牧場お披露目
王家番騒動は、異例の王宮からの正式公告で幕を閉じる。ホルムトの街角の立て札にはこう書いてある。
その全てはブルックス・ウェルトシルト元侯爵の謀略による虚偽情報である事実。魔闘拳士が起こした暴力事件は、その謀略を暴く為に作為的に行われたこと。それ以外の王家番の内容は事実無根であること。レフレゼン男爵令嬢ロアンザは、アセッドゴーン侯爵家公認の正式な側室である事実が伝えられた。
家督を継いだ現ウェルトシルト侯爵の手によって、ブルックス本人も既に自領で軟禁状態に置かれている。家族仲が良い訳でも無かったようで、この対応は迅速に行われ王宮に伝えられた。これ以上、王宮に睨まれるのはともかくも避けたい思惑の表れだろう。
これによって、反魔闘拳士派の一画は崩れ去ったのだった。
「ふう、
明けて
「みんな、ちゃんと並ぶのよ。小さい子は手を取ってあげて」
そんな声が各所で掛かり、皆整然と並んでいた。総勢千八百人余りという人数を考えれば、実に大人しいものだと思われる。
まずは
次にパープルとブラックが前に歩み出て、装具の装着実演が行われる。これは騎乗も可能になる台車の引き具である。今後は
その後、牛乳冷却缶の取り扱い方も説明され、院ごとに分かれて練習の時間が設けられた。
ワイワイと賑やかな中、カイとチャムが解らない点の質問を受け付けに回るが彼らはそつなくこなし、むしろじゃれ付かれる事のほうが多かったのはご愛嬌だろう。
訓練の時間が終わったら、次は黒縞牛との触れ合いの時間になる。これはテレンキ家の指導で、餌やりをしたり、牛の乳搾りを教えてもらったりし、新設の作業小屋で牛乳の殺菌処理の練習をしたりと、午前中の時間が費やされていった。
そして、お楽しみのお昼時がやってきた。
昼前から牧場脇には続々と馬車が到着し島のように点々と敷物が敷かれていくと、その上にどんどん料理が並べられていく。一画では竈に炭火が熾されるとその上に金網が敷かれ、牛肉が子供達の目を丸くさせるような大きさで焼かれ始めた。
この為に、何頭かの雄牛とさよならしたのをカイが説明したのだが、漂う脂の焦げる堪らない香りが彼らの胃袋を刺激すると、居ても立ってもいられない様子を見せ始めた。皆に、犠牲になってくれた命に感謝するように伝えると、カイは食事会の始まりを宣言する。
放たれた猟犬のように散っていく子供達をカイとチャムは楽しげに見つめていた。
それから
ホルムトの魔獣除け効果圏内を走行してきた馬車は、護衛の一人も付けずにやってきたのだが、中から降りてきたのは貴族の女性ロアンザ・レフレゼンである。
「あ、お母さんだー!」
一人の女の子が彼女に気付くと、それは瞬く間に伝播していく。押し寄せる人の波に僅かに怯んだが、ロアンザは受け入れた。子供達もいきなり抱き付きに行ったりなどせず、年長の子が年少の子達を制止すると彼女を中心に円を描き、歓迎の声を上げた。
「お母さん、いらっしゃい!!」
綺麗に揃った声がロアンザを感激させた。
「ありがとう。一緒させてもらって良い?」
「はーい!」
「それじゃ、ちょっと先にご挨拶させてね?」
ロアンザは両手に小さい子達をぶら下げながら、大勢を引き連れてカイのところまでやってくる。
「ようこそ、ロアンザさん」
焼いていた肉を一通り皿に上げてしまうと近くの年長の子に渡し、カイは応対に回る。
「お声掛けありがとう、カイ」
「来てくださったんですね? 侯爵様のお誘いが有ったのではありませんか?」
「国王
「そんな心配しなくてもグラウド様はきっちりエスコートすると思うけど?」
チャムに示唆されるが、ロアンザもその通りだと思っている。しかし、未だ大きな催しに顔を出す覚悟までは出来ていない。なにより、彼女はこの食事会に参加したかったのだ。
あの騒動が解決した後、グラウドに願われエレノアには強く推されたのだが、ロアンザはアセッドゴーン侯爵邸に入る事を頑として拒んだ。その一線だけはどうしても越えない事を心に決めているようである。それが正妻フランシアへの敬意であり、自分の分だと思っているのだろう。
そのやり取りを傍らで聞いていたカイは、ルドウ基金本部敷地内にもう一軒離れの建築をすると言い出した。レフレゼン男爵家への支援は継続する一方、ロアンザにはその離れに移ってもらうよう説得する。二人きりでゆっくりとくつろげる場所を提供するつもりなのだ。そこまでされればロアンザも首を縦に振らざるを得なかった。
その離れは現在、基礎工事中である。設備にはカイも手を入れて、豪華なものにするつもりだった。
「お母さん、牛乳飲んでー」
騒動の後も献身的に慰問を続けていたロアンザは、今や本当に院の子供達みんなのお母さんになっている。
「これ、僕達で絞ったのー」
「そうなの? すごいわね。いただくわ」
搾りたてを殺菌器を通されて冷却缶に移された牛乳は、よく冷えて且つ臭みが少し抜けてお世辞抜きに美味しかった。彼女は手放しに誉め、周りの子達を満足させる。
その後も食事会は続き、彼らは大いに食べて話して更に親交を深めていっている。途中、新鮮な牛乳を使用して煮込んだシチューが出てきた時だけは皆が夢中になり、一様に静かになったりもした。院の子供達も、スプーンを振り回しながら大声で料理を称賛する青髪の美貌の姿など見るのは初めてだろう。賑やかに時は流れていった。
食事会が進むと、お腹がくちくなった年少の子の中には船を漕ぎ始める者や、年長の子の膝で眠ってしまう子も出てくる。草原は穏やかな雰囲気に包まれてきた。
「ロアンザさん、一つ頼まれてくれますか?」
落ち着いた頃を見計らってカイが話を向けてくる。ずいぶんと面倒を掛けてしまった以上、余程の事でなければ彼女には否やはない。
「何かしら? わたしに出来る事?」
「現状、最適です。貴方にはルドウ基金の副代表になっていただきます」
「え?」
既に話は通っていたのか、カイの側にいるイルメイラが頷いてくる。
「待って。それは……?」
「しばらく先の事にはなりますが、僕達は帝国領に向かいます。色々ときな臭い土地です。僕に何か有った時には、貴女に代表を引き継いでもらいます」
「何を言い出すの!?」
「それは方便みたいなものよ。この人をそんな簡単に害せる相手なんか居ると思う?」
一瞬ドキリとするが、無敵の名を恣にしている彼の事だ。万一も考え難い。
「貴女を引き込みたいだけよ。解るでしょう?」
「そう……、ね」
お飾りのようなものだと思えば良いのだろう。彼女はそう理解した。
「子供達には見守ってくれる大人が必要です」
職員達のように世話をする者ではなく、一段上から見てくれている者が居たほうが彼らも安心するのだと説明される。
「その役目をお願いします」
「解りました。わたしで良ければ」
答えを聞いて、ホッとした表情を見せる年長の子の表情を見れば、この判断は間違っていなかったと思う。
しかし、この時のロアンザはまだ自分がほぼ代表の座に祭り上げられる事になるとは思っていなかった。
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