黒縞牛
南部に出向いて、四百頭ほどの
移動を始めて一
「ちーるち、ちるち!」
今も立ち止まって草を食み始めた一頭の仔牛のお尻を大型リドが押している。彼女はこの牛追いで非常に役立ってくれた。騎乗者の居ないイエローと一緒に、群れから脱落牛が出ないようにずっと監視してくれたのだ。
当初こそ、
しかし、その知能程度が程良い感じだとカイは思っている。子供達が世話をするのだ。すぐに慣れて従ってくれるくらいでないと困る。それには従順と言える彼らの性質は良い方向に働いてくれる筈だ。
道すがら、試験的に数頭の母牛から搾乳をしてみた。何となくそれらしい知識が有ったので、結構苦労はしたものの無事搾乳することが出来た。その牛乳は非常に濃厚で味わい深い。
「うーわ! 久しぶりに飲んだら濃いね。喉に絡むようだよ。でも味は最高だ」
この世界の人間は食に関する耐性は高い。その食生活に慣れたカイの胃腸も相当強くなっている。当然、牛乳一つとっても
「本当に凄いわね。もしかしたらこれだけでしばらくお腹が保ちそうなくらいだわ。でも、もうひと口って言いたくなるほど美味しい」
「あまりガブガブ飲むのはお勧め出来ないね。ビックリするくらい滋養が高いから、すぐ食べ過ぎみたいな状態になっちゃうよ」
「ヤバいわー。気を付けなくちゃ」
育ち盛りの子供達には最適だが、託児孤児院で消費するようになれば殺菌は必要になってくるかもしれない。冷却刻印を入れた牛乳缶は相当数用意するつもりだが、保管する事に変わりはない。お腹を壊す子が出てきては大変だ。
タブレットPCで殺菌法を調べるとそう難しくないと分かる。割と簡易な魔法具で十分可能な範囲だ。管理人住居と搾乳小屋は帰る頃には出来上がっている筈。搾乳小屋の一部か、別の小屋を作って殺菌設備を組むとしようとカイは決めた。
どうせ施設はどんどん増設していかねばならないのだ。調べてみて、ヨーグルトは少し難しいかと思ったが、バターとチーズは作ってみたいと思う。子供達で作業が出来るような設備を考えないといけないだろう。
すべき事はどんどん増えていく。ホルムトに居る間は暇なんてしないだろう。
予定地近くまで帰ってきたら、防柵と二つの小屋が出来上がっている。今や悪名高いルドウ基金の仕事と分かれば敬遠されるかと思ったが、一応の仕事はしてくれたようだ。
厩舎は必要ない。
かなりの個数の水飲み桶は準備してある。魔法刻印による自動給水機能付きの優れものだ。そうでもしないと少数の大人と子供達で四百頭もの黒縞牛の管理など出来ない。同数用意してある飼料桶への供給だけは人手に頼らなければならないが、それぞれに飼料保管庫を変形・変性魔法で作る予定なので問題無いだろう。
柵内に群れを誘導して入れ、飼料桶に現地で購入してきた飼料を入れて回ると一段落した。小型に戻ったリドを頭に乗せて
実務に関しても少し準備が必要だろう。主に子供達への周知事項を纏めるのが急がれる。
まず、繁殖用に一部の雄牛を残す以外は、生まれた雄牛もある程度育てたらお肉になってもらわなければならない。乳の出なくなった牝牛も同様である。それを理解してもらっておかないと大変な事になるだろう。年少の子には少々酷かもしれないが、それも情操教育の一環になる。
糞の処理などの作業もあるが、これに関してはそれほど心配はしていない。小さい子の世話にも慣れている院の子達には何ていう事無いだろう。
ただ、一番の難関は出産だと思われる。黒縞牛を乳牛として扱う以上、切っても切れない必須条件になる。場合によっては大人でもかなり衝撃を受ける場面だ。それでも介助くらいは出来るようになってもらわないといけない。この世界であれば自宅出産は日常なので、幾分かはマシだと思う。慣れるまではひと悶着あるかもしれないが、その辺りは職員にフォローしてもらおう。
そんな事を考えつつ牛達の群れが寛ぐのを見つめていた。
仔牛に懐かれていたチャムが戻ってきたので、少し相談してみる。カイの思い付く諸問題に関して彼女は楽観的で、杞憂に終わるだろうと言う。この世界を良く知る彼女がそう言うのなら、大きな問題は起こらないと思えた。
「それより、盛っている牛を見て質問を受けた時の答えを用意しておきなさいよ」
「え!? 僕、性教育までする気は無いよ?」
「いい事? あなたがどれだけ
「ひえぇ!」
チャムは怯えて悶えるカイを面白そうに眺めていた。
◇ ◇ ◇
謁見の間の中ほどに引き出されているのはカロフォランカ商会主ダントラである。王国至高の存在を前にして、へつらう笑顔を浮かべてはいるものの、臆している様子は見せていない。
用向きを知らされていない彼は首を捻りつつ王宮に上がったものだが、あるとすればアセッドゴーン政務卿の擁護記事の要請か、王家と魔闘拳士の関係を追求しないようにとの要請といったところだろうと目星を付けている。この期に及んで魔闘拳士の擁護はしないと思われる。今、繋がりを強調すれば共に堕ちる結果は免れ得まい。
「国王陛下におかれましては、御機嫌麗しく恐悦至極にございます」
儀仗槍兵に左右を固められたまま、一度跪き首を垂れる。
「面を上げよ」
顔を上げたダントラは、国王が決して御機嫌が宜しい表情をしている訳ではないと分かる。それは想定内であるだけ彼も動揺はしない。追い込んでいるのは自分なのだから。
「残念ながら麗しくはないな。誰の所為だと思うておる?」
「何を仰せでしょう? 私は陛下の憂いを取り除いて差し上げたと自負しておりますが。外憂を取り除いた無双の英雄に、陛下と云えど配慮が必要だったのでしょう? ええ、解りますとも。しかし、私がその本性を暴いて差し上げました。さあ、今こそ切り捨てる時でありましょうぞ」
「そなたが何を申しておるのか余には解らんぞ?」
自分を見下ろす目が冷たいままであるのに気付くとダントラの中に迷いが生じる。
「どういう事でございましょうか?」
「知らぬ存ぜぬを決め込むか? そなたが我が名誉騎士を侮辱しているのは解るぞ」
「陛下はまだ魔闘拳士を擁護なさるのか? それは得策とも思えませぬ。
ようやく彼は自分こそが弾劾の場に有る事に気付いた。
「そう仕向けたのはそなたであろう?」
「仕向……、けた……?」
「その方は確信犯なのです。自分でもお解りになっていらっしゃらないのですよ」
その声に振り向くと、大扉を自ら開けて黒髪の青年が謁見の間に入って来るのが見えた。
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