みんなのお母さん

 単独ソロ冒険者時代のカイは泊まり掛けの遠出の狩りをする事があった。南部に足を延ばす事もあったのである。


 肉牛として扱われる黒縞牛ストライプカウは、知識として冒険者ギルドで聞いていたのだが、実際に現地で見ると微妙に違う実情が見えてくる。

 冒険者は確かに肉牛として狩りの対象にしているが、当地の農民などはその乳のお裾分けをもらっている事が少なくなかったのである。飼育牛としている訳では無いのだが、群れの生息地に出向いては牛乳を搾って持ち帰っていたのだ。


 これにはカイも目から鱗が落ちる思いであった。相手が魔獣とは言え、危険が無く利用出来るのなら利用する。それが当地では常識なのだ。

 参考までにと少し飲ませてもらった牛乳は非常に滋味高くコクも深くて、モノリコートに使うにも十分な条件を備えていた。いかんせん飼育されている訳ではないので市場に出て来ない。使いたくとも使えない素材であった。


 当時、彼はそれを残念に思ったものである。


   ◇      ◇      ◇


 牧場作りはそう難しくはない。城門外の土地使用許可を取り付けて、防柵と各種管理用施設を作り、飼料の調達手配を整えれば良いだけである。実際にカイが懇意にしている毛長牛牧場主も、そうして牧場運営をしているのだ。

 ただ、今の状態で一番手配の難しいのが人手だろう。子供達だけで全ての世話は出来ない。必要技術を持っている大人の常駐管理人が必須だ。そちらは時間が掛かっても伝手を辿るしかあるまい。

 後は黒縞牛ストライプカウの群れを一つ確保して、移動させて来ればいいだけの話である。それも一巡六日くらい有れば可能な筈だ。


「どうだろう、やってみるかい?」

 そして最終的に必要なのが、院の子供達の意思確認である。


 相手は魔獣とは言え、生息地では一般の農民が扱うほどに穏和な性質である事を説明する。

 世話そのものは、幾つかの院がそのの世話を行う持ち回り制にするか、託児業務の余剰人員分を数名ずつ出して担当にするかは決定後に詰めていく事項になろう。どちらにせよ、相当早起きをしなければならない事は言い含めておく。その代り、牧場が立ち上がって軌道に乗れば、毎日の食卓に牛乳が並ぶようになる事も。


 実はカイの本意はそこにある。この育ち盛りの子供達に毎日の牛乳を与えたいのだ。今は供給量が少なくて半ば高級品扱いの牛乳を調達するなら、自分達で生産してもらうのが一番手っ取り早い。

 その為にと、現地で飲んだ牛乳の美味しさを予断を含めず語って聞かせた。彼らの喉がゴクリと鳴る。


「最初は慣れなくて大変だろうけど、苦労に合う見返りは十分に有ると思うよ」

「やりたい! でも、それって儲かるの?」

 パスピエは院の金銭的な自立を願っている。

「牛乳が飲めるようになったら、たぶん食材を入れる量を減らす事になるよ。それほどに栄養価が高いからね。その分は間違いなく予算が浮く」

「牛乳そのものは売れないの?」

「目敏いね?」


 実はそれも考えている。院全体に行き渡ってそれ以上の生産量が上がるようになったら、余剰分をモノリコート製造所にも卸すつもりだ。現状、牛乳の調達にも困っているモノリコート生産の助けになるだろう。そして結構な利益も出る筈なのだ。


「それならやんなきゃ! なあ、みんな、やろうぜ!」

 パスピエが子供達に檄を飛ばす。皆が手を上げて良い返事を返してきた。

「じゃあ、他の院の意見も聞いて手続きに入ろうかな。それで良いね?」

「はーい!」


 カイの構想の中には余剰牛乳の乳製品化も入っている。バターやチーズ、ヨーグルトも、食卓に並べるも良し販売に回すのも良し、利益を生んでくれる産業になる。

 院の子供達は盛り上がっているし、託児の子達はそれを羨ましげに見ている。やはり、院ごとの持ち回り制にして、希望する託児の子にも牛の世話を経験としてやらせてみるのも悪くないかもしれないとカイは考えるのだった。


