誇張と虚偽
【お願いするわね、ロアンザ。時々はわたくしの話し相手もしてくださると嬉しいわ。その時にグラウドの様子も教えて】
その立場を認めると共に距離を詰めてくるフランシア。歓喜と感動の中で息を詰まらせながらも必死に返事をしようとするロアンザだったが、なかなか言葉にならない。
「わたし……、わたしがっ……、こんなに幸せで、宜しいので、しょうか?」
【良いのよ。あなたが幸せでないと主人を幸せになんて出来ないもの】
「奥様……、奥様……、感謝を、どうか、お受け取り下さいませ」
【それであなたの気が済むなら幾らでも。末永く宜しくね】
「はい……」
ロアンザは近い内に必ず本人に会って感謝を伝えようと心に誓った。
◇ ◇ ◇
国王の命で、ロアンザはグラウドに付き添われて謁見の間を下がった。後は彼が上手に宥めてくれるであろう。二人の時間も作れるとの配慮もある。カイもフランシアに感謝を述べて通話を終えた。
「さて、ダントラ殿? 真実というのはどこにあるのでしょうね? これでもなお不義密通などと書き立てる厚顔無恥でないことを祈るばかりですが」
「無論だ! あの記事は……、きちんと訂正記事を出す」
「安心しました」
「だが! だがな、貴様の無実まで証明された訳では無いぞ!」
かなり興奮しているのか、まるで犯罪者扱いである。
「ええ、ええ。まだ何も終わっておりませんとも。これからですよ?」
「何だと?」
余裕の態度を崩さないカイに不気味さを感じてしまうダントラ。
「さて、と……」
「何! 痛い痛い!」
「ぐあっ! は、離せ! 何を!」
従者の列から、腕を捻り上げられて男女が前に連れ出される。彼らを抑えているのは王宮メイドであった。
「お前ら!」
ダントラは目を剥く。二人は間違いなく、彼が雇用している王家番の記者だ。
「見覚えのあるお二人ですね? 確か僕の自宅まで無断で押し掛けてきた王家番の記者さん達です。おやおや、王家番というのはこんな警備の厳しい所まで入っていい許可をいただいているのですね?」
「余はそんな許可など与えておらんぞ。此奴らは間違いなく王家番か?」
「ええ、間違いないですわ、陛下。私にも見覚えがあるもの」
二人の後ろに居るのは、王宮メイドの装束を纏っているが、王宮メイドではなかった。その美貌に見覚えのある者がこの場には多い。彼女がウィッグを取り去ると、その印象的な長い青髪がひるがえる。
「なるほどな、チャム。それでは間違いあるまい」
「困りましたね。こんな場所まで配下の王家番を送り込むとは、貴方には陛下に叛意でもお有りになるので?」
「なっ! そんな事は有り得ん!」
疑惑に驚くダントラ。
「実際に間者のように王家番を招き入れているではありませんか? もしかして国内だけでなく、他国の方にまで情報を売るんですか、王家番は?」
「騎士団長!」
「取り押さえろ! 縄を打て!」
王太子クラインの声に応えて、騎士団長が命を下す。三人は捕縛されて並んで座らされた。
「奇妙だと思ったんですよ」
カイは三人の後ろをゆっくりと往復しながら説明を始める。
「審問会の様子があれほど早く簡単に外に漏れるのは変でしょう?」
「参加者に取材したと聞いている。どこに問題があると言う?」
「それはここにお並びの臣の方々や、従者の方々がそこで起こった事をペラペラと喋ると言う意味ですか?」
彼が見回すと皆が視線を逸らしたり、首を横に振ったりする。
「ダントラ殿は全く不審に思わなかったので? それは方々を守秘義務も守れない者だと思っているという意味になりますよ?」
周囲からダントラを非難する声が飛び、法務卿の「静粛に!」の声で収まっていった。
「貴様はどうなのだ! この女は王宮関係者でもない、ただの冒険者ではないか!?」
「当然、近衛騎士団長の許可を得ているに決まっているではないですか?」
「!」
