浜辺にて

 黒瞳の青年を海へ誘う女性達の水着はもちろんカイのお手製だ。

 以前作った試作品の白い水着は防刃繊維と伸縮部位という魔獣由来の素材を用いたものだったが、今回は腰を据えて作った本格的な水着である。


 まずトップにはカップが入っている。これはいわゆる寄せて上げる的な効果を生む用途ではない。彼女らが本来持つ、美しい胸の形を阻害するなど以ての外だと彼は思っている。ただひとえに運動をしても負担が掛からないようにするだけの目的で入っているのだ。

 やや硬めに製造して、胸の形に綺麗に沿うように変形させたシリコンカップを、下半球を覆うように配置し、それぞれ黄色とオレンジに染めた三角形の防刃布を合わせた中に仕込む。カップに直接融着させたシリコンゴムバンドも背中に回る長さに調整して、同じく染めた布で巻いてある。

 肩紐には細めのゴム紐を仕込み、首から下げる形で左右のカップの頂点を結び、首の後ろからは背中のバンドへ一本の紐を渡してある。

 普段使いに二人に渡してあるスポーツブラ状の物とは大きく異なる、デザイン性も考慮した構造になっていた。


 それぞれのサイズに合わせて慎重に成形したシリコンカップは、優しく彼女らの胸の重量を受け止め、その形を損なわないように見事に機能していた。

 それをカイとトゥリオはうんうんと頷きながら眺めている。


 反してボトムはそれほど凝った作りにはなっていない。

 強いて言えばウエストを止めるシリコンバンドが機能的にギリギリまで柔らかくして跡が残らないようにしてあるとか、太腿周りを押さえるシリコンゴム紐も出来るだけ細くしてある程度の話である。

 これは胸が脂肪で出来ているのに対して、お尻は柔軟な筋肉で出来ており、比較的型崩れし難く、仮に崩れても努力次第で戻せるからだと言える。

 なので、カイが神経を使ったのは、如何に二人のお尻を可愛く見せるかに過ぎないのだった。


 その可愛いお尻を追って、誘われるように男達はふらふらと海へ近付いていくのだが、彼らの水着の作りはお世辞にも凝っているとは言い難い。

 

 確かにトゥリオの朱色のボトムは赤毛と相まって似合ってはいるが、形状は単なるサーフパンツ型で、腰のゴムバンドが女性陣のボトムよりはきつめに作ってあるのと、内側にサポートパンツを仕込んであるくらいで工夫は無い。

 カイのものも鮮やかな青に染めてある以外は、トゥリオのものと同様の形状だ。


 女性によっては、男性のお尻の形状に惹かれる人もいるようだが、二人にはそういう性向は無いらしく、この水着にはクレームが付かなかった。

 むしろ彼女らが時折り目で追っているのは露わになった上半身である。


 トゥリオのそれはまさに筋骨隆々という形容がどこまでも当てはまっているもので、男でも見惚れるかもしれないほどの逆三角形を形作っていた。

 きっちり引き締められた筋肉は、彼が何らかの動作をするごとに盛り上がり、形状を変えてその肉体美を見せつけるようだ。彼が美男子である事も含めれば、ここが沿岸の都市で、人が集まる海水浴場なら間違いなく衆目を集めるような男っぷりであると言えよう。

 フィノが、普段はあまり見る事の無い逞しい背中にチラチラと視線を送って、一人で真っ赤になっている時があるくらいだった。


 それに比べてカイにはぱっと見、そういう魅力は無いように感じる。だが、チャムはそんな彼から目が離せない時があった。

 鍛えているだけあって当然筋肉質であるのはすぐに見て取れるのだが、全体に細身の彼は筋肉の隆起が露骨に表に現れるような体形はしていない。しなやかな身体が、極めて効率的に機能しているかのように見えるだろう。