「君達は本当に自分達で生きていこうと頑張っているのね?」

 ロアンザは感動していた。保護されるだけでなく、彼らは高い自立心を持って生活しているのだ。

「すごいわ。驚かされてばかりよ」

「ジュリア達、偉い?」

「偉いわ。素晴らしい事だと思う」

「ジュリア達が頑張ったらお母さんは嬉しい?」

「もちろん嬉しいわよ? みんなにお母さんって呼ばれて、本当に誇りだと思っているわ」

 子供達は皆破顔して、跳ね回って喜んでいる者まで居る。

「こらこら! 行儀が悪いわよ! ちゃんと掛けて食事しなさい!」

 チャムに叱られて慌てて席に戻るが、表情は笑顔から戻らない。

「良かったわね、褒められて」

「うん!」


 皆が不遇を囲ってきた子供達の筈なのだ。親を失って親戚内をたらい回しにされたり、浮浪児となったり、貧民街スラムに落ちたり、場合によっては盗みを働いて食い繋いできた子も居るだろう。

 そんな彼らが今は、本当に前向きに真摯に人として正しく胸を張って生きていこうと努力を重ね頑張っている。


 逆風の中とは言え、隠れてひっそりと生きていこうとした自分が恥ずかしいとロアンザは思う。グラウドを愛する己が気持ちを恥じたりはしない。それは間違いない。

 ならば自分も胸を張って生きていかねばならないだろう。そうしなければ、子供達に顔向け出来ない。自信を持って彼らのお母さんだなんて名乗れない。

 何もかもを取り戻す為にまず、自分から動いていかねばならない。誰の目にも恥じる事無く、背筋を伸ばして歩いて行こう。ロアンザはそう心に誓った。


「もう大丈夫かしら?」

 ロアンザの目に強い光が宿っていくのを見てチャムが問う。

「うん、最初から大丈夫だったんだよ。ロアンザさんは元々そういう人だったんだ。ちょっと切っ掛けをあげるだけで十分なのさ」

「そうみたいね」



 そのから、ロアンザは熱心に各所の託児孤児院の慰問を始める。カイの指示を受けてイルメイラが手配した警備の者が道中について最低限の配慮はしたものの、覇気溢れる彼女の顔を見て石を投げようとする者などいはしなかった。

 その姿が、渦中の人物なのかと市民が疑いたくなるほどの態度だ。それがまた噂になり、彼女への風当たりは弱まっていく。


 院の子供達は、親身に優しく距離を取らずに接してくるロアンザに喜び勇んで跳び付いていった。どこの院も彼女を受け入れて、そしてロアンザ・レフレゼンは『みんなのお母さん』と呼ばれるようになっていく。

 地域は、懸命に生きていて清掃などの奉仕活動に熱心な院の子供達を大切に感じている。その子達がお母さんと呼ぶロアンザを悪く言える者など少なくなっていった。


 自動的に、アセッドゴーン侯爵の不倫騒動は下火になっていくのだった。


   ◇      ◇      ◇


 最新版の王家番の見出しはこう語る。


【子供を食い物にする魔闘拳士! 託児孤児院の実態に迫る!】


「各地の孤児達を集めて、ルドウ基金が運営している託児孤児院。その実態は、孤児達に労働を強いて魔闘拳士カイ・ルドウに利益を上納させる仕組みになっている。施設を大きく綺麗にしているが、見掛けに騙されてはいけない。その内実は酷いもので、まだ十歳を越えたばかりの子供達が長時間の労働に従事しなければならないのだ。職員の配置はされているがそれは監視役のようで、掃除・洗濯・料理などの家事は子供達の負担になっている。我らは彼らを救い出さなければならないのではないだろうか? 子供達に過労で命を失う者が出始める前に」


   ◇      ◇      ◇


「ずいぶんな書かれようじゃない?」

 どこで手に入れてきたのか、王家番をヒラヒラさせながらチャムが問い掛けてきた。

「そうだね。良い感じに焦れてきているみたいだし」

 近隣の者にはすぐに嘘と分かるような内容になってきているのがその証左だ。


「そろそろ尻尾を出すと思うよ」

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