シナリオの結末(1)

 虚偽記事の責任の所在を最後まで明らかにしなかった王家番記者二人は、騎士に連行されて謁見の間を去る。この後、更に追及が行われるが、彼らは口を割る事は無いだろうと思われた。

 ウェルトシルト侯爵ブルックスは余裕の態度で構えており、その顔に笑みを張り付かせている。


(危うかったが、我がところまでは及ばなかったな。政務卿を引き摺り下ろせなかったのは残念だが、魔闘拳士は王国事業からは切り離せたわ。もう国政への発言力はあるまい。シナリオの結末はいささか狂ったが、欲をかいては仕損じる。後は魔闘拳士という最強の矛を失った革新派を切り崩していけばよい)

 勝利を確信し、そんな風に今後の方針を立て始めていたブルックスに声が掛かる。


「ふむ、仕方あるまい。例の件は諦めろ、ブルックス」

「は?」

 国王アルバートが宣った言葉を彼は理解出来なかった。

「忘れたのか? グリングスの街壁拡張新設の予算の件である。そなたの申請、通らぬわ」

 グリングスはウェルトシルト侯爵領の主都、ブルックスが統治館を置く都市である。

「ど、どうしてですか、陛下?」

「是非もない。予算が無いからだ。無い袖は振れぬ」

「まさか、そんな事は……。ルドウ基金に出していた補助金分やモノリコート売上金の一部は浮いた筈ですぞ。むしろ予算枠は増えているのでは?」

「そんなものは全て消えてしまうわ」

 アルバートは噛んで含めるように説明を始める。


 確かに好景気で国庫は潤っている。しかし、新領各地の整備事業や新たな街道整備事業でその大部分を消費してしまう事になる。それでは新領以外の保安や福祉といった事業が進められないので、前述の事業に関してはルドウ基金の融資借入金で賄っていたのだ。

 しかし、ルドウ基金は国家下部組織でなくなり、融資の申し入れがし難くなってしまった。それどころか民間商会となってしまったルドウ基金にこれまでの融資借入金の返済をしていかないといけない。その分で浮いた補助金等は軽く吹っ飛んでしまう。

 こうなってしまった以上、新領以外への新規の保安・福祉関係予算を切って、新領や街道整備の事業を継続しなければならない。それらは国家の動脈である。途切れさせれば、その先が壊死してしまうからだ。


「一民間商会に多額の借入金が有る状態など、健全な王国運営が出来ておるとは言うまい。それはそなたにも解ろう?」

「あ、いや、それはそうでありますが……」

「故に涙を呑んでそなたの申請は却下させてもらうぞ?」

「それは……」

 非常に困るのだ。


 グリングスの街壁拡張新設工事は既に複数の商会と契約を済ませ、支払いの一部は上納金という形でブルックスの懐に戻ってくる仕組みになっている。それ無くば、王家番を認めさせる過程でバラ撒いた金の分も戻って来ない。契約の違約金まで考えると、彼は大損してしまう事になる。


「何とかなりませぬか、陛下?」

「ならんな。カイ・ルドウが王家番に書かれていた通りの不正蓄財をしていたのだとしたら、余はルドウ基金代表の首を挿げ替えて融資を継続させるつもりであった。しかし、ルドウ基金はそなたの指示で国家の支援を打ち切られ、民間商会となってしまったのだぞ? 今更どうにもならんではないか?」

「あ、う……。そ、そうですぞ。疑惑のある魔闘拳士など馘にしてルドウ基金を国家下部組織のままにすれば……」

「王家番の記事は虚偽だったのだ。どういう理由でカイ・ルドウを馘にする?」

 心底分からないと言わんばかりにアルバートは首を捻りつつ問い掛けてくる。

「そもそもカイ・ルドウの居ないルドウ基金を下部組織にしても何の意味も無いぞ? 咎人であるなら反転リングの権利も取り上げられようが、彼は咎人ではないと判明したところだ。委託していただけの権利を持ってカイ・ルドウが出て行ってしまうだけ。院の利益だけでは僅かな融資能力しかないであろうな」

