遠話器

「えんわき?」

 聞き慣れない単語の連なりに疑問が湧く。

「ええ、それを使えば何百ルッツ何百km何千ルッツ何千km離れていようが、刹那の時間も掛からず話す事が出来ます」

「そのような事が可能なのか?」

「詳しい理論や構造、使用する刻印記述は全て書いてあります。多少高価な素材が必要になりますので量産は難しいかもしれませんが、それがもたらす有用性がどれほどのものかお解りになると思います」

「そうなのか、政務卿」

 今一つピンと来なかったのか、サルームはバルトロに訊ねる。

「畏れながら陛下、それが本当なら画期的な発明だと思われます。物品はともかく、情報的には距離というものが無意味になるのです。例えば陛下がそれを用いれば、数百ルッツ数百km先の戦場の指揮を執る事さえ可能になるかと」

「何!そういう事か」

「魔闘拳士殿、これは冒険者ギルドが独占している魔法情報通信と同じ物か?」

「基本理論は同じじゃないかと思います。あれは遺跡から発掘された物の模造品だそうですが、これの構造は僕独自の物です。ギルドの物のように大きな貴石が必要になる訳でもありません」


 遠話器は、携帯電話の考え方を基にカイが一から設計したものだ。

 刻印記述の一部はダッタン遺跡で発見した魔力転送装置の記述をアレンジしている。


 まず送話側が捉えた音声は皮膜で振動に変換され風魔法記述と雷魔法記述で電気信号に変換される。

 電気信号は、魔石とそれに付随する魔力変調記述によって変調魔力波として魔法空間に放たれる。それは指定された遠話器に紐付けされており、変調魔力波は相手側遠話器に届けられる。

 後は逆の手順を辿るだけだ。魔石と記述が変調魔力波を電気信号、更に振動に変換して皮膜を揺らして音声として相手に届けられる。この送話受話両方の機能を有しているのが遠話器だ。


 ダッタン遺跡の魔力波変換記述は『倉庫』に用いられる魔法空間という推論を実証するもので、ゆえにあの時カイは「自分の理論を裏付ける」と言ったのだ。

 その記述は、魔力をそのまま魔力波として魔法空間を経由して目的地に届けるものだったが、それを小出力ながら変調魔力波として発信するよう刻印記述をアレンジした。

 必要な素材は、ある程度以上高品位の魔石とそれぞれの刻印を入れて魔石に届けるミスリル銀が高価なくらいだ。

 後は一般的な金属素材と魔獣ゆえんの皮膜くらいだろう。この魔法具の主幹を握っているのは記述刻印そのものなのだから。


「遠話器の汎用性は極めて高いと考えています。先ほどの例えのような事も十分に可能です。何ならフリギアが各地に送り込んでいる間者に使わせれば、現地の情報は時間損失なく入手も出来ます。でも僕はサルーム陛下が遠話器の最も有用な点に気付いてくれると信じていますよ」

