北海洋の秘宝
依願通り、ジャルファンダルのラムレキア航路の交易船に乗せてもらったカイ達は、船旅を楽しみつつ港町クーラビに降り立った。
東方大陸の北に位置する勇者王の王国ラムレキアは、北海洋に面する海岸線のほとんどをその版図にしており、数多くの港町を有している。東方でも物流の主役は『倉庫持ち』であるが、格納の困難な大質量の輸送や人員の大量輸送には海路が有効で、事故や遭難、沈没のリスクを負いながらもそれに頼っているのが実情である。
その海運の要となるマングローブ材そのものも大質量に当たる為、一度クーラビで集積された木材はまた運搬船で各地に運ばれていく。なので、目的地となる王都ガレンシー近くの港町までの航路も存在はしていたのだが、
彼らが主に利用したのは海岸線寄りの北街道であり、各地で海産物に舌鼓を打ち、目に付く海岸で釣り糸を垂らしと、はっきり言って順調な旅路とはいかなかったのである。それでも時間を掛ければ旅程は進み、柔らかいベッドと街の喧騒が恋しく感じられるようになった頃には王都ガレンシーの街門をくぐったのだった。
東方の珍しい産品が集まるそこで、カイ達はとある秘宝と対面する事になる。
◇ ◇ ◇
(いくら勇者が作った国だからって、勇者饅頭とか売っていたら嫌だなぁ)
そんな思いを胸に隠したまま、ガレンシーの街並みを眺めていたカイだったのだが、饅頭とは言わないまでもそれに似かよった状態であるのは間違いないようだった。
「本物だぜ! 兄ちゃん、買ってかねーか?」
民芸品店の店主らしい親父が片手で聖剣を振り回しつつ、大声で売り込みを掛けてくる。
「そんな訳ゃねえだろうが! ああ、なんだ? あんた、もしかして勇者の末裔とか抜かしているんじゃねえだろうな?」
「そうそう、勇者の末裔! それそれ! だから本物だって!」
「バカな事言ってんじゃねえ! 衛士に突き出しちまうぞ!?」
ヒョイと伸びてきた手がトゥリオのもみあげを掴むとグイと引っ張る。
「痛っ! 痛てててっ! 止めろ!」
「馬鹿が馬鹿につき合ってんじゃないわよ! 行くわよ、もう!」
「わ、分かったよ! 分かったから放してくれ!」
可哀相には思うものの、さすがにフォローしきれないフィノは苦笑いで店主に会釈すると、三人を小走りで追いかけていく。当然、単なる掛け合いとしてやっていた親父も手を振って笑顔で見送っていた。
「民芸品店に聖剣を置いてあるなんて思わなかったよ」
チャムはぎょっとして横を振り向く。
「あなたまで変な事を言わないでくれるかしら?」
二の腕を掴んで引き寄せると、眉をへの字にして懇願する。
冗談と分かっての行動で、そのままカイの左腕に右腕を絡ませる。いい加減、街行く男達の視線が疎ましくなってきていたので、要らぬ厄介事を避ける為に丁度良いと思った。
(たまには腕を組んで歩くのもいいでしょ)
様子を窺うと、少し驚いたようだがふわりと笑顔が返ってきた。
左の腰に剣を下げた剣士が右腕を預けるのだ。周囲はそこに絶対の信頼とそれ以上の感情が存在すると勝手に思ってくれるだろう。
旅人向けに木彫りの聖剣が並ぶ民芸品店や武器屋に次いで多いと感じるのが、実は宝石店だった。
ラムレキア王国では、建国後に幾つも有望鉱山が発見され、比較的豊富に流通しているとチャムが教えてくれる。
「まあ、それが帝国と揉める原因になったのも事実だけど」
ひょこんと首を傾げたフィノが目を丸くしている。
「勇者王様は一人占めしちゃったのですか?」
「帝国が欲しがり過ぎたのも有るわね」
交易を通じた外交上の平衡感覚があれば良かったのだろうが、武を尊び潔癖を求めた当時の勇者王は、帝国の強欲を疎んずるあまりに深い溝が生じて、そこから小競り合いが始まってしまったという。
「大きな情勢変化がなければ、今も直接の交易は行われていない筈よ。名産の宝石だって、第三国を通して帝国に流れているのではないかしら?」
顎に手をやりつつ彼女は推測を口にする。
