閃き
もうひと晩をデデンテ
納入を問題無く済ませられれば、今度は郷の生活用品を買い入れてからすぐにまたデデンテ郷に戻ってくる予定になっている。その辺りのタイミングで今度はきちんと熟したナーフスを出荷出来る見通しだ。
その様子を見ていた他郷の長達も遅れてならじと自郷に戻っていく。
その頃にはクラビット隊商の噂も広まって自発的に郷を回る隊商も増えるだろう。それらが阿漕な商売をしないよう、目を光らせてくれるようバルトロやグライアルに頼んでも有る。どうやら王国は固定単価でのナーフス販売管理を行おうとしているようだ。
いわゆる専売公社的な商会の立ち上げまでは至らなかったようだが、特別法の施行で対応するつもりらしい。
◇ ◇ ◇
「うみゃ ──── !!」
最近の郷のブームはナーフス林での鬼ごっこである。
マルテが掛け声を上げて追っていくと、仔猫達がみゃーみゃーと歓声を上げて逃げ散って行く。カイ達も良くこの遊びに参加している。
鬼を担当すると仔猫を捕まえる度に身体にしがみ付く仔猫が増えていく仕組みになっているので、どんどん重くなっていく身体に(これは何の鍛錬だろう?)と思ってしまうのだが、それはそれで仔猫達が喜んでいるので止める訳にもいかないし、鍛えるにも丁度いい。
「う…、にゃ…、う、うう…」
仔猫の重さに負けてマルテが潰れた。
この過酷な遊びにも耐えられているのは、彼らの食事がナーフス中心になりつつあるお陰だろう。炭水化物だけでなく、ビタミン・ミネラルも豊富なナーフスは激しい運動をする身体にも最適と言える。
良く遊んでいるミルムグループがいつの間にか自分の基礎体力が上がってきているのに気付く
彼らが密林でも苦労しないで済む様に。
◇ ◇ ◇
いつもの鬼ごっこの途中に豪雨に見舞われた彼らはセネル鳥に仔猫を満載して郷を巡り、一人一人家に放り込んで回った後に、借り屋の軒先で濡れた身体を水魔法で乾かして
チャムが手慰みに持ってブラブラさせているのは、獣人達が使っている狩り具だ。強く編んだ縄の両端に程よい大きさの石を括りつけたもので、それを小型の魔獣に投げつけて足に絡めて動けなくなったところを仕留めていくのである。
地球でも各地で見られるそれは、シンプル且つ有効な狩り具として共通なのだった。
「それだ!! チャム! 凄いよ!」
いきなり隣のカイに抱きすくめられたチャムの中には疑問しかない。
「はいはい、解ったから落ち着きましょうね」
乱暴にならないように抱擁を解く。こういう唐突な行動はカイには時々見られるので対応にも手馴れてきた。
「で、どうしたの?」
「ちょっと待ってね」
チャムはもちろん、フィノや帰ってきたトゥリオも、いきなり皮紙を取り出したカイの手元を覗き込む。しかし、そこに書き付けられるのが魔法文字となればトゥリオには管轄外で早々に諦めている。
「ちょっと待ちなさいよ。それ本気なの?」
「信じられません。でも辻褄は合っていますぅ」
皮紙に書かれた記述内容は全体の一部でしかないように見えるのだが、それが指し示すものはチャムにもフィノにもハッキリと理解できた。それは非常に馴染みある構成を含んでいるからだ。
それは魔法反転構成を記述化したもので、何を反転させるかと問われれば『倉庫』だ。
『倉庫持ち』が『倉庫持ち』たる所以は、魔法演算領域で『倉庫』の構成を編める事による。決してそれを常駐させているからではない。魔法空間との紐付けそのものの維持に必要な魔力は微々たるものだ。
しかし、物品の空間転移と紐付け作業そのものには、それ相当の魔力を必要とする。だから『倉庫』の構成を記述刻印化しても、さしたる効果は認められずに研究対象にならないで今に至っている。もっとも記述刻印化にしてもかなり困難だとされてもいる。
では、紐付けとはどういう作業なのか?
それは使用者本人を一つの物品と定義した上で、転移させる物品との間に関連付ける作業だ。つまり物品と物品を情報連結させているのに過ぎない。ならば片方を使用者本人と限る必要はない。
実はこの世界でもここまでは考えを進めた研究がされた実績はある。しかし、この双方の物品を転換させるには結局使用者もしくは他の『倉庫持ち』が必要で、とても使用に耐えうる結果を生み出せなかった。
強いて言えば、普通に『倉庫』を使用するより少ない魔力で済んだだけだった。
ところが、カイが皮紙に書き付けたのはその『倉庫』の反転構成記述だ。
これが何を意味しているかというと、最初に『倉庫持ち』が物品同士を紐付けして転移だけさせれば、後は反転構成記述刻印を起動させる魔力さえあれば誰でも物品を現空間と魔法空間の間で入れ替え出来る事を示している。
それは都度、物品を転移させているのではなく、言うなればチャムが手にしている狩り具をグルンと180度回すだけの構成なのだ。そしてこの反転構成記述刻印に擁する魔力量はかなり抑えられていると言っていい。
この世界の人類のほぼ全てが些少なりとも魔力を持っている事を鑑みれば、誰もが
では、なぜカイがこの『倉庫』の一般化に心を砕いていたかというと、それは
具体的に言えばトゥリオの大盾である。それこそ何度トゥリオが『倉庫持ち』なら良いのにと思った事か。どう足掻いたところで大盾というのは強度と重さの兼ね合いで悩む装備品である。ならせめて移動時は邪魔にならなければ、ずっと使い易い装備になる筈なのにと思わざるを得ない。
刀剣類は理解出来るのだ。剣士というのはいつでも抜ける様に身体を慣らしている。それくらい出来なければならない、出来るのが当たり前だと考えるのが剣士という生き物だ。だからよほど寛いでいる時以外はいつも身に着けている。
しかし、盾は違う。そんなにいつも持ち歩かないものだし、咄嗟に使うような物でもない。咄嗟に受けるなら、それは武装のほうで受ける。それも戦士の心得みたいなものだろう。
その点、拳士は呑気なものだ。
身体そのものが武器なのだから、いつでも抜ける。そして受けずに躱す。それが拳士の基本姿勢である。
それでも生身で剣士を含めた間合いの長い戦士相手に拳士が挑むのは、普通に考えれば無謀でしかないだろう。俗に言う剣道三倍段という計算だ。
拳士が剣士と間合いを奪い合いをするには、大きな技量の差か抜きん出た速度が必要になってくる。逆に言えばそれだけ習得の難しい武技なのだが、選んだ道が拳であり、もう身に沁みついてしまっているカイには捨てる事の出来ない道になっている。
そんな考えても詮無い事を思いながら、トゥリオの大盾に手を伸ばすカイだった。
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