バルトロ
フリギアには公爵家が乱立している。
これは王家の血筋が代々優秀な人材を輩出し続けた結果である。
例えば或る代の国王が十二分な王器の持ち主であり、王弟がそれに劣らぬ優秀な人物だとする。この王弟を政略結婚で国外に出せば自国を脅かすほどの名君になってしまうかもしれない。
しかし、自国内に置いておけば善からぬ考えを以って旗頭に立てようとする輩が現れかねない。
国を分けかねない事態を防ぐために、王位継承権を放棄させ、その代わりに公爵位を以ってその働きに報いる形にする。そうして新たな公爵領が生まれて公爵位が受け継がれていく。
そんな事が何度も続けば公爵家が多数存在する結果になってしまうのだ。
公爵家を立てずに単純に臣籍に婿入り嫁入りさせてその家の爵位と領地を継がせれば良いという専門家も居るが、それでは王位継承権放棄の手続きが困難になるのだ。
その家の当主が死没するまで爵位の継承は行われず、爵位の継承なしに王位継承権の放棄をさせるのは制度上不可能。だからと言って生前継承を王命でさせようものなら臣下の不満は募っていく。
余計な軋轢を生むくらいなら新公爵家を立てたほうが良いとの判断の下に今の状態がある。
それで歪みの一つでも生まれていれば批判の対象にもなろうものだが、現実には新公爵家も代々優秀な人物が生まれ続け、王国の要職を席巻する結果になっているのでは文句の出ようもない。
トゥリオの兄タルセイアスが王家の血云々と言ったのはこういった事情に基いていたのだ。
◇ ◇ ◇
クナップバーデンで何が起こったのかをグライアルに打ち明けたトゥリオは、敵も多い父の裁量だけでは事態の収拾が困難だと感じ、知己を巻き込もうと考えた。
それがテーセラント公爵バルトロだ。
このトゥリオと同年の友人はなんと今をときめく政務大臣の地位に在る。
当主を病気で失った当時は、テーセラント公爵家を一時は危ぶむ者が現れたものの、父に隠れていた英才バルトロがめきめきと頭角を現し、公爵位だけでなく政務大臣の位まで継承してしまったのである。そこには政務大臣適任者の選出に難航した状況が味方したのも有るが、今ではそれが幸運だったと語る者が多い。
その新進気鋭の政務卿が、切れ者の友人バルトロなのだ。
「済まんな、忙しいだろうに」
「別に構わないさ。時間なんて上手に立ち回れば余ってくるものなのを知らないのか?」
この鼻持ちならない物言いは相手がトゥリオだからこそのもので、彼の親愛表現の一つだと思っていた。
その証左にバルトロは良くモテる。爵位継承前に若くして結婚していなければ今頃女性陣が血眼になって彼の隣を争っていた事だろう。もっともその結婚が幼馴染との大恋愛の結果だというのも一因ではあろうが。
「で、急に戻ってきていきなり会いたいとは何事だい? 僕が思っているほどに君が僕に友情を抱いていないのは解っているつもりだ」
「そう皮肉るな。兄貴の居るこの王城から足が遠のくのくらいは解ってくれるだろ?」
「冗談さ。その君がここに居るほうが僕にはどんな風の吹き回しなんだか理解に苦しむよ」
暗に要件を話すよう仕向けてくる。
「背に腹は代えられん、というやつだ。お前はどのくらいクナップバーデンの事情を掴んでいる?」
「…その質問だけは容易に答える訳にはいかないね」
「そりゃ無駄だぞ? 俺はあの場に居た」
「何だって! 何をどうすればそんな事に?」
それはバルトロにとっても衝撃の事実だったらしい。
「これで君を解放してやれなくなったぞ。見たものを洗いざらい吐け」
「それどころじゃねえんだ。あれの元凶が今ここに居る」
「ちょっと待て」
バルトロは一度扉の外を見回し、立哨衛士に人払いを指示する。
「…黒髪の拳士。巨大なガントレット使い。間違いないのか?」
「そうだ」
言葉を選ぶように質問してきた友人に正解を与える。
「俺が今、あいつとパーティー組んでるんだからな」
「くっ! …君は僕の心臓にどれだけ負担を掛ければ気が済むんだ?」
「残念ながら俺達の本番はこれからだ。今はドリスデンに頼んでいる。親父にも救援を頼んだ。あとはお前と親父と俺とで何とかするしかない」
バルトロは頭の中で南国を襲った事態を反芻する。
「問題になりそうか?」
