王の前
「ごめんなさいね、この人いやらしいでしょう? 素知らぬ振りしてこれをやっちゃうような人なのよ」
取りなすように青髪の美貌が口を挟む。
「エントゥリオ、もうちょっと事前情報をくれないとやってられないよ、これは」
「そんな事言ったってよ。掴み切れてねえって言っただろ?」
「二人とも、それは後にしなさい。申し訳ない、魔闘拳士殿。試すつもりが試されていたようだ。貴方から見ると愚息のやる事など児戯に見えただろう?」
胸襟を開く口調の変化を感じる。
「カイで構いませんよ、グライアル様。御子息の真っ直ぐさが時には大事なのです。そう思って自由に育てられたのでしょう?」
「それは買いかぶりというもの。何分、多忙でしてな」
(そんなものに押しつぶされるような狸じゃあるまいに)
トゥリオはそう思っても口に出せるものじゃない。
完全に読み違えてしまったグライアルは方針転換を余儀なくされ、
「カイ殿、陛下は素晴らしい治世を行われている。このフリギアになくてはならないお方だ。ただ、少々癇気がお強くあられる。配慮をもらえないものだろうか?」
「この人達、あなたが気に入らなければ何でもかんでも壊してしまうって思っているのかしら?」
「そこまでじゃないよ、たぶん。彼らは予想できる危険は排除しなければならない立場だから、自らの責務に忠実に動いているんだよ」
(これは聞かされているな)
グライアルは思う。
この遣り取りで察しろというのだ。トゥリオではこんな二人の腹芸には着いていけていないだろう。連携の良さに二人の結びつきの強さを感じる。
カイとチャムにしてみれば、お互いを深く知ろうとした努力の結果に過ぎないが。
「臣一同、陛下の治世をお助けすべく粉骨砕身努力しているだけさ。飲み込んでもらえないかな?」
バルトロも、これはどう飾ったところで見透かされると匙を投げた。
「ご安心を。これだけ安定している国の君主をどうこうしようなんて思うほど僕も無法者ではありません。後はあなた方がどこまで主君を信頼出来るかどうかでしょう?」
(意地が悪い。陛下の忍耐を試されるつもりか)
バルトロは親友の持ち込んだ頭痛の種にこんなに苦しめられるとは思っていなかった。
◇ ◇ ◇
グライアルとバルトロが面会を申し出た時には、指摘された通りフリギア国王サルーム・メテン・フリグネルは魔闘拳士の所在を把握していた。
ドリスデンを呼び出して問い詰める段を取っていたところに彼らの来訪を受けたのだ。
「そうまで会わせたがらぬとは、卿らは余を何だと思っている?」
「彼の御仁の危険性は未だ計り知れぬところにありまする。それを鑑みれば十分な準備が必要かと」
「そのような定型の遣り取りなどでは英雄殿の為人が解らんではないか」
(そこが一番恐いんですよ)とは言えない。
「それらも臣の職務と御理解いただきたく存じます」
こればかりは後の祭りという訳にはいかない。
謁見の間は静まり返っていた。
「余に屈する膝は持たぬか、魔闘拳士よ」
そのまま歩み寄っただけで控える様子もみせないカイにサルーム国王が問う。
チャムもいつもの試すような視線を向けたままだ。
一国の君主に向けて不敬以外の何物でもない態度に列席の臣達はざわめきたち、グライアルとバルトロは顔を顰める。しかし、非難の声が上がり始める前に、当の本人から釈明がある。
「大恩あるホルツレイン国王陛下以外に垂れる頭は持っておりません。どうかご容赦ください」
「信義に厚いと主張したいのなら、そのホルツレイン国王の顔をつぶさぬ程度の礼節はわきまえぬのか?」
「それは違いますね。僕はアルバート陛下の臣でなければ、全権大使でもない。そんな立場の人間の行いをサルーム陛下はホルツレインにぶつけると言われるのですか?」
個人の節度を問われ、国の節度を問い返す。
「背負うものがあるだろう」
「僕が背負っているのは大切な仲間の命だけです。それ以外にも無くはありませんが、ここで語るようなものではありません」
「…よかろう。国とは無縁と申すならここに会うたも何かの縁、そなたが余に忠を捧げると申すなら厚く遇するぞ」
ホルツレインに比べてフリギア王国は尚武の傾向は強い。それは国の成り立ちに起因するだろう。
フリギア王国が興るまでこの西方最西端一帯もトレバ皇国の版図。
地域最大の勢力を誇っていたフリグネル辺境伯は周囲の領主貴族と結託し一方的に独立を宣言、トレバ皇国との戦争状態に突入した。
過酷な辺境で力を蓄えていたフリグネル軍は西方の超大国を相手に五分の戦いを演じ、ついに独立を勝ち取る結果になる。その後も再三に渡りトレバはフリグネル王国に対して侵攻を画策したが、その全てを退けて西方三大国の一角の地位を確立するに至ったのだ。
「ホルツレインではそなたは生き辛かろう。ここならば武の栄達も容易なるぞ」
「勘違いなさらないでください。僕は栄達など望んでおりません。その気が有ればアルバート陛下とて椅子を用意してくださったでしょう」
「なら何を望む?」
サルームには彼の内奥が見えないでいた。
チャムならばその深淵を覗く無謀を制止しただろうが、サルームの近臣には正しく解している者は居なかった。今まさにその最中なのだから。
続くぶしつけな質問にサルームが答える義務などないのだが、なぜか答えねば何も進まないと理解できていた。
「サルーム陛下は国とは何だと思われますか?」
「人が人として生きられる場所だ」
人が獣に堕ちずに秩序を以って生きられる場所、それがサルームの思う国だ。
「では、王とは何ですか?」
「その場所を守る者だ」
王は人の生活を守り、秩序の体現者たらねばならない。
「民とは何ですか?」
「余が背負うべき全てだ」
全ての民の父として導かねばならない責がその身に有るという。
「では、こちらを献上いたしましょう」
カイは数枚の皮紙を差し出す。
近習が階段を降りて受け取り、サルームの下へ持ち戻る。
「研究者に見せれば判ると思いますけど…」
深奥を思わせる瞳に笑みを浮かべて続ける。
「それは遠話器です」
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