チーズ作り

 ここはルドウ邸の厨房。広め且つ機能的に整えられたそこは、料理店のものほどとは言わないが、専業料理人でも不満はないだろう。

 しかし、今陽きょうそこで行われているのを料理と呼ぶのは違うと思われる。調理台の上に並ぶ器具の数々を見ると、どちらかと云えば実験に近いかもしれない。ただ、モノリコート作りでも似たような状況になる事を考えれば、調理の一種と言えなくもないだろうか?


「これで正しいのかな?」

 調理台の前に居るカイは戸惑いの中にある。取り寄せた材料を包みから取り出したのだが、それがあまりに予想外な物だったからだ。

「こんな事でカイ様を騙しても仕方ないんで、正しいんだと思いますけど?」

「キュウ?」

 手の中にはギザギザの葉を持つ菜類がある。それが目的に合った物なのかが判断付かないのだ。

「あ! 包みの中にメモも入っていました。使い方みたいです」

「キュイ!」

 確かにそれは使用法を書き付けたメモだった。


 この、カイと管理人兼メイドのレスキリが厨房に入ったのは、試験的な食品加工の為である。具体的に言うと黒縞牛ストライプカウの牛乳で、チーズを作ってみようとしているのだ。

 チーズの元となるカード作りには、乳酸菌やクエン酸などの酸と凝固剤が必要である。酸のほうは、非常に多くのクエン酸を含むパシャの実を用いれば良いのだが、凝固剤のほうでカイは困ってしまった。

 彼が調べた範囲では、凝固剤は草食獣の仔の胃に存在する。代替品として菌類由来の類似性分も有るが、それでは量の確保は望めない。それで、この世界でチーズを作っている専門家の元から凝固剤を取り寄せたのだ。

 ところが、届いた凝固剤の包みを開けてみると、件のギザギザの菜類が出てきたのである。


「ナナカルネの葉だそうです」

「そんな名前なんだね……」

「キュルゥ……」

 彼が落胆を示していたのはそれが見慣れた物だった所為だ。


 取り寄せた凝固剤を変性魔法で分析して、類似性分の合成を目論んでいたカイは、それが下手な考えだった事を知らされた。ナナカルネが凝固剤になるなら、そんな手間は必要ない。


「これ、密林帯に行けば結構生えているんだよ」

「そうなんですか?」

「キュリ?」


 カイには馴染みのある菜類で、密林帯に行けば足元に繁茂していたりする。入手は非常に簡単だ。冒険者ギルドに依頼を出せば済むだけである。駆け出し冒険者でさえ完遂可能。安価で大量に入手出来るだろう。

 凝固剤作りに成功すれば、全ては解決しそうだ。徒労に終わったが、取り寄せるにもそれほどお金が掛からなかったので良しとすべきか。


「鍋でひたひたの水から煮れば良いって書いてありますよ」

「とりあえずやってみようか」

「キュ!」


 グツグツと煮立てて冷ますと、薄っすらと緑色の汁が出来上がった。

 ボウルで低温殺菌していた牛乳にパシャ果汁を加えて混ぜ、更にナナカルネの凝固剤を入れてしばらく待つ。すると、濁りの有る液体が染み出し、白い牛乳成分との分離が見られる。

 この半透明の液体は「ホエー」といって、シチューなどの汁物に使うとコクを増すし、肉を浸しておくと柔らかく美味しくしてくれる万能の液体なので大事に取っておく。


「おー、固まったね?」

「こんなの簡単なんですね?」

「キュラー」


 これでカードの出来上がり。このカードを一定温度下で切ったり千切ったり練ったりしていけば、フレッシュチーズの代名詞のようなモッツァレラチーズになる。保存には向かないが、料理に使い易い種類のチーズだ。


「美味しいですよ?」

「出来立てだから? 自分で作ったからかな?」

「ちるー!」

「キュキュ?」

 味見してそれぞれの感想を漏らす。リドは非常に気に入ったようだ。


 ここが終着点ではない。モッツァレラチーズは保存が利かないので、ヨーグルトと同じ理由で流通が面倒になる。基本的に子供達だけで生産して流通させる製品を作り出したいのである。なので、最終目標はスモークチーズなのだ。