「正直解らん。まだ俺もあいつを理解してるなんてお世辞にも言えん。ただ、あれは苛烈すぎる」
「なるほど、陛下と合わないと考えたんだね。実に賢明な判断だ」
今後の方針を考えているのか沈黙が続く。
「出来ればそのままレンギアを穏便に通過して欲しい。何かに興味を抱いている風か?」
「今、思えばおかしいところがある。権力に擦り寄るタイプじゃねえのに、妙に進んで城門をくぐりやがった。何か企んでやがるかもしれない」
「なぜ、そこで阻止してくれなかったのさ。そうすればこんなに頭を悩まさずに…」
「そんな生易しい奴じゃねえんだよ。自由にさせたらどこから突っ込んでくるか掴めねえだろ? それなら目が届くところに置いといたほうが良いじゃねえか」
バルトロの安全策はすぐに否定される。
「ダメだ。彼の御仁の人間性が掴めなくて対策の立てようがない」
「親父が会うって言ってる。どうする?」
「同席させてもらおうか。内務卿と調整しよう」
「頼むわ」
トゥリオの苦悩は、バルトロにも
◇ ◇ ◇
「こんなにのんびりしてるなんて珍しいじゃない。もっと自分から動くタイプでしょ、あなた」
「トゥリオが大変だろうからね。大丈夫。そろそろ仕掛けてくるよ、たぶん」
レンギアに入って
あそこでホルツレインの聖印まで使ったのだ。何の目的もない筈がない。
「まあ、私達とブルー達の身体が鈍る程度の事だけどね」
「じゃあ、組手する?」
「行きましょうか?」
そこへ開かれていた扉から美丈夫が顔を覗かせる。
「ちょっと待ってくれねえか?」
「あら、久しぶりじゃない。元気だった?」
「おかげさんで絶好調だぜ」
そう見えないのはチャムだけではなかろうが、カイは指摘しないようだ。
「人に会って欲しい。じきに来るはずだ」
「お預けだね」
「タイミング悪いわね」
対面の眼光鋭い紳士がトゥリオの父親でデクトラント公爵だと名乗る。
その横に座っている優男はテーセラント公爵と名乗った。
(公爵さんだらけとはね)
皮肉を噛み殺す。
「初めまして、僕はカイ・ルドウ。息子さんにはお世話になっています」
「私はチャム。よろしくお願いするわ」
探るような目のチャム。
「うむ、愚息が世話になっているようだ。感謝する」
「それほど付き合いは長くないんですよ。お聞き及びの事だと思いますけど」
「南方で出会ったそうだね。冒険者同士では普通の事なのかな、そういう縁の結び方は」
とりあえず世間話でお茶を濁すつもりらしい。
「そうですね。お互いの詮索はタブーに近いですし、あとは肩を並べて戦って確認し合うくらいの縁でしょうね。だから僕もまだトゥリオさんの事をちゃんと理解してるとは言い難いんですよ。あなた方が僕の事が解らなくて、クナップバーデンみたいな事にならないか恐れているのと同じくらいにね」
「「!」」
トゥリオは顰めた顔を片手で覆っていた。
「つまらん腹芸は通じないようだな。率直に訊こう。何をしにいらっしゃられた?」
グライアルも切り込んでくる。
「一言で言えば確かめに?」
「何をだね?」
「難しい質問ですね。僕からあなた方が望む未来が見えないように、あなた方からも僕が望む未来が解らないはず。だとすればその未来に何が必要か考えているかも解らないでしょう?」
「確かにそうさ。でもヒントくらいもらえないと抽象的過ぎるとは思わないかい?」
バルトロはその表現を揶揄する。
「それはそうですけど、あなた方が具体的な答えを持っていないのは解っているので、ここで論じても仕方ないんですよ」
「なぜ答えを持っていないと言える」
「その権限を持っていないからです、内務卿、政務卿」
呼び方で意図を伝える。
「そこまで調べていたか」
「要人の名前くらいは城門内の使用人方は通じていらっしゃいますからね」
(あまりにも食えない男だ)
グライアルもバルトロも思い知らされた。
しかし、そこに更に追い打ちが来る。
「そろそろお呼びが掛かると思いますよ。僕はここに足留めされていましたけど、道行く使用人の方々は何人も『スタイナー邸の黒髪の客』に声を掛けられているんですから」
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