも籠っていようかと考えていた。


「ぜ、ゼイン殿下? セイナ殿下も、お二方は凱旋式の歓迎側ホストになりますので、どうかお戻りくださらねば……」

 ハインツは畏まりながらも、説得に掛かる。段取りと言うものが有るのだ。

「いや、フィノと一緒に居る」

「おや、フィノ、愛されてるね」

「あの……、これはどういう状況で?」

「二人共だけど、ゼインは特に懐が広いから差別なんか全然無いと思うよ。何のてらいも無く君に好意が有るって事」

 フィノがしゃがむとゼインは正面から抱きついていく。

「ぼく、ゼイン」

「はい。フィノはフィノ・スーチです。フィノって呼んでください」

「うん、フィノー」

 物珍しそうに犬耳に手を伸ばす。

「殿下方、お戻りいただく訳には……?」

「この人ごみの中、城壁近くまで君が馬を飛ばすんですか? もう無理でしょう? 良いじゃないですか、お披露目、お披露目」

「お前! 謀ったな、カイ!」

「僕がずっと付いてますから心配ありませんよ」

「はい、カイ兄様のお側が一番安全です」


 こうまで言われるとハインツも降参するしかなかった。


   ◇      ◇      ◇


 凱旋行進の列に近衛騎兵が加わると、声援は一段と大きくなる。市民の敬愛する王家の方々をお守りする重要な職務に就く者達だ。人気も高ければ見目の麗しさも一つ抜けている印象がある。

 その列の中に在って特殊な一団が通り掛かると、彼らもつい首を傾げざるを得なかった。簡素な白い防具を纏ったグループが中心に据えられ、その騎鳥の背には子供の姿まである。黒髪の青年の手には無骨なガントレットが装備され、その先には銀爪が輝きを放っている。


(お、おい! まさか、あれ)

(銀爪!? 無敵の銀爪!)

(魔闘拳士様だわ!)

(我らが英雄、魔闘拳士!)

 市民の間をさわさわと声が伝わっていく。

(じゃあ、あの子供……、いやお子様方は!?」

(王孫様方か!?)

(嘘だろ? 凱旋式でもお披露目って話だったろ?)

(こんな形でのお披露目に変わったのかしら!?)

(王宮もえらい粋な計らいをするじゃないか!)

 次の瞬間に全ての市民の熱狂が爆発する。


「魔闘拳士だ! 無敵の英雄だー!」

「今回の戦争も我らの英雄が勝利をもたらしてくれたと聞いたぞ!」

「魔闘拳士様、万歳!」

「セイナ様ー! ゼイン様ー!」

「なんてお美しく愛らしい!」

「御子様ー!」

 騎鳥の背に在るセイナは、隣を歩む魔闘拳士に支えられ寄り掛かっているように見える。

「魔闘拳士が御子様方を守っている! ホルツレインの未来は安泰だ!」

「王孫殿下、万歳!」

「ホルツレインに栄光あれー!」

「ホルツレイン万歳!」

「ホルツレイン万歳!」


 セイナはパープルの背の上でカイに促されて皆に手を振り笑顔を振り撒く。ゼインもイエローの背に乗ってフィノに支えられながら大きく手を振って声援に応えている。ゼインの傍らに獣人の姿が有るのは市民の目には強い印象を与えた。


 ホルムトには獣人を劣等人種として考える迷信が根付いている。それは何が原因なのかは今もまだはっきりとは判明していない。だがこういった場合、理由は割と単純な事が多いのをカイは知っている。

 元を質せば恐怖だったり嫉妬だったりが常なのだ。魔獣を天敵とする環境下に於いて、身体能力を問えば明らかに優れている獣人のほうが生存能力が高いのは自明の理。それを認めてしまえば劣等種となるのは人族になってしまう。

 その恐怖感、嫉妬心が彼らを低い位置へ押しやろうという心の働きに変わっていくのに時間は掛からない。ほとんど魔法が使えない事を理由に人族は獣人族を劣等種族と見做す方向へと傾いていく。彼らを神に見放された者達と断じたのだ。

 他者を貶めて自らを高く見せる行為。客観的に見れば酷く醜く見えると解ってはいるのに、自尊心は容易にそのくびきからは逃れられない。それは人という生き物の業なのかもしれない。


 カイはそのくびきを壊したいと考えている。ホルツレインでそれをやろうとするならば、極めて人気の高い王家の人間の側に獣人を置くのが一番手っ取り早い。人々は、王家の方々が身近に獣人の存在を許すのに、自分達が獣人を差別するのに疑問を持ち始めるだろう。今はまだ、その一歩で構わない。人の意識にくさびを打ち込むには十分な一事になる筈だ。

 それにはゼインが適任だと考えていた。彼はリドが魔獣だと知る前も知った後も分け隔てなく仲良くしていた。

 今でこそ何の隔意も無いセイナだが、そうと知った時は僅かに戸惑う素振りを見せていたのを知っている。それは彼女のほうが精神的にも長じている結果だとは思えるが、それを差し引いてもゼインの許容範囲の広さは並外れているようにカイには感じられた。

 そのゼインならば、フィノを見ればすぐに懐くだろうというのは容易に想像出来た。実際に今も彼はフィノの毛皮や犬耳に並々ならぬ興味を示しており、ペタペタと触っている。


 その様子を見て、ムスッとしている者が約一名居るが、見て見ぬ振りするカイだった。

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