愛の形
「貴様、ここをどこと心得る!」
怪しい雲行きに介入の必要を吟味していたウェルトシルト侯爵ブルックスは、突如乱入してきた黒髪の青年に立腹し大音声を張り上げる。それで流れを変えてしまおうとの思惑が有ったが、軽くいなされてしまう。
「閣下のお相手は後ほど。一つずつ片付けていきますので」
「ほざけ!」
「黙るがよい。続けよ」
意に介さず進み出るカイを制止しようとするが、逆にアルバートに制されてしまった。
「それではダントラ殿に質問です。広報機関の役目とは何でしょう?」
「……真実を伝える事だ」
「違います。それは報道機関の役目です。顧客の要望に応えて、都合の良い情報のみを伝えるのが広報機関です。貴方は見事にその役割を演じていましたね?」
暗に揶揄する。
「それがどうした? 意味が解らん」
「心外ですか? 貴方は陛下の御前にて広報のお役目を暗に承った筈ですよ? ところが、何を思ったのか、始めたのは報道染みた役割です。しかも、偏った情報源による」
「何を言う。王家番は綿密な取材に基づき、正確な情報を伝えてきた。自分に都合が悪いからといって誤った情報だと主張する気か?」
ダントラは欺瞞行為だとせせら笑う。
「全てがそうだとは申しませんが、明らかに曲解を促す内容だったのは否めないと思いますけど?」
「ふざけるな! 何を以って誤りだと言う?」
「それを今から証明していきます。お願いします」
大扉からは、促されてレフレゼン男爵令嬢ロアンザが入場する。グラウドは目を見張り息を飲んだが自制する。
「日陰者のこの身でありますが、御前に失礼いたします」
「よい。楽にせよ」
理由を聞かされていないのか、動揺を隠せないながらも跪き許しを請うた。
「では続けます。お出で下さいましたロアンザ様ですが、王家番にはまるで彼女が誘惑して愛妾の座に収まった略奪愛であるかのように書かれておりました」
「事実、正妻であるお方の目を盗むように密会しているのは間違いないではないか?」
「いいえ、それは事実無根です。ロアンザ様がそれと知っていながら、ご家族は懇意にされていますよ?」
アガートはロアンザとの付き合い方が解らないのか距離を置いているが、エレノアは彼女とは姉妹のように振る舞っている。ロアンザが敬遠するので公の場では遠慮するが、時折りお茶を共にしているのをカイは知っていた。セイナやゼインも良く懐いている。
「バカな! そんな情報は聞いていない!」
「正確に言うと聞かされていないのです」
それほど隠れた付き合いではないのだが、ダントラのところには伝わっていない。その程度の情報だと言わんばかりにカイは肩を竦めて続ける。
「それどころか、この事実はフランシア様も御存じです」
「なっ! それはっ!」
この事実には自制が利かず、グラウドが声を上げる。あまりに衝撃だったらしく、カイを差す指がブルブルと震えていた。
「実は一度だけフランシア様にお目通り適った事があります」
◇ ◇ ◇
「まあ、貴方がエレノアが招き入れたという異邦人?」
急に現れたカイをフランシアは快く受け入れた。
「はい、お世話になっております。一度なりと御挨拶にと思いまして罷り越しました」
「聞いた通りの子ね。不自由はしていないの?」
「良くしていただいておりますので」
この時も冒険者として遠出すると言って出掛けたのだが、エレノアに路銀だと言われ皮袋を握らされている。グラウドからも「羽根を伸ばしてこい」と言葉をもらった。
「主人の手紙に、良く助けてくれているとあったわ」
「微力ながら」
「良ければ助けてあげてね。本当はわたくしが家なり領地なりを仕切って助けて差し上げねばならないのだけれど、身体が自由にならなくて心苦しい思いをしているのよ」
慎み深い夫人に恐縮する。
「いいえ、奥様はこちらでごゆっくりなさって長生きされるのを侯爵様は願っておいでの筈です」
「ありがとう。本当に良い子ね。エレノアの相手は大変かもしれないけど、良くしてあげてね」
「はい、出来得る限り……」
カイはフランシアの為人に接し、大丈夫だろうと判断した。そして、事実を告げるつもりになる。
「実は……」
◇ ◇ ◇
「僕はフランシア様にお許しの言葉をいただきたかったのです。そうでなければロアンザ様があまりに不遇だとその時は思っていました」
しかし、フランシアからロアンザに対する言葉はもらえなかった。
『解りました。そんな方が居るならグラウドも頑張れるでしょう。本当は心配だったのです。頑張り過ぎる人だから。でも、わたくしがその方の事を知ったのは伝えないで。気兼ねして、関係が薄くなってしまってはいけないから』
「そうおっしゃられて、僕は自分の差し出口に気付かされたのです」
男女の機微に疎い自分を思い知らされたのであった。そしてカイはそれ以来、口を噤んできたのである。
「フランシア様の器量の大きさに敬意を表して秘密にしてきました」
「作り話だ! それなら何で今更つまびらかにするのだ!」
「証明すると言ったでしょう?」
カイは隠しから遠話器を取り出して見せる。そして、一枚のコードタブを差し込むと、受話口に拡声魔法を光述起動させてから、発信操作をする。
【えっと……、これで良いのよね? 聞こえる、カイ?】
「ええ、良く聞こえますよ」
「フランシア!」
グラウドにはそれが妻の声だとすぐに分かる。
【あら、あなた。元気そうで安心しました。もう懐かしく感じてしまう声だわ】
「体調は良いのか?」
【動き回らなければ大丈夫ですよ。息が苦しくなったりはしません】
「そうか……」
【あら、いけない。陛下の御前でしたわね? ご無沙汰申し上げている事、どうかお許しくださいませ】
状況に関しても事前に伝えてあったようで、彼女も了解しているらしい。
「良い。久しいな、フランシア。ゆっくり養生せよ。身体を労われ」
【有難きお言葉、痛み入ります。主人が働きを以ってお返し致したいと存じます】
「ふむ、ではそうしてもらおう」
「陛下! フランシア、頼む、皆が聞いているのだ。変な事は言わないでくれ」
【そう言われましても、わたくしに出来る事は無いんですもの】
皆が思っているよりお茶目な人物のようだ。
「お応えいただきありがとうございました、フランシア様。僕のお願いにも、お言葉いただけますでしょうか?」
【ええ、ロアンザさんにでしたわね?】
フランシアに遠話器を送ったカイは現状を伝えて、心痛めた彼女からの言葉がもらえるよう段取りをしていたのだ。
急に名指しで呼ばれたロアンザは両手を口に当て、驚愕の表情をしている。
【ロアンザさん、主人がお世話になっています。本当ならわたくしが支えてあげなければならないのですが、こんな身になってしまって心苦しく思っていました。でも、あなたのような方が現れて、主人の救いになっていると聞いて心の支えが取れたような思いだったのです。でも、それを伝えるとあなたは遠慮してしまうでしょう。わたくしに気兼ねして身体はともかく心は距離を取ってしまうでしょう。それでは主人は救われません。ですからカイには口止めしておいたのですけど、それが裏目に出てしまったのね? ごめんなさい】
彼女への気遣いとグラウドへの愛情がロアンザの心を打つ。
【そして、お願い。どうかわたくしに気兼ねする事無くグラウドを愛してあげて下さい。支えてあげて下さい。わたくしに出来ない事を押し付けるのは申し訳ないのですけれど、どうかお願いです。仕事ばかりに夢中でどうしようもない人だけど、お任せしていいかしら?】
「いえ……、いえ……、奥様」
ロアンザはその場に泣き崩れるしか出来なかった。
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