魔闘拳士の凱旋(3)

 クラインが王家の周覧馬車の上に立って西大通りに姿を現すと、市民は熱狂的な声援で出迎える。


「王太子殿下、万歳!」

「ホルツレイン万歳!」


 その熱狂ぶりが度を過ぎているように思える彼は頭の中で首を捻っていたが、彼らがまだ準備を整えていた頃に前方で大声援が上がっていたのが遠く聞こえていた。

 その余熱も加わっているのだろうと無理矢理納得する。随行した近衛部隊も人気が有るものだと思う。クラインも市民の人気は高い。魔闘拳士のサーガに唄われた一員である。その純愛話が彼の人気を下支えしている。


 真実のところは、アセッドゴーン侯爵グラウドを完全に王家寄りに引き込みたい国王アルバートが画策したものだ。

 当時、争奪戦になっていたエレノアの人気も王家に取り入れられる上に、何よりグラウドには魔闘拳士が付いている。義心の強いカイという青年を取り込むにはグラウドを娘の婚姻で現王家側に属させれば間違いない。

 王家の人間の公務も取り仕切る内務大臣に計らせ、クラインの承諾を得た後にグラウドを説得に掛かる。王家に叛意も隔意も無いグラウドだが、血縁が公正な政務に影響を与える事を懸念して渋る。結局、エレノアの婚姻後もこれまで通りの立ち位置を守る約束をして話を進めたのである。


 だがいかんせん、一筋縄ではいかなかったのがカイ・ルドウという青年。その目論見はいとも簡単に看破され、つまらない考えは持たぬよう「説得」された。

 アルバートは大汗もかきつつも弁明に徹したのだが、当時の内務卿は彼の青年の姿を見る度に震え上がっていたものだ。

 その所為では無いだろうが、今の内務大臣は別の家の者に変わっている。父の怯えようを見て内務大臣職を継ぐのを次代が拒んだと、まことしやかに囁かれるが本当かどうかは明らかになっていない。


 カイの本心はと云えば、特に権力との癒着を拒んだのではなく、いつ元の世界に戻るか解らない自分があまりしがらみが増えるのを嫌っただけである。その事情を広く伝えていない彼が少々強硬な手段を採ったに過ぎない。事実、カイに度量を示したアルバートは今も彼の敬意を得ているのだ。

 ともあれ、そんな真実は市民の前では口が裂けても言えない。民衆の敬愛を一身に集め、人気を維持し続けるのも王家の者の務めなのである。


 そのクラインは凱旋した近衛騎士ではなく、新たに王宮から派遣された近衛騎士団によって警護されて西大通りをゆったりと進んで、城門外練兵場を目指す。


   ◇      ◇      ◇


 城門外練兵場にも驚くほどの数の市民が押し寄せている。そこで遠征軍司令官クラインはエレノアやセイナ達の出迎えを受ける予定だったのだが、なぜかセイナとゼインは改めて服装を整えてもらっている。しばらく前からそこで待機していたのだから、十分な時間が有った筈なのに今更何をやっているのだろうとクラインは思う。しかし、周りの皆がさも当然のようにそれを待っているのならば自分だけが疑問を差し挟む訳にもいかず彼も待つ。


「まずは大変お疲れ様でございました。無事の御帰還、非常に嬉しく思います」

 エレノアが進み出て口上を始める。儀礼の場での文言は常道のものもあるのだが、彼女がそれを使う事はあまりない。特にこういう市民の目がある時は誰にも分かり易く、視線を同じ高さに持っていって言葉を選ぶ事が多い。

「約束をお守りくださり、わたくしの下へ勝利を持ってお帰りくださった事、この時ほど王太子殿下の妻であるこの身を誇らしく思う事は有りません。務めをお果たしになった殿下の御為、我が身は生涯尽くします事をここに誓いましょう」

 クラインに礼をしたエレノアは手をゆるりと広げて、続くのが皆に伝える言葉である事を示す。

「将の皆様、兵の皆様、ご帰還おめでとうございます。この度は我らがホルツレインの為、お働きくださりありがとうございます。王家の端に座するわたくしではありますが、この場を借りて皆様方の献身に感謝を捧げたく思います」

