審問会
謁見の間には黒髪の青年の姿が在る。今回は申し入れた謁見ではなく、彼は審問されるべく呼び出されたのであった。
「
豊かな金髪に口髭を蓄えた神経質そうな人物が進み出て宣言した。
「議事進行は不肖ながらこの私、法務大臣の職を陛下より賜りましたウィルギス・バーンフットが務めさせていただきます」
国王アルバートに一礼の後、ウィルギスは手で合図を送る。それに伴い儀仗槍兵二人に左右を固められてカイが引き出されてきた。
謁見の間にはチャムとイルメイラと一緒に入場してきた彼だが、この段まで同行する事は適わず二人は大扉近くに控えている。
「ルドウ基金代表カイ・ルドウ、貴殿に不正蓄財の申し立てあり、それに関して審問するものとする。御前である。嘘偽りなく証言する事を誓いなさい」
「はい、誓いましょう」
「宜しい。では、申立人、前へ」
橙色の髪にギョロリとした目の大柄な人物が進み出てきた。
「名乗られよ」
「ウェルトシルト侯爵ボルックスにございます、陛下」
「うむ、顔を上げよ」
すぐさま跪いた彼に、アルバートは許可を与えた。立ち上がって振り向くと、ボルックスは隠しから書状を出して、カイにちらりと目をやる。返ってきた冷めた視線に、背筋を何かが駆け上がるが怯む事無く見返してきた。ここで臆するようでは大貴族などやっていられない。
「陛下の御許可の下、申し立ての議、述べさせていただく」
余裕を見せるように薄笑いを浮かべた顔で見下してきた。
「ルドウ基金代表カイ、調査したところ貴殿には不正蓄財の疑い有りと見た。我が質問に答えられよ」
「どうぞ、何なりと」
「ルドウ基金は福祉機構の認証の下、産業税の免除を受けているのは真実か?」
産業税とは、二次及び三次産業活動をする全ての事業者に掛けられている税制である。直接的に物を生み出すのではなく、加工や流通で利益を得ている事業を一次産業とは切り離して考え、課税する仕組みになっている。
無論、それらの事業が労務に値しないと言う訳では無く、単純に一次産業従事者を保護、優遇する為の制度に過ぎない。悪く言えば、農民を農地に縛り付ける為の方便だ。安易に離職しようとすれば損をする事も有るぞ、と思わせる制度と言えよう。
その仕組み故に、その課税率は決して高くはない。産業規模によって数段階の課税額が設けられているが、よほど利益が上がらない産業として成り立たないような事業でない限り、経理を圧迫するような額ではない。
「それは僕が不在の内の決定事項であって、それに至る詳細な経緯は存じておりません。ですが、産業税を免除されているのは間違いなく事実です」
「優遇税制を受けているのは認めるのだな?」
「そうなりますね」
ここで否定したところで事実は事実。
「にも拘らず、ルドウ基金が莫大な利益を上げ、膨大な資産を抱えているのはどう考える?」
「貴方が言っている通り、ルドウ基金は産業です。利益が無ければ事業拡大は望めません。そこを否定されるのであれば、ほとんどの産業が成り立たなくなりますが、何か問題がございましょうか?」
「筋は通っているな。まあ良かろう。では、販税に関してはどうか? それに関しても不明な点が在ると報告に有るぞ?」
販税とは、事業所得に対して掛けられる税制である。要するに所得税だ。これはどの産業に対しても一定税率が定められ、事業所得に対して納税義務が生じる。関わるのは主に事業主であり、一般労働者があまり関わる事は無い。
これに人頭税を合わせれば、ホルツレインの国内税制の全てになる。通行税や関税は対外税制になり、国境を越える産業に従事する者だけが関わる税制になる。
「具体的に言っていただきたいのですが?」
「
「
ウィルギスがそれぞれに質問をし、適正な納税が行われているのが確認された。
「しかし、利益が有る事に変わりはあるまい? なぜ納税義務が生じないと断ずる」
「名目上は寄付という形を取っています。もし、それが課税対象になるのであれば二重徴収になると思いますが、その辺りは確認されましたか? それとも財務大臣閣下にお伺いすべきでしょうか?」
すぐにウィルギスが財務大臣バーランツ・ルガリエルに確認し、カイの主張が正しいと認める。
「なかなかに粘るな。では、孤児を集めて展開している事業に関してはどうか?」
「託児業務に関してもきちんと納税している筈ですが?」
「そちらではない。孤児に労働を課して収益を得ている事自体が不正蓄財に通じているのではないかと言っている。ルドウ基金は福祉機構であるが故に産業税の免除が為されているのであろう? 孤児を従業員として事業展開をするのであれば、それは普通の産業と変わりはあるまい? ルドウ基金は福祉機構ではなく、強制労働所なのではないのかね? 給金も払っていないのであろう?」
「…………」
カイは目を丸くした。
「どうした? ぐうの音も出ないのか?」
「いえ、あまりに突飛な発想だったので驚いてしまったんです。失礼しました」
苦笑いをしつつ、カイは応じる。
「託児業務に関しては、本人達の了解を得て補助してもらっています。それはこの場では確認不能ですけど、そちらで手配していただけませんでしょうか? 僕が指示したのでは、それこそ証言を強制していると思われても仕方ありませんから」
「王家番に書いてあったではないか? 子供達に強制労働を課していると」
「これは異な事を。いつから王家番は国家の調査機関になったのですか? そもそも公認機関でさえ有りませんよ? あれは単なる一商会の商売に過ぎないではありませんか? 侯爵閣下ともあろうお方が流言飛語に惑わされるのはどうかと思いますよ?」
「ふん、良く舌が回る事だな。後ろ暗い事が有るからではないか?」
ブルックスは鼻を鳴らす。
「ともあれ、それだけの利益を上げているのなら王国の補助金を受けて基金を維持する必要などあるまい。解体して、一事業者になれば良かろう?」
その台詞が謁見の間に流れた瞬間、玉座の肘掛けが叩かれる音が響き、重臣の列から咳払いが聞こえる。
「それに関しては返す言葉もありませんね。閣下のお言葉に従うべきでしょう」
「待たぬか! ルドウ代表よ!」
「ですが、侯爵閣下のおっしゃる通りですよ? 僕は王国補助金や売り上げ提供に意味を感じていません。それが王国の臣の方々の本意であるのならお断りすべきでしょうね?」
アルバートの制止の声も聞かず、カイは流れを決めようとしている。
「ほう、急に物分かりが良くなったな。ではルドウ基金の解体を……」
謁見の間に立ち並ぶ臣達に睨みを利かせて、頷かせたブルックスは厳かに告げる。
「いえ、ルドウ基金は福祉機構でなく独立した事業者として存続致しますよ。閣下のご助言通りに。今後は産業税もお払いしなければいけませんね? 職員に関しても政務官資格をお持ちの方が大勢居られます。お返ししないといけないのでしょうが、それに関しては御本人の意思確認をさせていただきますのでご容赦ください。それで宜しいでしょう?」
「う、うむ。良かろう」
捲し立てられて混乱気味だが、ともかく魔闘拳士を王国と切り離せた事で己の策の成功とするブルックス。
一礼して立ち去るカイが、ニヤリと笑っているのに気付く事はなかった。
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