英雄の凱旋
魔闘拳士の凱旋(1)
セイナはそわそわと落ち着かないでいた。
先触れは
その城門外練兵場でエレノアと共にセイナはゼインと、父である凱旋軍司令官クライン王太子と全帰還兵を出迎えるのだ。この凱旋式が、二人が市民の前で行う初めての公務になる。謂わばお披露目だ。年齢的にも適当で、機会としてはめったにない祝い事の一方の主役である。御前会議で内務卿から提案が有ると全会一致で議決され、国王の許可もすぐに下りる。その分、十二分な警備が必要になってくるが全体を見れば些事に過ぎない。
「セイナ様、式辞の草稿は準備してありますが、お使いになられますか?」
「いえ、わたくしはわたくしの言葉で、命を掛けて戦ってきた兵達をねぎらいたいと思います。そのくらいはやって見せねばお父様やカイ兄様に顔向けできません」
(そう、カイ兄様がお帰りになる)
それがセイナをそわそわさせているもう一つの理由だ。
「それがよろしいかと。ルドウ様もお褒めくださる事でしょう」
「ええ、カイ兄様のおっしゃった通りに王宮で旅の無事をお祈りしておりました。お褒めの言葉くらい期待しても……」
「うん、良い子にはご褒美が必要だね?」
背後から待ちわびていた声が聞こえてきたのにビクンとし、喜びに打ち震えつつ振り返るセイナ。空から舞い降りてきたかのようにバルコニーの手摺りに足を掛けて微笑んでいるその姿は間違いなくカイのものだった。
「カイ兄様!!」
「兄様ー!」
セイナはもちろん、側に居たゼインも、バルコニーに降り立った人物の胸に飛び込んでいく。久しぶりに触れ合う、敬愛する人からは草と土の匂いがする。そういう生活を常とする相手なのだ。セイナはカイの匂いと体温に自然に涙が零れていた。
「お帰りなさいませ、カイ様」
「ただいま帰りました。お騒がせしてすみません、フランさん」
変わらない笑顔を向けてくる黒髪の英雄は、相変わらず自分にも丁寧に接してきてくれる。それをとても好ましく思うフランだった。
「二人を借りていきますね。後ほど、また」
「はい。どうかよろしくお願いいたします」
フランが深々と一礼すると、彼はバルコニーからセイナとゼインを抱き上げて身を翻す。
「ふ、フラン様。よろしかったのですか?」
「心配ありません。あの方が殿下方に悪心を抱く事など絶対にありませんから」
◇ ◇ ◇
一瞬はドキリとしたものだが、六階から身を躍らせると遥か彼方、街壁の向こうまでの風景が目に飛び込んでくる。そのまま重力に引かれて落下していくが、カイの首に抱きついているセイナに不安は無かった。
「
眼下に見えていた
そのまま地面までは下りずに、隣接する建屋の屋根などを利用してピョンピョンと移動していくと、風を切る感触や色々な方向に掛かる加速感が楽しくなってきている。ゼインは少し前からずっとケラケラと笑い続けており、セイナも片手を離して彼方を指差しカイに話し掛けるくらいの余裕が出てきた。
城門内の貴族街を跳ねて抜けると、城壁沿いに在る植樹を利用して城壁上まで跳ね上がり、市民街区へと一つ大きく跳ねる。この時が最も遠くまで見通せる。
「すごい! 西街道が兵隊さんでいっぱい!」
「うん、みんなやっと帰ってきたんだよ」
「皆様がホルツレインの為に戦って無事帰ってきてくださったのですね?」
「そう。讃えてあげようね」
「はい!」
市民街区の一軒の上に降り立つと今度はまるで山脈の尾根を駆け抜ける様に、連なる屋根を駆けていく。
この時上を見上げる者が居ようなら、二人の子供を抱き上げた空翔ける英雄の姿が垣間見えたであろうが、皆凱旋行進を楽しみに西に注意を向けてしまっていた。
そのおかげで彼らは見咎められて大騒ぎになる事無く、西大門を目指せたのであった。
◇ ◇ ◇
ホルムトまで辿り着いた遠征軍は、隊列を細くして開放された西大門をくぐる。その先の西大門広場で小隊単位で整列し、隊列を整えて行進を始めるのだ。
その隊列に、気を利かせたものが摘み取った花びらを沿道の建物の最上階から振り撒いて帰還を祝う。沿道には多くの市民が詰めかけており、総動員された衛士の手で中央だけが空けられ、凱旋する者達の通り道が確保されていた。
若い娘などはこの熱狂に舞い上がり、衛士の目を盗んでは隊列に駆け寄って花束を手渡していたりもする。瞳を潤ませてキャーキャーと騒ぎながら戻っていく姿を笑顔で受け取った精悍な兵が微笑ましく見守っていた。
中には帰還してきた父親か息子か恋人かを見つけたのか、ちらりほらりと名前を呼ぶ声も聞こえてくる。その瞳に浮かんでいるのは喜びの涙か安堵の涙か、そのどちらもが正解なのだろう。
凱旋兵は、自らの晴れの姿を愛する者達の目に焼き付けるべく、胸を張って堂々と行進する。この
兵の隊列も三分の二が捌けてきた頃には、西大門広場に近衛兵の姿が現れた。その中には一風変わった人物達も混ざっている。揃いの制服に煌びやかな近衛の鎧を纏った者達の中に、真っ白なレザースーツが居れば少々浮いて見えるのは否めない。だが、当の本人達はあまり気にした風は無い。いや、うち一人、この都市ではまず見られる事の無い獣人の少女はおっかなびっくり周りを見回している。
「あいつ、どこ行きやがった? ここに至って逃げ出すのかよ。そんなに顔を売りたくねえのか?」
西大門手前で停滞していた頃、黒髪の青年は「ちょっと散歩してくる」と言ってパープルを置いて駆け出して行ったきりだ。
「そうかもね。逆にあの人、ここじゃ結構顔が売れているのよ。カイって名の青年として、ね。彼が魔闘拳士だって知っている人は居ないでしょうけどね」
「なんだそりゃ?」
「ただの冒険者として色んな人と仲良くなっていたみたい」
「カイさんらしいですね」
「でしょ?」
そんな事を話している内に、前方の兵は捌けてきた。
「一応それっぽく並ばなきゃね」
「はい」
「降りるよー!」
動き出そうとした彼らの下へ声が降ってくる。見上げると話題の人物がトンと軽く舞い降りてきた。
「ただいまー」
「チャム!」
「チャムー!」
降ろしてもらった姉弟はすぐに青髪の美貌を目指して駆け寄っていった。
「あら、連れてきてもらったのね。ただいま、セイナ、ゼイン」
「お帰りなさい!」
「チャム-!」
ブルーから降り、二人を受け止めたチャムは彼らをギュッと抱き締める。
豪華でありながら華美に至らず、洗練された作りのドレスと子供向け礼服を纏った姉弟の登場にトゥリオとフィノは面喰う。
「元気だった?」
「はい。チャムも」
「もちろん。トレバ兵如きの剣が私に届くと思った?」
「そうでした。チャムは聖騎士卿とも五分でしたものね」
「ふふ」
和やかな空気が流れる。
だが、この状況を見過ごす訳にいかない人物も居るのだった。
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