 ここで彼女は深々と一礼する。

「我らの平和と安寧の為に戦い、この場に来られぬほどのお怪我をなされた方々には心よりお見舞い申し上げます。そして、惜しくも命を失われてしまった方々に於かれましてはお悔やみ申し上げます。方々様の貢献有ってこそのホルツレインの輝かしき未来が有る事、心に刻み付ける所存にございます。大変ありがとうございました」

 本心からであるのを証明するように彼女は瞳を潤ませている。

「この場では言葉のみの感謝でお許しいただきたく存じます。後ほど、国王陛下にご厚情賜れますよう、必ずや具申いたします事をここにお約束いたします。それでは重ね重ね、皆様ありがとうございました」

 エレノアの優しい言葉が皆に伝わったのか、戦死した友を思い鼻を啜る音も聞こえてくる。


 次にセイナが進み出てくる。市民からはさざめきが立つがそれもすぐに収まっていく。皆が彼女の声を待っているのだ。

「母と代わりまして皆様に一言ご感謝申し上げたく存じます。ホルツレインの未来を左右する此度の戦、皆様のご尽力を以って勝利する事が叶いました。この善きにこのような場をいただけました事、大変光栄に思います。わたくしからも我が祖父たる国王陛下に、皆様への恩賞を手厚く賜れるようお願い申し上げる所存にございます。この場は礼を以ってお許しくださいませ」

 セイナはゼインと共に一礼する。

「お父上様、戦地よりの無事の御帰還、心よりお慶び申し上げます。武勇にも秀でしお父上様の事、わたくしが案ずるなど……」


 そこでセイナは言葉を飲んだ。式典の列から黒髪の青年が抜け出てきて自分に近付いてきたからだ。

 真横まで来たカイの顔を驚きのままに見つめ上げると、クラインのほうへ背中をそっと押されて縋ってしまう。父の体温を感じた時、抑えていたものが責を切って溢れてきてしまうのを止められなくなってしまった。


「お……、お父様……。良かった……。ぐずっ、無事に帰って来てくださった。お父様に……、万が一の事が有りでもしたら……、わたくし達はどうなってしまうのかと……、不安で不安で……。わああああああん!」

「父さまー! ああああああん!」

 姉が泣き出しそうになるのを見たゼインも堪え切れなくなったのかクラインに縋り付いて号泣する。


 実際にクラインにもしもの事が有ったとしても、彼女らの立場に変化は無い。直系であるゼインが居れば、その母であるエレノアの立場は安泰だし、姉のセイナも同様だ。精々、より大事にされる程度の話である。

 だが、子供である彼女らにしてみればクラインは間違いなく寄る辺なのだ。彼有っての自分達だと思えてしまう。愛する父を失ったとしたら何もかもが崩れてしまうように感じても変ではないだろう。

 クラインは出征時に感じていた不安は自分だけのものではなく、やっと彼女らも感じていたその不安を汲み取る事が出来た。


「済まなかった。お前達にそんな思いをさせていたとは思わず、自分の手柄に酔ってしまっていた。これからはそんな不安を与えないようにする。この西方を平和にすべく全身全霊を傾けよう」

 クラインは身を低くし、泣きじゃくる姉弟を強く強く抱きしめた。

 その姿は皆の涙を誘う。兵の間からも市民からも恥ずかしげもなく啜り泣く声が響いてきた。

「皆にも申し訳ない事をした。儀式儀礼に拘り、皆が家族と無事を喜び合う時間を邪魔してしまっている。許せ」

 彼は立ち上がると大音声で呼び掛けた。

「解散!!」


 この異例の凱旋式は市民の話題の的になった。通常の式典のように長々と口上が続くでなく、心に響く言葉と親子の美しい光景だけがその場に有ったからだ。

 その波及効果は著しく、王孫であるセイナとゼインの人気はその見目麗しさと相まって鰻上りになる。彼女らも普通の子供であると思わせたのが更に人気を後押しする。


 ただ、この話題になるとセイナは真っ赤に恥じ入り怒り出すのであったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る