 貫くような黒瞳の視線がフリギア国王に刺さる。

「もったいつけるな」

「僕はこれがホルツレインのアルバート陛下の御許に届くよう手筈を整えています。その意味がお解りになりますよね?」

「なるほど、この遠話器を利用すれば国家間交渉も極めて容易になる訳だな。そなたはこれをくれてやるから平和利用に努めろと余に迫っているという事か?」

「そうか! トレバの情勢を鑑みれば或る種の生命線になる!」


 自分の考えに没頭していたバルトロはうっかり口に出してしまう。

 が、奇しくもそれは近臣の幾人もが考えていた内容の共有確認をする結果になる。


「陛下、陛下! これはとてつもない贈り物であります。どうか彼の者の待遇を一考いただけませんでしょうか?」

「意見を覆したな、政務卿。此奴はそなたが恐れていたような破壊者ではないぞ」

「それは…、どうかご容赦を、陛下」

「本人を前に言う台詞でもないかしら?」

 チャムが声を立てて笑っている。

「ふむ、面白い男だ。武人でもなければ文人でも商人でもない。柔軟さの中に豪胆がある。ついぞ知らぬぞ、このような者は」

「それでは褒められてるのか、変わり者と貶されているのか分かりませんよ?」

「あの顔つきは褒めてくださっているんじゃないかしら?」

「ニヤニヤ笑いにしか見えないけど」

 ずいぶんと失礼な台詞を口にする。

「時々、あなたが私を見ている時と同じ顔よ」

「えー、僕そんな顔してる!?」

「これこれ、そこで盛り上がるのは止めんか」

 苦笑しつつグライアルが注意を与える。


「魔闘拳士、そなたを国賓として遇そう。誰に任せようか。バルトロ、そなたが良いか?」

「いえ、陛下。彼の者らはデクトラント公爵家のエントゥリオが招き入れた者です。彼に任せるのが良いかと存じます」

「では、そうせよ。苦労であった。下がるが良い」

「ご配慮に感謝いたします」


 こうして二人は公式にフリギア王国の客になったのだった。


   ◇      ◇      ◇


 前城内の客間に部屋を貸し与えられた二人は、スタイナー邸からセネル鳥せねるちょうを王城馬場に移動させた。

 チャムと仲良くなっていたメイネシアは寂しがってはいたが、その気になれば王城で会えるので我慢する。武門のスタイナー伯爵令嬢だけあって彼女も剣を嗜み、よく打ち合っていたのだ。

 トゥリオは世話役として続きの部屋に身を置く話になっていたのだが、未だ姿が見えない。おそらくグライアルやバルトロと打合せでもしているのだろう。彼にしてみればデクトラントの屋敷には兄もいる事から、王城のほうが暮らしやすかろう。


「じゃあ、渡しとくね」

「出来上がってたの。なら完成品も渡してあげれば良かったのに」


 カイが差し出した、中央で屈曲した紡錘形の魔法具を見て、これが遠話器の現品なのだろうと解った。

 ロムアク村でカイが折を見て精密な作業をしていたのはこれを作っていたのだ。


「あっちは使用目的が国家レベルになるだろうから、開発期間は良い心の準備期間にもなると思うよ。こっちは万が一分断された時の命綱だからすぐに機能してくれないと困る」


(いつもながらどんな状況にも対応できるよう準備するのに努力を惜しまない人よね)

 常に飄々とした態度を崩したがらない黒髪の青年を支えているのはこの万全と思える準備なのだろう。


「とりあえず使い方からよね?」


 チャムはカイから使い方の説明を受ける。とは言っても、特別な構成の魔法が必要だったり、それほど複雑な操作はない。

 本体そのものは前述の通り、20メック24cmほどの屈曲した紡錘形。中央に魔石が配置されており、ミスリル板で固定されている。

 内側は、送話部受話部それぞれに皮膜が張られていて触るとプニプニする。付属の細い鎖の先にはリングがあり、それに複数のタブがぶら下がっている。


 送話時はその紐付けコード入りタブの一枚を最上部のタブスリットに差し込み、タブから受話部表面の送話起動刻印までを僅かな魔力を込めた指でスッとなぞれば紐付け先に変調魔力波が発信される。

 この時、受信した側の遠話器では甲高い受信音が鳴る。その時に魔石固定用のミスリル板の光っている魔法文字に指で触れれば受話状態になる。終話時はもう一度同じ所に触れればいい。


 送信時は僅かな魔力消費で済むし、通話も魔石内の魔力で賄うが、定期的に魔石に魔力充填は必要になる。二人ならば余裕のある時に数瞬で済む程度の魔力量ではあるが。

 会話そのものも魔法空間を経由しているので全くの時間的損失もなく快適であるはずだ。


 そういった使用上の注意点を、カイとチャムは広い部屋の隅っこと隅っこで遠話器を使いながら話している。目線は合っているので妙な雰囲気のまま。


「なんか離れて内緒話してるみたいで、こそばゆいのよね」

「そだね」


 笑い合う二人だった。

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