「得をしようとして損をしちゃった訳ですね?」
「そこには根深い理由も有るけど、それはまた今度話してあげるわ。今は観光を楽しみましょ?」
不愉快で長くなる話を敬遠したチャムに、フィノも朗らかに同意した。
喜ばしい事に、彼女らは宝石類にそれほど興味を示さない。とは言え、目の前にずらりと煌びやかな石が並んでいれば、それなりに目を輝かせている。
「ふわぁ、キラッキラですぅ。ちょっと憧れますねぇ」
ものの話にと立ち入った、構えの大きい宝石店で陳列されている貴石を眺めると、つい本音が零れたようだ。
「どうしても必要な時に身に着けるものがあれば十分よ。あとは資産価値以上の興味は抱けないわ」
「…ですよねぇ」
溜息を吐くフィノの後ろからトゥリオが覗き込む。
「欲しいのか? そんなにバカ高価い物じゃ無ければ買ってやるぜ?」
「ひゃ! そんな、申し訳ないですよぅ。身を飾る以上の意味は無いものなんですからぁ」
そんな会話に店員が少し反応してきた。
「いえいえ、女性が宝石を手にするのはそれ以上の意味がありますのよ?」
それまでは露骨に冒険者風である彼らは客にはなり得ないと思っていたのだろう。良くある冷やかしの類だと放置していたらしい。
「当然、その美しさをより際立たせる為の道具として使うものではありますが、殿方に送っていただく事で女性へのお気持ちを確かめる意味もございますから」
「お、お気持ち!? そんなのある訳無いじゃないですかぁ!」
フィノが真っ赤になってバタバタと手を振り回している。
(これはまだまだ時間が掛かりそうね?)
なかなか煮え切らないトゥリオが悪いといえば悪いのだが、フィノの卑屈に思うところも一筋縄では治りそうな感じがしない。物理的な障害よりは精神的な障害が多い二人の仲の進展は先が長そうである。
(まあ、こいつの手の早さを考えれば、このくらいが丁度いいかも?)
そんな風にも思ってしまうチャムだった。
軽い押し問答をしている横で、カイは物珍しそうに様々な陳列品を見ている。彼がもしチャムへの贈り物を物色しているのだとしたら、こんな露骨な態度は取らないだろう。ざっと眺めておいて、いつの間にやら準備して何気無く渡してくる。そんな驚かせ方を青年は好むのだ。
つまり、今は興味本位でしかないという事だろう。
「真珠が有るのは知っていたんだけどね…」
彼女が見ていたのに気付くと、カイは都合が良いとばかりに疑問を口にする。
「思ったよりずいぶんと安く扱っているものだと思ってね?」
「真珠ね。それほど安いとは思わないけれど、結構な量、流通しているのは確かよ」
「それって作っているって意味?」
地球に於ける真珠は生産品である。
アコヤガイの仲間を真珠母貝として養殖し、人為的に真珠の種になる異物を貝の内部に挿入して、それが真珠になるまで育てて作るのである。
この異世界でも真珠が有るのを知ったカイは、てっきり偶然に発見される真珠を集めているのだと勘違いしていたのだ。しかし、どうやらチャムの口振りでは、養殖生産をしているような印象なので戸惑う結果になった。
「作っているのよ。何て名前だったかしら?」
事も無げに彼女は言うが、その先が出てこなかった。
「カンム貝でございます、お客様」
「そうそう、それ! そのカンム貝を育てて真珠を作らせているの」
どうやら客になる可能性を見出しつつある店員が、一人二人と集まってきていた。
「なるほどね。ずいぶんと効率が良いからこの値段なんだろうね?」
「まあ、一般市民でも真珠くらいなら幾つか持てるくらいの値段ね」
「でも、あれは異常に高い値段が付けられているみたいなんだけど?」
真珠を加工した装飾品が陳列されている棚の奥のほうに、彼はそれを見つける。
ケースでさえ小粒の宝石で装飾されたそれの前には、法外な価格が表示されていた。
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