シナリオの結末(2)

(何だ?  何が起こった?)


 状況に振り回されている間に、失脚したウェルトシルト侯爵を見送る事になったカロフォランカ商会主ダントラは思う。

 王家番の記者達に虚偽情報を掴まされたまでは理解出来た。しかし、その後はあれよあれよという間に一人捕縛されて謁見の間の中央に座らされている。


「さて、ダントラ殿。貴方はどうなされます?」

 黒髪の青年が尋ねてくる。

「私は……、何をやった?」

 王家番記者はウェルトシルト侯爵に繋がっていた。その記者に書かされていた王家番で自分は罪に問われようとしている。何故そんな事になったのか?

「貴方は政争の具にされたのですよ。市民感情の操作による評判の悪化でアセッドゴーン侯爵様を王国首脳部から取り除き、その味方である僕を王国から遠ざけようとしたのです」

「利用された?」

 ダントラは視線を落とす。頭の中で様々な事象がグルグルと回って整理出来ない。

「一概に悪くないとは申しません。貴方は情報の真偽を確認する手間を欠いた。それは罪です。しかし、いいように操られていたのも間違いないと思いますよ?」


 カイが周りを歩き回るために、目の前を何度も通り過ぎる銀爪が気になって仕方ない。自分はあの爪に掛かって終わりを迎えてしまうのかと、つい思ってしまう。彼を陥れようとしたのだから、それも致し方ないかもしれない。『無敵の銀爪』を敵に回したのだ。今になれば、どうしてそんなことが出来たのか信じられない。


(いや、違う)とダントラは思う。

 自分は増長していたのだ。市民が自分が書いた通りに噂を広め、彼が描いた通りの事を信じ行動する。まるで彼が市民を操っていたかのように感じていたのだ。その感覚は、ある種の全能感を彼に与えていた。


「酔っていたのか?」

「その表現は、僕が触れた貴方の言葉の中で最も真実に近いかもしれませんね?」

 カイは皮肉を込めて辛辣な物言いをした。


「魔闘拳士、おま……、君はウェルトシルト侯爵様が王国補助金や利益提供金に目を付けるのが分かっていたのかね?」

 ダントラから見たカイの印象はガラリと変わっている。カロフォランカ商会に殴り込んできた時の印象は払拭され、先程から見せた理論派の姿に塗り替えられている。

「あの方の立場なら、僕を追い込むとすれば一番の目の付け所ですからね」

「そこを狙って排除してくるだろうと読んでいたのか」


 バーデン商会、クラッパス商会、モノリコート製造所、託児孤児院と収入源を巡って利益が上がっている事を強調し、そこに目が行くように誘導されている。利益が上がっている組織に、更に国庫からの支出があるのであれば指摘したくなるのは道理だ。その分が浮けば、自領の保安整備事業の申請の通過が有利になると思ったのだろう。


「なぜ、それで逆に追い込めると?」

「それは簡単です」

 カイはさも当然の結果であるかのように説明を始めた。


 彼曰く、ウェルトシルト侯爵のようなタイプは、反魔闘拳士派だとしても自分に利益が出ないようであれば大きな賭けには出てこないのだそうだ。まずは、どこにブルックスの利益が有るのか考えたと言う。


「ルドウ基金には、融資予算策定の為に各地の公共工事計画書が届けられるんですよ。守秘義務があるので詳しく話す訳には参りませんが、その中にグリングスの街壁拡張新設工事が入っていれば、そこに絡繰りが有ると想像が付くでしょう?」

 後は、その予算が通らなくなれば動揺を誘えると考えたのだそうだ。


 ブルックスは王国での立場はそれほど大きくない為、公共工事予算策定に関われる訳ではない。ルドウ基金の融資が有るとは知っていても、カイ本人がその融資対象に関与していると知れる立場でもない。おそらく、国王からの指示で言いなりに引き出しているとでも思っていたのだろう。ウェルトシルト侯爵自身が王国の中心に早くから居る所為で、中央集権が当然だと思っているだけに生まれてくる思考だ。

 ところが、そうではなかった結果があの暴言に繋がっていってしまった。


(いや、言わされた・・・・・んだ!)