 ブルックスが握っている情報でも同じ結論が導き出されるだけ反論は適わない。


「仕方ありません。魔闘拳士を代表に置いたままで元の鞘に納まってもらうしかありませんな?」

「そんな無茶をおっしゃらないでください」

 最大限の譲歩を見せた彼に対して、カイから声が掛かる。

「ルドウ基金で働いてくださっていた出向政務官の方々のほとんど全員が基金に残ってくださる事を望んでくださいました。既にその方々を正規に雇用しているのですよ?」


 雇用条件も良く、仕事にやり甲斐も感じられるルドウ基金に残る決断をした職員は多いのは事実だが、その転職手続きは書類上で「はいそうですか」とはいかない。

 政務官を育てるのには莫大な資金が必要になる。登用してすぐに実践出来る訳が無いからだ。五か、時には十くらい掛けてやっと一線級の政務官として働けるくらいの実力が身に付くのだ。

 その為、政務離脱違約金制度というのが有る。これは政務官として登用して、重い病気や障害の残る怪我といった理由無く、一定期間以上政務に従事せず離職した場合、違約金を支払わねばならない制度だ。


 これは大手商会の跡継などが政務官として育成された後に、実力を付けて家業に戻ったりするのを防ぐ目的で施行された。それでもこの政務離脱違約金、俗に手切れ金を支払ってでも家業に戻るものは後を絶たない。王国は、その辺りを割り切って高等教育制度として政務官育成を行っている。


「ルドウ基金が立て替えた多額の政務離脱違約金。ウェルトシルト卿がお支払いくださるのですか?」

「払うか、そんなもの! ぐう……、ならばいっその事召し上げてしまいなされ! ルドウ基金が保有する資産・権利全てを王国の物となされば宜しい! 陛下がそう命じるだけで国庫が困窮する事など無いのですぞ?」

 謁見の間がシンと静まり返る。それで興奮したブルックスは自分が何を言ったのか気付いてしまった。

「ちが…!」

「愚か者が!! そんな事をすればどうなる!! けいはホルツレイン王国を滅ぼすつもりか!?」


 何の罪もない商会の私財・権利を王権の強制で召し上げてしまえば何が起こるか?

 それが罷り通る国家になど商人は寄り付かなくなる。生産も物流も交易も全てが滞ってしまった国家は急速に衰退し、滅亡を待つだけになる。その一言だけで容易に一つの国家が無くなってしまうのだ。


「お、お許しを!」

「…………」

 叱責した国王の目は怒りに燃え上がり、沈黙がブルックスを貫く。

「……ウェルトシルト卿、そなたには統治能力の欠如が認められるな?」

「陛下、お待ちください! どうかお考え直しを!」

 領地没収の上、改易も有り得る状況にブルックスは震え上がった。

「家督・爵位を子息に引き継いで蟄居せよ。此度はそれで許す」

「…………」

「答えよ、ブルックス。陛下の御下命であるぞ!」

 クラインに念押しされて、彼は崩れ落ちた。


(なぜ、こんな事に? 政務卿を失脚させて魔闘拳士を追放する筈が、どうして私が失脚するのだ? 既に決まっていた流れが、この奇妙な流れに変わったのはどこからだ? あの時、魔闘拳士が入ってきて……。まさか!)

 ハッと振り向くと薄笑いを浮かべたカイが彼を観察している。


「きぃーさぁーまぁー!」

「騒ぐな! 疾く下がれ! 当分、王宮に上がる事は許さんぞ!」

「くっ!」

 ブルックスは重い足を引き摺るように謁見の間を後にしようとするが、カイとすれ違い様に「許さんぞ」と言い置く。

「僕に対して刺客なり何なり送るのはご自由に。ですが僕の大切な人々、特に力の無い基金の職員や、院の子達を狙ってごらんなさい。グリングスの公館を焼きますよ?」

「く! お聞きになりましたか、陛下! やはり、此奴は銀爪の魔人です! 今の内に取り除いてしまいなされ! 私は真に王国の事を思って……!」

「黙れ! 下がれと言ったぞ!」

「御意……」

 

 これにより、ウェルトシルト侯爵ブルックスは王国の表舞台から姿を消したのだった。

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