 それなりの数量を生産する為にはまず、モッツァレラチーズからプロセスチーズを作って燻製する過程が一番近道であろう。燻製にし易いゴーダチーズは長期の熟成を必要とするので、設備が大きくなってしまう。牧場の一画で手軽に大量生産するのであれば、前述のスモークプロセスチーズが最適だとカイは考える。


「ここからひと手間掛けるよ」

「はい、頑張ります!」

「キュイ!」


 出来上がったモッツァレラチーズを刻んでいく。それを鍋に入れて加熱。溶けたら乳化剤代わりの塩を加えて混ぜ込み、もう少し加熱する。用意していた型に入れてそのまま冷まして固まればプロセスチーズの出来上がりなのだが、型に冷却光述して手間を省く。


「ん?」

「どうなされました?」

「ちゅい?」

「キュルル?」


(これは想像していたより遥かに美味しい)

 少し塩を入れ過ぎたのか塩っぱいのだが、それ以上に深いコクと旨味に溢れている。彼が想像していた味は、給食などでよく口にしたプロセスチーズのそれだ。その予想を大きく越えていたのだ。

(これは使った牛乳の質の勝利だな)

 カイはそう理解した。


「ちょっと失敗したけど、我ながらかなりいい出来だと思うから食べて見なよ」

「はい。……! これ、最高に美味しいじゃないですか!」

「ちゅい~ん!」

「キュキュッ?」

 レッシーは手放しで称賛し、リドも頬に前脚を当ててクネクネと身悶えしている。相当良い反応と言っていいだろう。

「塩気が強過ぎない?」

「私はこのくらいが好きです」

「キュリル」


 どうやら好みの問題らしい。カイはどちらかと言えば薄味好みで、レッシーは普通か濃味好みなのかもしれない。塩の量に関してはリサーチが必要だと感じる。

 もうひと口味見したカイは、単品で食べるには塩っぱいと思うが、料理に使ったりするなら確かにこれくらいで良いような気がしなくもない。


「なるほどね。塩の量を変えて何種類か作ってみよう」

「妥当な線ですね。さすがカイ様」

「褒められている気がしないんだけど?」

「ちゅちゅちゅ」

「キュリッキュゥ!」

「って、多いな、おい!」

 さすがに限界が来て突っ込むカイ。


 チーズ加工作業中、延々と足元を仔セネルが駆け回っては、時折り相槌を入れてきていたのだ。しかもその数、数十羽。ずーっとテケテケと駆けて、カイのふくらはぎを突いたり啄んだり、或いは足を踏み越えて行ったりとしていたのだ。


 自宅に戻ってから、時々仔セネルの訪問を受けている。正確に言うと一階部分を自由に出入りしているだけだ。その数はを追って増えていき、今陽きょうに至って数十羽になっている。

 それも当然の話だ。なぜなら彼らは完全に放し飼いにされている。元々は王宮敷地内の虫の駆除や雑草の処分の為に採られた措置である。放っておけばそれらは勝手に処理おやつにされ、使用人の手間が省ける為、国王令で認められたのだ。

 王宮敷地は堀で囲われているが、平時は跳ね橋は掛けられたままになっている。そこを渡ってセネル鳥せねるちょうが城門内の通りを自由に闊歩する姿は、最近は普通の光景になってきていた。


 更に、子育て中の母セネル達は仔セネルを連れて、なぜかパープルのところに挨拶にやって来ていた。その結果、道順を覚えてしまった仔セネル達は頻繁に遊びに来るようになってきたのだ。明るい内だけに限られているとは言え、カイも何か考えなければならないかと感じている。


「あれ? 妙に色付きの子が多いな?」

 色付きは属性セネルの証明である。黒っぽい茶色の通常セネルの仔に混じって、数羽の属性セネルの姿が見られる。数えると大体三割くらい。

「そうですか? 私が見慣れてしまっているんでしょうか?」

「キュリ?」


 どうやら近々セネル鳥繁殖場のセイナを訪ってみなければならないかとカイは思った。

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