 ハッと気付いてダントラは国王のほうを見る。アルバートはしたり顔で彼を見下ろしてきている。

(違う!  違うぞ!  ウェルトシルト侯爵様の策を逆手に取ったのではない!  そう動かされたんだ!  これは魔闘拳士のシナリオだ!  この結果は、魔闘拳士のシナリオの結末なのだ!)

 ダントラは驚愕の表情でカイを振り返って見た。


「一体、いつから?」

「一つ、いい事を教えて差し上げましょう」

 一言それだけ絞り出すように問い掛けたダントラに、カイが指を立てて言う。

「暴力で物事を解決するような人間は、素直に損害賠償になど応じないものです」


(な!  最初からではないか!)

 確かにルドウ基金から言い値の賠償金が支払われている。

(そんな前からこの結末まで……)

 彼は目の前に居る黒髪の青年がとんでもない怪物だと気付かされてしまった。その怪物に自分は喧嘩を売っていたのだ。

(出し抜ける訳など無い)


 王家番の主は静かに頭を垂れた。


   ◇      ◇      ◇


 カロフォランカ商会主ダントラは、縄を打たれたまま謁見の間から連行されていったが、彼が罪に問われる事は無いだろう。ただしこの後、騎士達にこってり絞られるだろう事は想像に難くない。かなり恐ろしい思いをしての帰路になろう。


 開け放たれた大扉からアセッドゴーン侯爵グラウドに付き添われ、再びロアンザが姿を見せる。


「恥ずかしい姿をお見せして申し訳ございませんでした、陛下。一言お詫びをと思い、無理を言って上がらせていただきました」

 深々と腰を折って彼女は言上する。

「そのような事、気にせずとも良かったものを。余は何もしておらん。そなたが苦しんでいるのを知りながら、申し訳なく思っておったのだ」

「もったいないお言葉、痛み入ります」

「余からも頼むぞ、グラウドの事」

「この身を賭けまして」

 大きく頷く国王にもう一度腰を折るとカイに振り返り、ひしと抱き付いた。

「ありがとう、カイ。あなたのお陰よ。人生に、こんな幸せな瞬間が来るなんて思いもしなかったわ」

「それは侯爵様を大事に思って尽くしてきてくださった貴女への贈り物です。僕は少しくらいは恩返し出来ましたでしょうか?」

「これ以上は無いわ。今度はわたしが何かしてあげないと」

「考えておきます」

 彼には一つ思うところが有ったが、この場では控える。

「それほど恩に着なくても大丈夫ですよ。侯爵様の差し金ですから」

「え?  グラウド様の?」

 突然、当の本人があたふたとし始めた。

「だって、僕が主賓の晩餐会を勧められたのでしょう?  貴女の様子が変であれば、何か察するだろうとの計算です。僕はけしかけられたんですよ」

 涙ぐんでいたロアンザの表情から感情が全て消える。

「グラウド様?」

「な、何だね?  全て綺麗に解決したのだから、良……」

「あなた様はカイに何をさせているのです!  幾ら何でも酷いですわ!」

「い、いや、カイなら見事に片付けてくれると……」

「言い訳は別室で聞きます!  お出でなさい!」

 引っ張られていくグラウドを見やりつつ、国王を始めとした一同は(これはしばらく頭が上がらないだろうな)と思った。


 カイは笑顔で見送った後にチャムに振り返る。

 王宮メイド姿の彼女を足元から上に向けてゆっくりと眺め回した。そして、右手を握手の形で差し上げると頭を下げてお願いする。


「一三十六日8000シーグ64万円で契約してください!」

「バカな事言ってんじゃないわよ!」


 脳天を平手で叩かれた。


   ◇      ◇      ◇


 一方その頃、ルドウ邸でレスキリは背筋を駆け上がった悪寒に震え上がる。


「何なんです、これ!?」

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