そこまで聞いてダントラは罠に嵌められたのだと気付いた。カイは乱入したのではなく、事前に打ち合わせて入ってきたのだ。これまでの事は全て茶番であると知る。
「貴様ぁ! 嵌めたな!?」
「人聞きの悪い。自分の事を棚に上げ過ぎですよ」
「くっ!」
商会主の背を伝う汗が止まらなくなる。これはもう魔闘拳士の掌の上だと知ったからだ。
「だが、多少は脚色したが王家番の内容は取材に基いているのは間違いないぞ?」
「そうではないかとは思っていますよ」
察しの悪さにカイは眉を顰める。確信犯だと告げた筈なのに理解していないらしい。
「貴方が記者の取材と書く記事を鵜呑みにして纏めた結果があれでしょう?」
「まさか、取材内容そのものに虚偽が混ざっていたと言うのか? しかし、彼らはウェルトシルト侯爵閣下にご紹介いただいて雇い入れた……」
「ダントラ!」
大音声にビクリとして続く言葉を飲む。振り返るとブルックスが射殺さんばかりの目で睨んできている。
「ひ! な、何でもない」
「何でも無くはないと思いますが、まあ良いでしょう。普通は誇張と虚偽の間には大きな差があるものなのですが、記事のような伝達文となると表現によってその差が埋められてしまうのですよ。ですから、それに携わる者は自覚を持って事実に向き合わねばならないと僕は思っています。貴方にその覚悟は有りましたか?」
「知らん! 私はただの美術商なのだ。記事の書き方など解らん。その者らに頼るしか無かったのだ!」
何が起こっていたのかを薄々察し始めたダントラは混乱の極に有り、回らない頭は逃避に走ろうとする。
「では彼らに訊くとしますか? 貴方達をここに招き入れたのはダントラ殿ですか? それとも別の方ですか?」
「…………」
「お答えいただけない。ハインツさん、例の件はどうでしたか?」
カイはここで新たな人物に話を振る。
「ああ、その二人に間違いない。昨夜、ウェルトシルト侯爵邸に入っていったぞ」
「おやおや」
既に自身の尾行によって判明しているのだが、彼にお願いして昨夜ウェルトシルト侯爵邸の裏口を見張っていてもらったのだ。第三者による証言として。
「聞き捨てならんぞ、ウェルトシルト卿?」
「お待ちください、殿下」
クラインは追及しようとするが、ブルックスは否定する。
「そちらの近衛騎士殿は
「道理だな。ハインツ、君を信じていない訳では無いが、証言としては足りんのだ。許せ」
「いえ、もったいないお言葉」
カイもそれで詰めるとは思っていない。方向性を変えることにした。
「では、御本人に訊くしかないようですね?」
カイは前に回り込んで「マルチガントレット」と小さく口にする。
「貴方に虚偽の記事を書かせたのはどなたです?」
「…………」
銀爪が男の喉から上へなぞり上げるように這わされるが、頑として口を割らない。
「まるで、訓練された間者のように強情ですね。ただの記者とは思えない」
カイが女のほうに目をやるとビクリと震えて目を逸らす。彼に加虐趣味はないのでそのままにしようとしたが、いつの間にか王宮メイド姿のチャムの左手には鞘が握られていて、軽く鳴って少しその剣身を垣間見せる。
「し、知らない! そんなの居ない!」
「まさか、自分一人の意思で書いた訳では無いでしょう?」
「その通りさ。我らが勝手に虚偽の記事を書いて渡したんだ! それが何の罪になると言う!?」
王家番が公文書とされてない以上、問うべき罪が無いのは事実だ。
「それで貴方達に何の得があると言うんです? しかし、困りましたね。そう主張されては話は行き詰まってしまうではありませんか」
「ふっ、愚かな。何の証拠も提示せずに誰かを問い詰めようなど上手くいく道理が無かろう?」
勝利を確信したブルックスの大笑が、謁見の間に響き渡った。
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