 ただし、触れればすぐに分かる。如何に弾性に富んだ筋肉の持ち主かという事を。柔らか過ぎず、硬過ぎず、ゴムのような感触が印象に残る。

 それは皮で編んだ鞭を何本も合わせて束にしたような筋肉。緩めればふわりと解けるが、引き絞れば何物も寄せ付けないほどに硬くなる、究極に近いと思える駆動組織。注意して見ていると、皮膚の下でそれがうねる様が感じ取れる。


 動けば神速の領域。戦えば縦横無尽の破壊力。狙えば紙一重の把握。それらを実現しているのがカイの身体だ。

 限界まで凝縮されたかのような筋肉で形作られた彼の腕を見ていると、その心の奥底に秘めた情熱に衝き動かされチャムを抱き締めた時の、息苦しさを感じさせるほどの力強さが蘇ってきてしまう。感触を思い出す度に、彼女は頬が上気するのが自分でも分かって少し恥ずかしい。

 だから、何でもないように振る舞おうと努力する。でも、実際には少女のように必要以上に意識してしまうし、その挙動を目で追ってしまい、また同じ感触を思い出す堂々巡りに陥ってしまう時があるのだ。


 思春期の如き恋情を抱く自分を気恥ずかしく思う気持ちと、あまりの心地良さに身を任せたいと思う気持ちとがない交ぜとなって、接し方を考えなければいけないと感じる事も有る。

 相手が普通の男であれば、男女関係に雪崩れ込んでしまう、どう考えても一線を引かねば危険な状態だと思う。なのに、彼女の事であれば何事でも在るがままに受け入れるカイだからこそ、普通にしていれば鏡のように同じ反応が返ってきて安心してしまうのだ。

 逆にもう少し引き寄せてしまいたいという気持ちが、彼の自制心に試練を与えるような行動を取ってしまう。それも楽しいと感じてしまうのが今の彼女だった。


 要するにチャムは今、女である事を楽しんでいる。


 それがカイにも伝わって、二人は充実した関係になっているのだと思った。


   ◇      ◇      ◇


 ほとんどがサンゴの欠片で出来ている砂浜はどこまでも白い。だからこそその海は黄緑色に映るような状態が保てている。


 カイが思うに、赤道に程近い場所に位置すると思われる砂浜には、灼けるような昼の白焔たいようの光が真上から降り注いでいる。

 垂直に近い角度で射す光は、透明度の高い海面での散乱が抑えられ、遠浅の浜の海底の白砂に反射し、その可視光線波長域のかなりの部分を人の目にまで届かせる。黄色までもを捉えた視神経細胞は、そこまでの可視光スペクトルを結合させて黄緑色と認識するのだ。

 だから、一定条件下では海は青でなく黄色に近い緑色のように感じられる。それに必要な条件が、元々美しい自然が維持されている事を意味している上に、海まで美しいと感じられる色に染まっていれば、そこはもう楽園のように思えても仕方ないと言えよう。


「はぁー、気持ち良いわねぇ…」

 程よく温かい海水に身を横たえ、浮きながらチャムが言う。

「気持ち良いですぅ…。こんなに綺麗な場所が有るなんてフィノは信じられませんでしたぁ」

「そうねぇ。私も色んな所を見て回ったものだけれど、ここは格別だわ。見て美しく、感じて心地良い場所なんてそうは無いものよ。今は純粋に楽しむべきねぇ」

「はい、この光景は決して忘れる事なんて出来ないと思いますぅ」


(ああ、もう二度と忘れられるもんかよ! なあ!?)

 波打ち際で胡坐を掻いているトゥリオが目顔で隣のカイに問う。

(当たり前だよ! こんな至上の美に彩られた光景なんて絶対に他に無いね! 今、僕の脳裏に永久記憶として深く深く刻み込んでいるよ!)

(おい、例の絵が映る板でこれを撮っておけよ!)

(冴えてるね、トゥリオ。僕は見惚れるあまりにその存在を忘れていたよ!)

 二人が示唆する光景には、もちろん二人の美女という因子が組み込まれている。

 いそいそと取り出したタブレットPCの画面に映った景色が、これほど美しい浜辺に辿り着くまでの幸運の記憶を呼び覚ます。


 それはちょっとした巡り合わせによるものだった。

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